第5話 日本国へ

「では社長、パーシバル君も気を付けて往ってらっしゃいませ」

「御土産期待してるわよ、チャーリー!」

「あの国は未だ、内戦が終わったばかりと聞いております。くれぐれも御用心を」


 グラントン商事、サンフランシスコ支社の社員達が埠頭に大勢集まり、日本へ旅立つ二人を盛大に見送っている最中である。案外、グラントン社長は社員達に人気が有る様だ。

 羽振り良く給料を出しているからであろうな、奴に人間的な魅力が在るとは到底、思えない。いや、在る筈がない。

 華やかな二人の見送りに対して、此方は何とも侘しいモノだ。奴等と違い俺は警察と云う立場なので一人で馬車を乗り継ぎ、漸く港に辿り着いた。電信で連絡を受けた地元議員が見送り確認に来るも、忙しいと直ぐに帰ってしまった。

 之を人徳の差とは思いたくない。きっと、金の差に違い無いと自分に言い聞かせる。

 出港の汽笛が鳴り、船が沿岸から離れると漸くに手を振り終えたパーシバルが、此方に向き直り話しかけてきた。


「あ~あ、之で暫くはアメリカとも御別れだねぇ……何か寂しいなぁ」

「御前から、そんな言葉を聞くとは意外だな。何時もは次を楽しみにしてるのによ」

「んだべ。一つ所に拘るなんて珍しいべや」

「だって、こんなにも様々な人種が集まる国って、アメリカ以外に無いんだよ! 白、赤、黒、黄色、僕好みの可愛い娘ちゃんや、奇麗な御姉さんや、渋い中年や、美少年が一同に居たのになぁ……ああ~もっともっと、自由の国の宵を謳歌したかったなぁ……」


 そうなのだ。之こそが此奴を立ててやれない最大の理由なのである。パーシバルは使の異常性欲者なのであった。

 彼、曰く「女性を抱くなら、初潮を迎えた少女から閉経を迎えた熟女迄、男性ならば可愛い美少年を抱き、渋い中年に抱かれる。人種差別なんて論外」と云うのが持論である。

 因みに俺にも、ちょくちょく色目を仕掛けて来るので、其の度に打っ飛ばしているのだけど、一向に悪癖は治まらないのである。

 前にグラントンが此の悪癖を直そうと、色々と怪しげな投薬を試みたが、歳を追うごとに異常性欲が高まって来ている様な感じがするのは、俺の気のせいだろうか。


「おい、グラントン社長。博士の大事な弟君の悪癖――何とかしてやれないのか?」

「今少し待つだべ、何れ科学の力で何とかするだべさ。アレには博士も御困りになられていただべさぁなぁ……」


 しかし、そんな彼でも人から良いと云われる処も有る。其れは彼が白人であるにも関わらず、決して奢り高ぶる事も無く、人種差別とは無縁の存在だからである。彼は誰に対しても平等であり、必然と様々な国籍、人種の人々から信頼され、愛されているのである。

 其の点に付いては、俺もグラントンも一緒なのだが、之は自身の考えと云うよりも、博士からの影響が昂じているのだろう。

 博士は常々、云っていた。「白人だけが優れている等と云うのは、おこがましい妄想である。人類の皮膚や毛髪、眼の色の違い等は微々たる差異である」と――更には「人間と猿との相違点は僅か、数パーセントしかない」とも云っていた。

 生まれる時代がもう少し早かったなら、異端審問に掛けられ、処刑されていたかも知れない思想の持ち主であったのだ。


 人類学や生物学においても、近代科学的な思考を一早く唱えていた我等の博士は、何とダーウィンよりも先に進化論を確立していた様なのである。

 もし、博士が秘密主義者で無く、全ての研究内容を公に発表していたのなら、彼の万能の天才、レオナルド・ダビンチをも超える大天才として歴史に名を残せたかも知れないのに――何とも勿体無い話である。

 此の二人も天才で或る事には違い無いが、其れでも博士には遠く及ばないだろうな。あの頭脳を超える人間なんて、百年以上生きてきた中でも未だ見た事が無い。

 しかし、今は脳味噌だけになってしまった博士。本当に復活出来るのだろうかという俺の疑問は日に日に深くなってゆくのだが――まあ、いずれ何とかなるのかなぁ……。



「パーシバルの悪癖はさて置き、日本に着いたら先ず、何を遣るんだ?」

「日本国内で流通されている、薬剤の収集と、怪異物の収集を重点的に行うだべ」

「怪異物? 雅か、あの東洋土産の定番。悪魔やら妖魔の類のの事か?」

「んだ。今回、特に探したいんは『人魚』のミイラなんだべがな」


 半世紀程前から欧州では、東洋経由で入ってくる『魔物のミイラ』なる物が流行りだしている。見世物小屋や博物館等で展示して、人々の興味を誘ってはいるが、殆どが動物の死骸を加工した作り物なのである。

