4月13日(月)ー③


 放課後、東屋で友人たちとおしゃべりに興じながら特待生が来るのを待つ。

「今日のところは懲らしめるだけなのよね。でも、あのままじゃ敵を増やし続けるわよ?」

 外交官の家系であるピスティスの指摘は的を射ており、私も何とかせねばならないと思っていた。だからこそ、準備は進めてある。

「明日図書館の個室を予約してあるわ。そこで色々仕込むつもり」

「ならこの後買い物に行きましょうか。色々入り用でしょう?」

「ええよー。いいお店教えるよー」

 ピスティスも納得したように手をポンと叩き、ルーシーも続いて了承を示す。

「明日の放課後にやろうと思うんだけど、空いてる?」

「大丈夫よ。何号室?」

「5号室。荷物があったら言ってちょうだいね。家のものに運ばせるわ」

「了解。準備しておくわ」

 最初から打ち合わせていたかのように話が進む。得難き友人たちにまた感謝を告げつつ、私たちはセシリアが来るまで作戦会議を続けていた。


 それから数分後、木陰から覗く見物客の目に怯えながらセシリアが姿を現す。そして言外についてくるなと行ったはずの殿下もその後ろについて来ていた。

「来ましたか。ところでサミュエル様。あなたを呼んだ覚えはありませんよ?わざわざあの場で話をしなかったのは、女だけでお話しするためだったのですが」

「俺にも関係あることなのだろう。であればこの場に立つ権利くらいはあるはずだ」

 全く、この人にプライバシーなんてものはないのだろうか。女同士が話があると言ってここに来たのだぞ。影から覗くならまだしも、堂々とその場に居合わせるなど。

 今までもこんな振る舞いだったにもかかわらず、大きな事件が起こってないのは自分のお陰なのだぞと、声を大にして叫びたい気持ちだった。

 しかし、それを本人に伝えてきたことも、注意しても聞き入れられたことがないこともしっかりと覚えているため、今となっては注意することすらない。

 だがまあ、今回サミュエルが目的ではないのも確か。今は置物として無視することにしよう。

「……まあいいでしょう。ですが、ここにいるだけです。これから起こることに何も口を挟まないでください」

 王子はその言葉に少しムッとしたが、何も言わぬまま腕を組み話を聞く体勢をとった。言いたいことはあるだろうが、こっちは最初から殿下も無理やりついてくると思って台本を考えたんだ。最悪暴れたとして問題はない。

「ではセシリアさん。まず、サミュエル様の婚約者として言わねばならないことがあります」

 セシリアを睨みつけながら、彼女に一歩近づく。同時、周囲の空気も重くなり、殿下の眉間のしわがさらに深くなるのを確認する。

「私は幼い頃より殿下の婚約者として努力してまいりました。隣にいて不足のないよう、恥じることのないように自分を磨いてまいりました」

 自分の悲劇に酔っている。そう見えるように演技をしながら、ちらりとセシリアの顔色を確認する。昨日見たような怯えは見えず、【私は怯えています】というわざとらしい表情をしているのみ。やはりこれは、演技指導も必要だろう。

「にもかかわらず、あなたはテーブルマナーすら知らないままに殿下に気にいられている。女の醜い嫉妬だと笑ってもらって結構。ですがこれだけは言わせてもらいます」

 もう一歩、鼻の頭を突き合わせるくらいまで近づく。そしてセシリアだけに聞こえる様に小さく囁いた。

「これからあなたを殴るわ。痛くないように右に倒れなさい。ポケットにメモ入れたから、後で読んで」

 近づくと同時、指導用に予約した図書館の個室と日時を指定したメモをポケットに滑り込ませる。セシリアにもちゃんと伝わったようで大きく瞬きを返された。

 そこから少し身を引いて、右腕をいっぱいに振り上げ、彼女の左頬を叩き抜く。そして倒れ伏したセシリアに向け言い放つ。

「そう易々と殿下に取り入れると思うな下郎!貴様のようなものは、殿下の傍にいるべきではないのよ!」

 そして昼食の時と同じように、背後にセシリアを残したままその場から離れる。後ろから殿下が何かを言いながら追いかけてくるが、反応なんてしてやるものか。

 努めて無視をしていると、剣でも抜こうとしたのか必死に止める従者の声が聞こえた。

「ねえ、あれ本当に大丈夫なの?かなり怒ってるみたいだけど」

「いつものことよ。普段は私の方が迷惑してるし、この程度なら陛下が宥めてくれるわ」

 ピスティスの心配する顔に心が痛むが、怒る殿下を無視するのは初めての事ではないので何も気にすることはない。

 思えば今までも無視したり叱ったりと、嫌われそうなことをいくつかやってきたのによく今まで嫌われなかったものだ。もちろん原因はあちらだが。

 そのまま校門をくぐり、指導の準備と二人にパフェを奢るため城下町へと馬車を走らせる。

 どれだけスイーツという報酬があるとしても、何も聞かずにここまで協力してくれる友人のありがたさを噛みしめる。二人にお礼を告げた後、怒った殿下のことは忘れて、三人で特待生の指導方法について話し合っていた。


 この騒ぎは後に、こちらで操作するまでもなく学校中に広まり、【侯爵令嬢が特待生を嫌っている】という構図はみんなの中に完成しただろうと、ルーシーから報告を受けた。

 後は適当に曖昧な噂を数個流すだけで、自然と状況が動いていくはず。

 変な勘違いをする奴らもいるだろうけど、対処を間違えなければ婚約破棄はもうすぐそこだと、しばらくの間幸せな気分で過ごすことが出来た。

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