【18】師匠と弟子としての会話

「あれ……? うち……」


「おっ、目を覚ましたか」


 ゆっくりと上体を起こしたアリネは寝ぼけているのかキョロキョロと辺りを見渡している。


「ここは……、天国なのか?」


 予想外の言葉に思わず笑ってしまう。


「こんな洞窟の中が天国とはいささか悲しいものだな。第一、師匠である俺が弟子であるお前を殺すわけがないだろう」


「だから、あんたはうちの……」


「師匠だよ俺は。ちょっと、信じがたい話かもしれないけど―――」


 俺はアリネに前世の記憶、つまりクレザスだった時の記憶を持って転生したことを伝えた。最初は信じられないといった様子だったため思い出話をしたり、アリネからの質問に答えたりするも警戒しているようであった。ただ、何度も何度も質問に答えていくうちに徐々にその警戒心が薄れていくのを感じた。


「確かに、そこまで知っているのは偶然なんかじゃないね……」


「やっと信じてくれたか?」


 既に覚えていないようなことまで質問されたため、必死になって記憶を掘り返すのに疲れを感じていると、


「……それじゃあ、最後の質問だ。これに答えられたら、あんたが師匠だって信じてやるよ」


 そう言って見つめてくるアリネ。


「……分かった」


 アリネの表情から今までにないほどの真剣さを感じる。いったいどんな質問がされるのかと不安になりながら待っていると、アリネの口がゆっくりと開いた。


「うちの……は?」


 小さい声でそう言うと、アリネは俯いてしまった。


「ん? もっかい言ってくれ」


 その声があまりにも小さかったため口元に耳を近づけて聞き返すと、アリネは勢いよく顔を上げた。


「うちの初恋の人は誰なのかって聞いてんだよ!!」


 怒鳴るように放たれたその声は、俺の鼓膜を破るのではないかと思うほどの大きさで、キーンと耳鳴りが続いている。


「は、初恋の人?」


「そうだよ!! 答えられるのか!? 答えられないのか!?」


 恥ずかしいのか怒っているのかどっちともとれる表情のアリネは顔を真っ赤にしている。アリネのこんな表情を見るのは、おねしょを他人のせいにしようとしたことを怒ったとき以来であった。


「……あー、ちょっと待ってくれ。今思い出すから、初恋……、初恋の人かぁ……」


 弟子達の色恋沙汰に関して何かあったかなと思い出してみると、意外にも何度か相談されたことがあったなと記憶が蘇ってきた。


 アリネの初恋……、アリネの初恋……。


 アリネとの過去の思い出を思い返しているうちに、電撃でも走ったかのような衝撃が体中を駆け巡り答えにたどり着いた。


「思い出したぞ!! 確か、テリーだったよな。いやー、あの時は、絶対に内緒だからねなんて言ってお前もかわ……」


「あー、もう!! 正解だからそれ以上言うな!!」


 いつの間にか拘束を解いていたアリネに口を塞がれるも、その手をどかして話を続ける。


「それで? 今も好きなのか? 連絡は取ってるのか?」


 顔を真っ赤にして恥ずかしがっているアリネを見ていると楽しくなってしまい、ついつい質問攻めをしていると、勢いよく平手が飛んできて頬にクリーンヒットした。


「うるさい!! うるさい!! もうこの話は終わり!!」


 やり過ぎたかと反省しつつ、叩かれた頬を撫でながらアリネの方に顔を向ける。


「分かった、分かったから落ち着け」


 フーフーと肩で息をしているアリネの背中をさすりながらなだめる。その背中は記憶にあった背中よりもずっと大きかった。


 あんなに小さかったアリネがこんなに成長しているんだもんなぁ……。12年ってことは……、そうか、もうアリネも18歳なのか。


 しみじみと弟子の成長に喜びを感じつつ背中をさすっていると、アリネの呼吸も落ち着いてきたのでそっと手を離す。


「アリネ、落ち着いたか?」


「うん……」


 どことなくしおらしくなったアリネは、ゆっくりと首を回して俺の方を向いた。


「本当に、師匠なんだよね……?」


「あぁ、さっきからそう言って……」


 次の瞬間、アリネは勢いよく俺の胸に抱き着いてきて泣き出した。


「う、うぅ……、師匠ぅ、会いたかったよぉ……」


「……あぁ、俺もアリネに会えて嬉しいよ」


 まだまだ幼かったアリネにとって、俺との別れは突然すぎたのかもしれない。ただ、こうして新たな生命を受けて、またこうして出会えたことは奇跡であり、この奇跡に今一度、心の底から感謝した。


 しばらく背中をさすっていると、アリネも落ち着いてきたようで嗚咽が聞こえなくなったため、今回ここに来た理由を話すことにした。


「アリネ。落ち着いたか?」


「うん……」


「実はな、ここに来たのは理由があるんだ。今日アリネ達が襲った村があるだろ?」


「うん」


「あの村は俺が住んでる村で……」


 盗賊を討伐するためにここに来たと言い終わる前に、アリネは勢いよく顔を上げた。その顔はこの世の終わりかとでも言わんばかりの表情をしている。


「ごめん師匠!! まさか、師匠が住んでるなんて知らなくて……」


 申し訳なさそうにしているアリネであったが、俺はその言葉に違和感を覚えた。


 ……ごめん? 俺が住んでいる村だからって理由なのか? それとも……。


 その違和感がどうしても気になったため、ひとまず自分の話は置いといてアリネについて聞いてみることにした。


「……なぁ、アリネ。何で、盗賊なんてやってるんだ?」


「え?」


「いや、まずは俺が死んだ後のことから教えてくれないか? 俺が死んでアリネがどう過ごしていたのか」


「うん、分かった。まずね――――」


 アリネの口から聞かされた内容は、俺の想像をはるかに超えるものであった。

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