第25話 ヤキ入れ

 村の中心辺りに戻ると、俺達の案内役である滋賀県警の多古警部補がニヤニヤと笑いながらやって来た。今晩、此の村で宿を借りる庄屋で村長の林田も、一緒にニヤニヤと笑いながら揉み手をしている。


「藤田様、ベラミー様、御疲れ様です。御調査の方は如何ですかな? そろそろ夕刻になりますし、今日は此の辺で終いになされて、我が家で寛いで下さいませ」


 如何にも権力には諂い、下々からは搾取する感じの男である。決め付けるのは良く無いが経験則からいって間違い無い。俺の大嫌いな豚野郎の貌と匂いである。

 多古警部補は自分も調査の御手伝いをしていましたと云わんばかりに、訳の分からぬ報告書を提出してきたが、役立つ事は何も書かれていない。此奴も俺の見立てでは、上に諂い下には威張る屑野郎だな。長生きしている分、人を見る目には其れなりに自信が有る。


 多古警部補に明日の早朝から山狩りを始めると伝えると、待ってましたと大乗り気になっていたが、取敢えず二人で先行偵察するので本格的な山狩りは数日後だと云うと、自分も連れて行って下さいと食い下がられたが、連絡要員は必要であり、状況も未だ不確定な為に申し出を却下すると、あからさまにショボくれていた。此の男、俺達に就いて行き、何かしらの手柄が欲しかったとの魂胆が、ありありに見得るな。


 庄屋というだけあって、かなり大きな家である。蔵も幾つも有るし、母屋の方は近々に建て増しもしている様だ。此の林田という男は、御一新の恩恵でボロ儲けしたのが見て解る。渡邉家とはえらい違いだな、栄枯盛衰ってヤツか……。

 御膳の上には、溢れんばかりに御馳走が並んでいる。魚料理が多いな、煮付けの物や糠漬けの焼いた物――調理方法の違いで随分と味わいが変わって面白い。後、主菜では無いが此の沢庵煮というヤツは美味いな。作り方を聴いたら、古くなった沢庵を何度も煮直し、新たに味付けをするという手間のかかった物らしい。今度、吉平に作ってもらおうかな。


 林田村長はニチャニチャと嫌らしく笑いながら、「料理は口に合いましたか」「良かったら何日でも逗留して下さい」等と云って、矢鱈におべっかを使ってくる。どんな旨みや損得勘定が有るのか知らないが、俺としては早々に御暇したいものだ。何にしても、あの貌は生理的に受け付けない――此処の料理は美味いけどな。

 そんな考えではあるが、其れでも俺は愛想笑いの一つも出来る。しかし、藤田の取っ付き難さには困惑している様だ。代わりに多古が高笑いをしながら踏ん反り返っているので、其方の相手をしてもらおう。


 食事の後に風呂を勧められた。家には風呂が有るんだと、自慢気な貌が多少ムカつくが、風呂は好きなので素直に入る事にする。多古は未だ呑んでおり、藤田も一寸、用事が有るとの事で俺が先に頂いた。

 しかし此の国に来てから様々なカルチャーショックを受けたが、其の中でも風呂――入浴という文化は最高である。湯の中に浸かるという単純な行為なのに、身体中の疲労が全て吹き飛ぶ様だ。何れ、此の日本式の入浴方法が世界基準になってほしいモノだな。過去には古代ローマにも同様の文化が有ったというのだが、何故に廃れてしまったのだろう?

 上機嫌で湯から上がると、多古はベロベロになりながらも未だ呑んでいた。そして藤田の姿も未だ見えない。ひょっとしたらと――心当たりの場所へ向かったら、思った通りに政吉に脅しを掛けていた。


 あぁ――之、声掛け難いなぁ……。


 政吉はガクガクと震えながら仁王立ちする藤田の前で土下座をしている。

 御免なさい、もうしません、御勘弁を等と涙声で云いながら、頭を地面に擦り付けている。藤田は俺の気配に気付いた様で「もういい、行け」と云って、漸くに其の場を閉めた。

 政吉はヒィイと泣きながら、まるで蜥蜴の様な四足歩行で家の中に逃げ込んだ。腰が抜けていたのだろう。ふと、政吉の座っていた場所を見ると、水溜まりが有った。  如何やら小便も漏らしていたらしい。


「昼間の女――お揺、でしたっけ? 其れとの約束ですよ」


 意外と義理堅い処も有るんだな。しかし、どんな脅し方したんだよ……。



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