 其の禍々しい加工品の一大生産地が日本国なのは、一部の山師達の間では有名な話だ。


「一寸待て。ありゃあ全部、贋物だろ」

「九十九・九パーセントは偽物だべ。だが零・一パーセントの本物も有るだべさ」

「憶えてない? 兄上の怪異物収集品の中に『人魚』のミイラの肉片てのが有ったの」


 そういえば、そんな物が有った様な気もするが、しかし博士が其れを人造人間の精製に使用したのかと聞くと、二人にも断言は出来ぬとの事だが、使用した可能性は極めて高いと云うのである。何故ならば、人造人間の施術の度に、人魚の肉片が少しずつ減っていったのを、二人共に記憶しているそうだ。

 其れならば何も、人魚のミイラだの、肉片だの、在るのか無いのか解らぬ物を探すより、其の成分が入っている自分達の血なり肉なりを培養して解析すれば良いのではないかと提案すると、既に何百篇も行っているそうである。


「勿論、其の手の実験は之からも継続するけどさぁ……。其れよりも、人間の細胞を劇的に変容させたかもしれない――つまり僕等、人造人間の特殊細胞の元となった物を入手出来れば、更なる研究の飛躍に繋がるよぉ」

「まあ、『人魚の肉』が存在するかは別として、調べてみる価値は無くもないだべ」


 何時になく歯切れの悪い応答である。

 もう、何でもいいから人造人間作成の可能性が有る物は、手当たりしだいに探ってみようと云った処なのだろうな。やっぱり、追い詰められて藁にも縋る思いじゃねえかと口に出しそうになったが、俺達には時間も――そして金も充分過ぎる程に有るのだ。好きな様にやらせてやろう、飽きる迄……。



 日本へ到着するには、約一月位か。

 其れ迄の間、少し日本語の勉強をしておこうと提案したら、既に二人は完璧に近い日本語を習得していたのである。

 悔しいけれど奴等は、頭の出来が並の人間とは違う事を思い知らされた。日本語というのは、世界一難解と云われる言語にも係わらず粗、独学で読み書きを習得したそうだ。

 同船していた日本人の商人と、冗談を交わしながら商談を纏めている姿を見せ付けられた時には、素直に感心する他なかった。

 奴等は威張る訳でも無く、普通に云う。


「まあ、言語学や民俗学なんぞは遊びと同じだべ。コツさえ覚えれば簡単だべさ」 

「ベラミー警部も早く日本語、覚えてね」


 簡単に云ってくれるな――普通の人間と御前等を一緒にするなよ……。

俺だって、百年以上も生きているから、其れなりに普通の人間よりは物知りで知識も有る方だけれども、其れにしたって操れる言語は十ヶ国語が精々なんだよな。

 信じ難い事にパーシバルは六十七ヶ国語、グラントンに至っては百三ヶ国語を操るのである。二人共、其の内の五割程の言語は其の国の住民と、同等の発音と識字率を備えており、冗句を交えて会話を交わす事が可能なのだ。知識階層の人々と白熱した議論を交わしたり、風俗や習慣、礼儀作法も完璧に修めているので異国間の隔たり無く商談もそつなく熟す。

 余り認めたくないし、褒めたくもないが、此奴等は役に立つ天才なのである。

 俺は今後の日本での活動の事を考えて、癪ではあるが「日本語の御教授、宜しく御願い致しますよ、先生方」と多少、茶化しながらも遜って嘆願した。

 すると二人は然も嬉しそうに云う。


「勉強するのは良い事だべ」

「手取り足取り、色々と教えちゃうよ」


 自分自身の為でも、他人に教える為でも、此奴等は『勉強』『学習』『研究』といった類の事には、好反応を示すのである。科学者の性というモノなのだろうか?

 何にしても、此の一ヶ月位は日本語の勉強期間となるのだろうな。此奴等はこと、勉強に関しては手加減無しだから一寸恐いな。まあ、しかし自分の為だ――覚悟を決めてやるか。



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