4月13日(月)ー②

 ランチの時間。生徒で溢れた学園運営の食堂には、昔馴染みの姿もあった。

「あ、メグ。お久ー。最近どうよ」

「ルーシー。普段通りよ。忙しく走り回ってる」

 茶髪の活発そうな女性が独特な言葉遣いで挨拶をし、私も軽く手をあげて返す。

 ルーシーは商人上がりのネドルモール男爵家の一人娘だ。幼い頃私の誕生会で顔を合わせて以来の仲だが、妙に馬が合い友人として関係が続いている。彼女もその血筋に違わず情報通で、噂だけでなくそれに対する民衆の評価も集めてたりするので、いつも非常に助かっていた。

「マーガレットちゃん?ちょっと聞きたいことがあるから、一緒に食べましょう。ね?」

「う、ピスティス……。まあ、私も話したかったから。それと、ちょっと我が儘を聞いてもらっていい?」

 逆に、私と同じプラチナの髪の女性は模範的な言葉遣いで、しかし、何故か怒気を込められたその要求に、思わず身を引いてしまう。

 こちらは私の従妹に当たるディプロクファ伯爵家の娘で、幼い頃から双子のように育ってきた。代々外交官である家柄と彼女自身の包容力のある性格からとても顔が広く、話したい人物がいたり、鉱人(かねびと)や森人(もりびと)といった他種族と関わりを持ちたいときは、彼女を頼ればすぐに場所を用意してくれるだろう。

 ちなみに読書という素晴らしい趣味を教えてくれたのも彼女である。

 この食堂では貴族の舌に合うものから平民でも手軽に楽しめる値段のものまで、幅広いジャンルが用意されている。もちろん値段が低いものだろうと妥協無く作り上げられており、味は抜群だ。

 そのせい、というべきか食堂は非常に混んでおり、悪役令嬢平民嫌いを通すため、それに則した席を探すのには大変時間がかかった。次からは個人のレストランに向かうとしよう。

 私の我が儘に何の疑問もなく付き合ってくれた友人に感謝しながら、好物のフィレイヤ・パスタを口いっぱいに頬張る。

「いっつも思うけど、よくもまあそんな辛そうなもんを食べられるね」

 対面に座ったルーシーがその味を想像してか、顔を歪めながらも好物である東に住むエルフ謹製のコメを頬張る。

「私からすれば、ピスティスみたいになんにでもマヨネーズをかける方が信じられないわよ」

「私は合うものに使っているだけよ?」

「すべてのお皿にマヨが盛られているように見えるのだけど?」

 ピスティスは何も言わずに笑顔を浮かべ、マヨネーズにまみれた魚らしきものを口に放り込んだ。


 各々思い思いの料理を楽しんだ後、食後のお茶を飲みながら、時間が許す限りの女子会に入る。

「そんで?また変な噂聞いたけど、今度はいったい何してんのさ」

「私もルーシーから聞いたけど、危ないことじゃないのよね?もちろん、社会的立場の方よ。あなたが怪我をするところなんて想像できないし」

 曰く、第二王子がその正義漢を見せつけて、特待生のトラブルを解決した、と。

 事実は違えど、彼女ら、特にルーシーが知っているならば、確実に噂は広まっていく。殿下の活躍になっているのが腹立たしいが、悪役令嬢を目指すならば順調と言えるだろう。

 ちなみに彼女らが私に質問する理由は、第二王子の騒動の裏には私がいると知っているからだ。だからこそ、彼女たちはいつも私のことを心配し、私の友人でいてくれているのだ。

