先読み

第8話 厄日の次は吉日のはず？

　　　　　八

　うさぎは、あやを気にしていた。

『まだなにか言い足りないの？』

　その時

『ならあたしが変わりに言おうかしら？』

『三妹（さんまい）様（さま）？　どうして女神様たちは、赤瞳（あひと）を贔屓（ひいき）にするのでしょうか』

　理性は突然（とつぜん）の到来（とうらい）に臆（おく）することなく、心の奥底（おくそこ）に抱いた蟠（わだかま）りを吐（は）き出した。

　三妹は、理性を納得させるために

『赤瞳は、人にして、人にあらず。心の解放（かくせい）は、勾玉（まがたま）の基準値（きじゅんち）なの。育（はぐく）めば、其成（それなり）の色彩（いろあい）を発（はっ）するわ』と語（かた）った。それは、嗜（たしな）めるようであった。

『色彩（いろあい）とは？』

「特質（ほんしん）です」

　うさぎが口を挟（はさ）んだ。

『人は其（それ）を個性（こせい）と呼（よ）ぶわ。其所（そこ）には、善悪（よしあし）の二極があるんだけど、赤瞳は、全てが、結果（けっか）に付きまとわれる、と謂（い）うのよ』

『結果（けっか）ですか？　日頃（ひごろ）の行（おこな）いが悪（わる）い人間（にんげん）なんて、善（よ）い結果（けっか）なんて生み出さないはずです。よしんば好（い）いものだったならば、それこそが、神の恩恵（おんけい）でしかないはずです』

『そういう傲慢（ごうまん）が、鬼神力（おにがみのちから）を造（つく）り出した理由（りゆう）なの。女神（おねえ）様（さま）が肩（かた）の荷（に）を降（お）ろせない理由（わけ）なのよ』

「真似（まね）事（ごと）から始（はじ）まった知恵比（ちえくら）べですからね。取り込まれた人間たちが幼（おさな）かった、ということでしかないですよ、三妹（さんまい）さん」

『無礼者（ぶれいもの）。三妹（さんまい）様（さま）に向（む）かって利（き）く口上（こうじょう）ではない。この罰（ばち）あたり奴（め）が』

『よしなさい、理性（りせい）。貴女（あなた）が四掛（よんか）けであることだけが真実（しんじつ）なのよ』

『赤瞳は、三掛（さんか）けですよね？　三妹様』

『赤瞳は八掛（はちか）けよ。それも白金（プラチナ）色の次位（じい）の、金色（こんじき）のね』

『女神（ひみこ）様（さま）と同じなのですか？』

『感性様（かんせいさま）の子孫（しそん）では筆頭（ひっとう）なの。神々（かみがみ）の頭領の女神（おねえ）様（さま）と同じ扱（あつか）いよ。受（う）け入（い）れられないなら、六弟（おとうと）と同じということよ』

『どうして？　ですか』

『想（おも）いの丈（たけ）が、少しも捻（ひね）てないからよ』

「ひねてますよ。ただそれに気付くのが早く、微調整（びちょうせい）を心掛（こころが）けているだけです」

『主（りせい）に足（た）りないのは、その謙虚（けんきょ）さよ。努力（どりょく）の賜物（たまもの）は、神の理念（りねん）をも覆（くつがえ）すのよ』

『それを、赤瞳が持っているというのですか？』

「悪（わる）いことがあれば、好（よ）いことがまっています。そういう流れを掴（つか）むのが人間だからです。私もそれを相伴（しょうばん）に預（あず）かっているだけのことですがね」

『相殺（そうさつ）さえ難（むずか）しいのに？　相伴ですと・・・』

『一緒（いっしょ）に精進（しょうじん）しなさい、主（りせい）。三妹（わたし）たちがそうであるようにね』

『三妹様・・・、解（わか）りました』

　三妹は不安（ふあん）を隠（かく）せないでいたが、赤瞳（あひと）の笑（え）みが、それを払拭（ふっしょく）していた。

　赤瞳の眼（め）に飛（と）び込（こ）んだ雲（くも）の知（し）らせは、好機（チャンス）到来（とうらい）であった。

『往（い）くわよ、赤瞳』

　三妹は言って、量子（りょうし）の隙間（すきま）に消（き）えて往った｡

「今回は何処（どこ）に往くつもりなんでしょうかね？」

　うさぎは、理性と同行（どうこう）するつもりだった。

『あやが脚（あし）を滑（と）られたのは、地縛霊（じばくれい）の仕業（しわざ）よ。六弟（ゼウス）さんが唆（そそのか）したのは明白（めいはく）だから、死神のはず。ならば、四弟（よんてい）さんの冥界（ところ）になるわね。追（つ）いてらっしゃい、赤瞳』

　理性は、主導権（しゅどうけん）だけは譲（ゆず）らないつもりでいた。

　うさぎはほくそ笑（え）み、理性に追従（ついじゅう）して、量子（りょうし）の隙間（すきま）に消（き）えて往（い）った。

『遅（おそ）かったわね、赤瞳』

　待ち兼（か）ねたように、次妹が声を掛（か）けた。

「なんど来ても卑（いや）しい空気（くうき）感（かん）ですね」

　うさぎは、理性を奪還（だっかん）の折（お）りを思い出していた。

『原点回帰（げんてんかいき）の焦（こ）げ臭（くさ）さ、でしょうね？』

『想（おも）いを遂（と）げられない悔（くや）しさが、執念（しゅうねん）と化（ばか）すのでしょう。それだけの未練（みれん）が、今生（こんじょう）に存在（ある）証拠（しょうこ）ですね』

