5月16日(風) ⁇ー①

「マーガレット様!」

 伸ばした私の手は無常にも届かず、マーガレット様が奈落へと落ちていく。

 私は彼女を救おうとさらに身を乗り出すが、その行為はマーガレットによって止められた。

「セシリア!みんなから離れないように!任せましたわよ!」

 彼女は穴に落ちていく中でも私の心配をして、それ以上進むなと手のひらを向けてきた。

 その言葉はいつも通り、悪意なんてかけらも存在しない。こんな人、親以外では会ったことがなかったというのに。

 私は幼い頃から悪意を感じて過ごしてきた。それが聖女の能力と知って、どれだけ神様を恨んだか。

 私が聖女だと知ったあの日、一体友人を名乗るものが何人増えただろう。昔は心を読める化け物だと言って石を投げつけて来たのに。

 一体何度謝罪の言葉を受け取っただろう。彼らは私に何も言わせなかったのに。

 それでも、私が私で居れたのは、両親が守ってくれたから。たった二人の家族が必死に村人たちを説得し、身を粉にして働いてきたから今の私がある。

 そして最後には、その命を賭して私を魔物から救ってくれた。その事にはいくら感謝してもし切れない。

 マーガレット様からはその時と同じような色が見えていた。

 もし本当に彼女に二度と会えなくなってしまったらなんて予感が頭によぎると、恐怖で立てなくなってしまった。

「セシリア!ここは危ない!とにかく外に出なければ!」

「いや!だってマーガレット様が!」

 殿下に腕を掴まれるが、私の足は動かない。それでいい、と思う自分さえいた。

「セシリア様。失礼します!」

 動かない私にしびれを切らして、ミーレスと名乗った女子生徒が私を抱え上げ歩き出す。

 そこから逃れようと手足を動かすが、私程度の力では抜け出すことすらできない。

 が、そこでもう一度、先ほどよりも大きく地面が揺れ始めた。ミーレスもバランスを崩してしまい、私は宙へ放り出される。

「危ない!」

 と、私が地に落ちる前に殿下に受け止められ、殿下ごと地面に倒れてしまう。

「ご、ごめんなさい!」

「俺は問題ない!そこの、まだ動けるな!」

 殿下がミーレスに声をかけ、私を抱えたまま立ち上がろうとしたその時。シャロット様が落ちた時と同じように、だが今度は一部ではなく洞窟の壁全体にひびが入り始める。

 間もなくひびが穴に変わり、全員が宙に放り出された。

「くそっ!全員、自分の命を優先に考えろ!絶対に死ぬなよ!」

 殿下がそう叫んだのを最後に、私たちも岩に紛れて地の底へと落ちていった。


 ***


「……発光(ライト)」

 落ちていく中、一旦灯りの魔術で光源を確保する。

 セシリアたちと分かたれた後、思ったよりも早く地面が見えて、地面を転がるように着地を決めた。

 土を払いながら立ち上がり、辺りを見渡す。そこは完全に闇に包まれていて、灯りがなければ歩くことさえままならないだろう。

 灯りの魔術は有れど、集中を乱せば掻き消える弱弱しいものでしかない。しかしリュックには、心配性のセシリアがいろいろ詰め込んでいたはず。

 そう思いリュックを漁ると、しっかりとした作りの松明が数本見つかった。備えあれば憂いなし。いや、聖女の道行に暗闇なし、かな。……一人で何を言っているのだか。

 自分で自分にツッコミを入れながら、一緒に入っていたマッチで松明に火をつける。これで光源は確保できた。水や食料もあるし、あとは元居たところに戻れればよし。

 ただ、灯りの魔術を消す前に天井に飛ばして確認したところ、落ちてきた穴ははるか頭上で、そのまま登ることは難しいだろう。

 私は仕方ないともちょうどよいとも思いながら、この謎の空間の調査に乗り出した。その最中に帰り道を見つけるか、怪しい奴をとっ捕まえて聞けばよいだろう。

 それにしてもここ数十年、国外でも地震の報せなどなかったというのに。噂の鬼のせいなのか、または災厄に関係しているのか。

 しかし、森の地下にこんな広大な空間が広がっていたとは驚きだ。しかも、今までの調査で見つかってなかったということは、人の手で隠されていたと考えた方が自然だろう。

 とすると、今になって反応が見つかったというのが、もう隠す必要が無くなったのだと宣言するかのように思えて、どうにも嫌な予感がした。

「とにかく動かないことには始まらない、か。……よし、風に揺蕩う惑わずの霧、黒霧ブラックミスト

 その嫌な予感を確かめるためにも、私は情報収集のために動き始める。

 薄く薄く練った魔力が、ほんのり黒に染まった霧となって、壁に沿いながら流れていく。

 私が得意とするこの魔術は、風に紛れながら漂い、その霧に触れたものを私が感知出来るというものであった。

 私の魂の色である黒は、元々こういう情報収集向けなのだ。戦闘は、単なる趣味である。

 迷路のように入り組んだ洞窟を少しづつ解き明かしていき、その中で人の痕跡と思われるものを見つけることが出来た。恐らくこれは、松明かな?

 こんなものを魔物が作れるはずがなく、またこのような場所にいるのは犯罪者で間違いないだろう。

「当たり。少しは歯応えがあるといいけど」

 思わず戦いへの喜びを口にしながら、恐れのない軽い足取りで洞窟の闇を進んでいった。


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