【35】巨木の下で一休み

「何とかなったな」


 街から数百mほど離れたところまで来てようやく俺はホッと一息ついた。遠くの方に見える街から誰かが出てきている様子はなく、俺達を追いかけてきている者はいなさそうだ。


 あーでも、絶対にこの街にはもう来れないだろうなぁ……。まぁ、他に誰かがいないことを祈るしかないか。


 当初の目的はイリカにあって現状を聞くだけであったのに、まさかこんなことになるなんて想像もしていなかった。ただ後悔は一切しておらず、イリカが謀反により深く関わるようになる前に助け出せたことに対して、運命に感謝すら覚えている。


「……まぁ、でも何とかなるか。ジョーダルにもしっかり言い聞かせていたしそんな大事にはならないだろう。……多分」


 広場でジョーダルに耳打ちをした際に、俺のことを問題にしなければ反乱に関してこれ以上手を出さないことを約束した。そして、もしこのことを国を挙げた問題にすれば、俺は全力でこの反乱が失敗するように動き、地獄の底までジョーダルのことを追いかけるとも忠告しておいた。


 最後の最後に俺の命を狙って奇襲をしてくるジョーダルのことは信用できないが、俺を恐れていた様子が本当の姿であれば下手なことはしないと思う。そして、もし俺のことを広めるようなことがあれば、すぐに俺に知らせが来るようにこっそり仕掛けを施していたたため多少は大丈夫であろう。


 そんなことを考えながら気を失っているイリカを背負って街道を歩いていると、背中でもぞもぞと動くのを感じたため足を止める。


「イリカ、起きたか?」


 首を横に向けると、目をうっすらと開けたイリカの顔を見える。


「ん……。先生……?」


 もし催眠が解けていなかった場合、この状況はかなりまずいなと思っていたが無事に催眠が解けているようで安心した。


 徐々に頭が覚めてきたであろうイリカは、目を開けるにつれて顔が赤くなっていき、完全に目を開けたときには茹でタコのように顔全体が赤く染まっていた。


「おいおい、イリカどうした。顔真っ赤だぞ? もしかして体調が悪かったり……」


「い、いえいえ!! 私は大丈夫ですので、まずは降ろしてください」


「ん? 別にこのままでも」


「いいから降ろしてください!!」


「あ、あぁ分かったよ」


 その剣幕に驚きつつも背中から降ろすと、イリカは何度も大きく深呼吸をしている。


「大丈夫か?」


「は、はい。……ですが、この状況は」


「あー、とりあえず……。まぁ、一から全部説明するよ」


 俺はイリカと別れてからの出来事をすべて話した。騎士団長のジョーダルが謀反を起こしたこと、イリカが催眠にかかっていたこと、そんな状況を許せなくてイリカを連れて街を出てきたことを伝えた。最初の内は意味が分からないといった様子のイリカであったが、徐々に状況を理解してくれたようだ。


「そうですか……。そんなことが……」


「イリカの了承も得ずにこんなことをしてすまなかった。でも、どうしてもイリカをあのまま放置しておけなくてな」


「い、いえ!! 先生は間違ってはいません!! ですが……」


 イリカはそのまま下を向いてしまって、ひどく落ち込んでいるようだ。そんな様子のイリカを見てどうしたものかとふと横に視線をやると、少し離れたところに1本の巨木がそびえたっているのが見えた。


「……なぁ、イリカ。ひとまずあそこで休憩しないか?」


「え? あ、はい」


 イリカを連れてそちらの方まで歩いて行くと、巨木に身を預けつつ腰を下ろした。葉の揺れる音、頬を掠める風、その心地よさに目をつぶっているとそのまま眠ってしまいそうだ。


「……イリカ、思い出さないか?」


「? 何をですか?」


「昔の家をだよ。あの家の近くにも大きな木があって、よく皆で遊んでたじゃないか」


「あー、ありましたね。……懐かしいです」


 先程まで謀反の渦中にいたことなど忘れてしまいそうなほど、静かで穏やかに流れる時間。何かを求めて、何かのためにせわしなく動いている時間も充実した良い時間だろう。ただ、気持ちや考えを整えるためにはこういった時間が必要なのも確かだ。


 十分弱の沈黙が流れた後、俺は意を決してイリカに尋ねてみることにした。


「イリカ。もしよかったら、家を出た後のことをもっと詳しく教えてくれないか? どうして騎士になったのかの経緯とかさ」


「……分かりました」


 小さい頃から騎士になりたいと思っていたイリカは、騎士になるために旅をしていた時にたまたまジョーダルと出会って誘われたため、そのままノーキャスル王国の騎士になった。そして、任務などをこなしているうちに徐々に出世していき、現在に至ったのだという。


「そうなのか……。頑張ったんだなイリカ」


 小さい頃からの夢を叶えるのは簡単なことではない。ただ、イリカといいアリネといい、形はどうであれ自分の夢を叶えている2人姿は師匠として嬉しいものがあった。


「それじゃあ、いつ催眠をかけられたかは分かるか? もしかしたら、あの時かもしれないぐらいでいいんだけど」


「いつかけられたのか……。そうですね、今思えばあの時かもしれないです」


 イリカが言うには今から一年ほど前にジョーダルに呼び出されたことあり、その時に不思議なものを見せられたのだという。それは、水晶のような物でジョーダルは綺麗な光を放つ魔道具だと説明しており、確かに紫色の淡い光を放っていたとのことだ。


 それからというものの、ことあるごとにジョーダルに呼び出されると、その水晶を見るように言われたのだとか。そして、回数を重ねるごとに意識が遠のくような感覚に陥り、半年も過ぎた頃には時々記憶が曖昧な時間が増え始めたのだという。


「なるほどなぁ……。でも、怪しく思わなかったのか? いくら相手が団長とはいえ、そんな何回もよく分からないことをさせられるって」


「はい。特には思わなかったです」


 そうはっきり答えるイリカ。どうもイリカは人を疑うという感覚が少ないようだ。確かにそれ自体は悪いことではないが、この世に良い人しかいないわけではないためどうしても不安に思ってしまう。


「そうか……。まぁでも、催眠にかかってるのを早く気が付けてよかったよ。それに、イリカほどの実力だったら、どこにいっても騎士になれるさ」


「そう、ですね……」


 何とか励まそうとするものの、イリカは相変わらず落ち込んでいる様子だ。それもそうで、せっかく憧れであった騎士になれたというのに、実情がこんなものだったなんて知って落ち込まない訳が無いと思う。俺がイリカの立場であったとしても同じように落ち込んでいただろう。


 ただ、今回俺がやったことに関しては全く間違ったことをしたとは考えていない。その行為がイリカを騎士として活躍するという夢から覚まさせることであったとしてもだ。


 うーん。でも、これが本当に最善だったのかな。俺がこの方法が最善だと思いたいだけで、他にも方法があったかもしれないよなぁ……。


 どうしたものかなと考えていると、あることを思いだしたためこれ幸いと話題を変えることにした。この暗い雰囲気を変えるには話題を変えるしかなかった。


「あ、そうだ。イリカに聞いておきたいことがあったんだった」


「聞いておきたいことですか?」


「あぁ、前に聞こうと思ってたんだけど、聞く前に王城に行くことになっちゃって聞けてなかったんだ」


 俺はこの旅の本来の目的である弟子達の情報についてイリカに聞く事にした。

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弟子達がご迷惑おかけして申し訳ありません!!~転生師匠は弟子達に振り回されながらも、問題を解決するために旅をする~ 澪田彗正 @kumakuma029

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