第21話 情報収集

 此の国の街道は意外と整備されていて歩き易い。中にはとんでもない悪路も有るには有るが、国家事業として随時、整備舗装を行っていくそうだ。東京府から滋賀県迄の道のりは常人ならば大体、徒歩で十日前後との事だが、俺と藤田警部補の脚力ならば、もっと速くに着きそうである。


 首都近郊を離れると、外国人はより一層珍しい存在となる様だ。最初の宿場町の旅籠に入った瞬間から、俺の周りは人だかりが絶えない。従業員は元より他の泊り客達も何か話がしたいのか、野次馬根性丸出しに酒を持って部屋迄、押しかけて来る始末である。

 まあ、大抵の奴等は藤田の一睨みで退散して行くのだが、中には図太い者も居た。此の旅籠『堺屋』の飯盛女、春という娘は藤田の威圧にも怯まずに矢鱈と俺に食付いて来る。外国人に興味津々の御様子で、浴衣の着付けの手伝いや食事の配膳等々、何かと理由を述べては俺に付き纏ってくるのである。

 因みに俺の浴衣は自前だ。旅籠に置いてある物では着丈が短いだろうと、吉平が持たせてくれたのだ。藤田も同様に自前の浴衣だった。御互い背が高過ぎると不便である。


「へぇ~、異人様はメリケンの警官様なんですかぁ~、凄いなぁ~」


 春は屈託の無い笑顔でキャッキャッと嬉しそうに笑いながら、頻りに酒を進めて来る。

 御連れ様も、もっと如何ですかといって、勝手に藤田の猪口にも並々と酒を継ぎ足している。若さゆえの恐い物知らずか、鈍いだけか――あの兇顔に動じぬ胆力はたいした物だ。

 藤田が後は手酌で呑むから、仕事に戻っていいぞと伝えても、「御酌をするのもアタイの仕事の内です! 其れともアタイの御酌じゃ嫌ですかぁ」と云っては、オヨヨと大仰な泣き真似を始め、一向に部屋から離れようとしない。仕方がないので、「ハルさんノ酌デ吞ム御酒ハ、美味シイデスヨ」と云ってやると、すぐさま満面の笑みで隣にくっ付いて来る。

 藤田は鬱陶しそうに溜息を付く。

 余りの押しの強さに、俺も藤田も参ってしまい、結局色々と話し込む羽目となったのだが、之が吉と出た。情報というのは、何処に転がっているか分からぬ物だ。此の娘との他愛ない会話から、『ワタナベ・シンノスケ』の足取りが見えてきたのである。


「日本とメリケンの警官様が組んだら、どんな悪党でも御手上げよねぇ~。ねえねえ、異人様ぁ! 此処等辺りにスリが居るんですよう――アタイの友達の、お花ちゃんも盗られちまって、もう悔しいったらないんですぅ‼ あのスリ野郎、とっ捕まえて下さいよぉ」


 スリの逮捕には地道な捜査が必要なので、管轄の警察署によく相談して下さいと説いてみるも中々納得しないので、如何にか話を逸らすと今度は最近、山間に不審者が居るとの話になった。


「あいつは多分、『物の怪』の類ですよぉ! なんせ天狗か猿鬼みたいに屋根の上をピョンピョン飛び跳ねてねぇ、男衆も何人かブン投げられたって話ですしぃ……おまけに此処等の店が何軒も、そいつに御櫃や味噌樽をかっぱらわれてねぇ、中身を全部食れっちゃったっんですよぅ‼」


『おたふく屋』の事件が頭をかすめる。

 俺と藤田は顔を見合わせ、もう少し詳しく話してくれと云った処で、旅籠の女将が怒鳴り込んで来た。


「お春、何時まで油売ってんだい‼ まあまあ、御客様方――御迷惑を掛けまして申し訳ござんせん。ほれ、行くよ‼」


 春は耳を引っ張られて、ヒィと泣いた。流石に女将さんには敵わぬ様だ。


「女将、一寸待ってくれないかな。其の娘さんから今、面白い話を聞いていた途中でね。何でも、物の怪とやらが出たとか……」

「あら、嫌ですよぉ、御客様。あんななぁ、唯の与太話でさぁ。下手人は何処ぞの食詰め浪人か何かでしょう」

「警察とは市民の安全の為なら、どんな与太や噂話にも、耳目を傾けるものなのでね。それに、もし犯人が盗みを行う危険な浪人風情となれば、猶更ですよ」


 最初は渋る貌をした女将であったが、其処は女性。噂話は大好物の様であり、喋り出したら止まらない。何時の間にやら春も交じり出し、ああだこうだと云い合っている。


「馬鹿だねぇ、ちゃんと数えてごらん! あの物の怪が出たのは十日は前だよ!」

「確か、仕立屋の健吉ちゃんも見た筈よ!」


 其の内に、他の従業員やら隣室の客やらもが集まり始めて、件の物の怪話に華が咲いた。いっその事、場所代と酒代は私が持つから、大広間を借りて情報交換会でも開こうかと提案したら、女将も主人も大乗り気で人を集めだした。

 街道沿いの宿場町だけあって、常時往来している商人や飛脚や駕籠舁に人足衆迄、雑多に集まって話し出したら、物の怪に纏わる様々で有益な情報が聞き取れた。


 物の怪の話以外にも、鬼面顔の小柄な男と金髪で陰間の様な男の異人二人組が、街道沿いの彼方此方の宿場で乱痴気騒ぎを繰り返しては、古物商や怪しげな商人から気色の悪い珍品を買い漁っている等との噂話をしている者も居たが、其れは軽く聞き流した。


 如何やら『ワタナベ・シンノスケ』と思われる『物の怪』は、街道から少し外れた山道や獣道を通って滋賀県方面へ――故郷である近江の国、若狭へ向かっているのは間違い無い様だ。いや、時間的に考えて既に到着している可能性も有るだろう。


「之は少し急ぐ必要が有りそうですな、ベラミー殿。大丈夫ですか?」


 相変わらず挑戦的な物言いだ。しかし今日の藤田の軽やかな足取りを鑑みるに、強ち過信ではないだろう。だから俺も自信有り気に返答する。


「日本ヨリ、遥カ二広大ナ大陸ヲ歩キ廻ワッテイタ、私デスヨ。心配御無用デス」


 藤田は、そうでしょうと云わんばかりに笑う。俺の体力を有る程度、見抜いている様である。とは云え、俺の本気の力迄は予測出来ぬだろうがな。御互いに健脚だ、所々の脇道に入り込んで奴の痕跡を調べながらの道程であろうとも、当初の予定以上の速さで着くだろう。




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