「突然（とつぜん）絶（た）たれるのですから、当然（とうぜん）です」

『死神（しにがみ）には、躊躇（ためら）いがないからね』

『躊躇わない？　どうしてでしょうか、次妹（おかあ）様（さま）』

『血（ち）も泪（なみだ）もない、機械（きかい）仕掛（じか）けだからです』

『機械（ロボット）？』

「循環（じゅんかん）の法則（しくみ）に従（したが）わないので、強制（きょうせい）執行（しっこう）されるからです。流れに反抗（そむい）た罰（ばつ）、ということなんでしょうね」

『人間のくせに、逆らうから。ということなんですね』

『終わりを受け入れられないのは、運命（さだめ）と割（わ）りきれないからよ。魂（たましい）が永遠（とわ）でも、肉体（にくたい）が亡（ほろ）びることで発生（おこ）る再起（リセット）は、心の解放（かくせい）でしかないのよ』

『辿り着けないからよ。主（りせい）と同じで、自己中心的（じこちゅうしんてき）意識（いしき）は本来（ほんらい）、神々から受（う）け継（つ）いだ厄（わざわい）なの』

『受け継いだんですか？』

『六弟（すえっこ）が仕込んだからよ』

『そうだったんですか？　悪知恵の元凶（おおもと）だったんですね』

『元凶（それ）が、死神のものだから、ただの木偶（きかい）に成り下がって終（しま）ったのよ』

「迷路（カラクリ）で経験してますよね？　理性さん」

『今回は、その元凶（ぎしき）を止（や）めさせるのよ』

『あたしの成長を、女神様たちに認（みと）めて頂（いただ）く好機（チャンス）、ということなんですね』

　理性は言って、武者震（みぶるい）いしていた。

　死者（ししゃ）を甦（よみがえ）らせる儀式（ぎしき）

　炬（たいまつ）が揚（あ）げる業火（ごうか）の影（かげ）に横（よこ）たわる長老（ちょうろう）は、七日前に死んでいた。

　神の粛正（しゅくせい）は、七日（なのか）後（ご）に降（ふ）り注（そそ）ぐ。

　六弟（ゼウス）が民（たみ）に吹聴（ふいちょう）した逸（つくり）話（ばなし）を、御先祖（ごせんぞ）様たちは信（しん）じていた。

　炬（たいまつ）の周（まわ）りを周回（しゅうかい）する儀式（ぎしき）。

　時計と逆（はんたい）廻（まわ）りするのは、時空（じくう）の軸（じく）を戻（もど）すために行（おこな）うもの。

　折（おり）を見て降臨（こうりん）するのは、六弟（かみ）を崇拝（すうはい）させる手段（しゅだん）であった。

　六弟（ゼウス）は、人に見えない死神たちにその降臨を手伝わせ、厳（おごそ）かに、地上に降り立った。

「カラクリ仕掛けの、裸（はだか）の王様（おおさま）ですね。人に見えないことをいいことに、傍若無人（ぼうじゃくぶじん）にも程（ほど）がありますよ」

『また、しゃしゃり出て来たな、小童（こわっぱ）が』

『六弟（あんた）のその傲慢（ごうまん）も、今宵（こよい）が見納（みおさ）めね』

『烏合（うごう）の衆（しゅう）が、雁首（がんくび）揃（そろ）えた処（ところ）で、この六弟（おれ）を殺（と）れる、とでも想って居（い）やがるようだな』

「滅亡（と）るつもり等（など）毛頭（もうとう）ないです。六弟（あなた）の生存（いきしに）は、三元首（さんげんしゅ）が決めることですからね」

『三元首（あまちゃん）？　悠長（のんき）な奴（やつ）等（ら）だな』

『仏（ほとけ）の顔（かお）も三（さん）度（ど）まで、念仏（ねんぶつ）は後生（ごしょう）の極（きわ）み。六弟（あなた）の仕置（しお）きもこれまでにしましょうね』

『雑魚（ざこ）程、よく語（ほざく）！』

　六弟が、不敵な笑みを浮かべた。

「先ずは、時空の正常化」

　うさぎは云うと、右腕（みぎうで）を旋回（せんかい）させた。

『妙斜隠、流線帰、歪戻廻』

　卑弥呼（ひみこ）が唱（とな）えた呪文（じゅもん）で、死神（しにがみ）を拘束（こうそく）していた楔（くさび）が外されていく。

『この世（よ）を造（つく）りし元素（げんそ）たち。三妹（われ）に宿（やど）りて、斬（ちから）となれ』

　三妹は云うと、漲（みなぎ）る思念（しねん）を、激昂（げきこう）に撃（う）ち放（はな）った。

『赤瞳～！！』

「了解（りょうかい）」

　うさぎの放つ電磁籠（でんじかご）に、卑弥呼が思念を重（かさ）ねる。

　それに併（あわ）せるように、次妹と、理性の思念が纏（まと）わり付（つ）く。

　纏わり付く思念が、主素を引き寄せ始めた。

　その進行（しんこう）は重力（じゅうりょく）に反発（はんぱつ）して、炎（ほのお）を携（たずさ）えながら宇宙（うちゅう）の中心（ちゅうしん）へ放（はな）たれていた｡

『空白（くうはく）の時に、現状（げんじょう）は歪（ゆが）んで終（しま）いました。ご苦労（くろう）ですが、気張（きば）って下さいな』

　卑弥呼は、死神（しにがみ）に謂（い）うと、量子（りょうし）の隙間（すきま）に復（かえ）って行った｡

　各々（おのおの）がそれぞれに、笑（え）みを溢（こぼ）しながら、量子の隙間に復（き）えて行った｡

　これで、当たり前の日常が戻ることを、刻（とき）が願（ねが）っていた。