「詳しくは言えないけれど、陛下からの任務よ。もしかしたら手を貸してもらうかも」

「ああ、王様からなんね。とすると、特待生が聖女なのではっていう噂も本当なんかな?」

 流石、商人でもあるルーシーは今年の特待生にも目を付けていたらしい。

 そんな彼女に私がちょっかいをかけていて、それが王命なのであれば、聖女だと目星をつけるのも難しくないのだろう。

「ノーコメントで。あ、こっちは任務とは全く、本当に関係ない、個人的な質問なんだけどね?サミュエル様との婚約を破棄するにはどうすればいいと思う?」

「その言い方はもう関係あるって言ってるようなものじゃない。というかあなた、婚約破棄されたんじゃないの?」

「そーそー。それも聞きたかったんよ!メグからならわかるけど、王命で婚約破棄って何があったん?」

 二人が興味津々と言った様で私に詰め寄ってくる。私は彼女らだけがわかるように、我々の中でお約束になっている言葉を告げる。

「殿下の我が儘」

「「あっ」」

「詳しくは話せないけど王命は本当。それを無視したのがあのお方」

 言い切り、彼女らの顔を伺うと、揃いも揃って能面のような、なんとも言えない顔をしていた。

「なんちゅうか、あのお方はいつも通りやね」

「ご苦労様、メグ。私たちも協力するから、何でも言ってね」

「うん。ありがとう、二人とも。ということで、さっそくだけどさっきの件、何かいい案はないかな?」

 甘味よりも苦みをテーマにしたデザートを口に放り込みながらそう言うと、恒例の流れとして議論が始まった。

「王命もダメ……。こっちからフるのは?」

「もうやったわ。面倒なことにダメだった」

「あー、殿下ってばメグの事大好きやもんねー」

「だから何度も言うけど、私はその愛を感じたことないわよ」

「でも毎回プレゼントは受け取ってるでしょう?」

「その分、振り回されてるからチャラよ」

「あー、社交界で取り返しのつかないミスをするとか」

「そりゃあ最終手段やろうに。うちはメグと会えなくなるなんてやぁよ」

「ありがとう、ルーシー。一応今は【悪役令嬢】をやってみてはいるんだけどねー」

 このように、普段から二人には相談に乗ってもらうことが多い。

 それが助けになって任務を達成できたこともあるので、今回もその力を借りようというのだ。

「いいじゃない【悪役令嬢】。引いてダメなら押してみろって感じ?乙女の恋愛ってところを加味して、工夫すればそこまで実家に影響なさそうだし」

「んー、それを後押しするなら、うちらが取り巻き役でもやろか?」

「あ、お願いしてもいい?知っての通り、私は恋愛下手の未熟者だし」

「はいよー。じゃあ、最近できた城下町のカフェのスペシャルデザート、奢りでよろしくー」

 緩くだが協力者も手に入れ、自分のクラス以外の情報も手に入れることができた。

 友人との心地よい空気を楽しんでいると、突然、食堂の入り口が一層騒がしくなった。

 何事だと思いそちらに目を向けると、その身長も相まってよく見えるサミュエルの隣に、人の隙間から見覚えのある色素の薄い髪が覗いていた。

 恐らくあれはセシリアだろう。昨日少し裏話を伝えたとはいえ、一日であんなに仲が良くというのは、いったい何をしたのだろうか?

 いや、確か昨日も仲がよさそうな様子はあった。すると、試験の日に何かあったと考えるべきだろうか。

「ちょっと話聞いてきたけど、どうにも特待生ちゃんが道に迷ってたみたいやね。そこに白馬の王子様が現れた!」

 いつの間にか席を立っていたルーシーが、輪を形成していた生徒に話を聞いてきたのか、興奮しながら戻ってくる。

 一息ついてお茶を飲み、以下のように続けてくれた。

「……ふぅ。特待生ちゃんが訓練場に迷い込んでサミュエル様の傷の手当をした。特待生ちゃんもお腹が空いてそうやったからお礼も兼ねて昼食を御馳走することにした、って流れみたいやね」

 聞きながらその様子を見ていると、ずいぶん仲も深まっているようで、私が付き合ってきた時間を考えると少しだけ嫉妬してしまう。

 殿下が堕ちるのも時間の問題かもしれないなどと考えれば、ものすごく喜ばしいことではあるが。

 王子たちはこちらには気づかないまま料理を注文して、円卓に着き談笑を始める。

 その様子を三人でお茶を飲みながら見守っているのだが、またもや特待生がテーブルマナーのなさを発揮しており、また王子もそれを咎めずにいて従者が困った顔をしていた。

 友人2人もそれには苦い顔をしていて、同じように従者へと同情の念を送っていた。

「あれは流石に勉強不足が過ぎないかしら?わざわざあなたが悪役令嬢を演じなくても、他にそういう子が出てきそうなのだけれど」

「そういう子を制御するのも目的の一つよ。誰かが手綱を握らないと刃傷沙汰になる可能性もあるし」

 そう、この作戦は私が婚約を破棄するとともに、妬まれるであろう特待生の平民という存在を守る目的もあった。

 その辺りは小説などのフィクションにも書かれていることだが、現実はもっとドロドロしている。

 恋敵本人が刃物で襲ってくるならまだ良し。本気で恨みを買ってしまったならば、人員を雇って攫った上に監禁されたり、冒涜的な魔術でもう死んだほうがマシな状況になる可能性だってある。

 貴族社会に慣れていない彼女がそんなことになるなんて、私には到底許せないことだった。

「じゃあ今回もいじめ守りに行く?ここは人目が多いからやっといたほうがいいでしょ」

「そうね、行くわ。取り巻き役よろしくね?」

「そっちこそ変なミスしないでよ?」

 なんてやり取りをやりながら、3人で王子の元へと向かっていく。

 二人はこちらに気付くことなく機嫌よく食事を楽しんでいて、怒りを覚えることはないが、ここまで周りに関心がないのには呆れてしまう。

 傍に立つと流石にこちらに気が付いたようで、にっこりと微笑みながら、しかし相手に怒りが伝わるように怒気を込めて話しかけた。

「少しよろしくて?サミュエル様、まず婚約者であるこの私を差し置いて、女性と食事を共にしているこの状況を説明してほしいのですが?」

 殿下も怒りを感じたのか、どもりながら返事をした。

「め、メグ……。何を怒っているのかわからんが、とりあえず落ち着け。俺はただ礼をしているだけだ!」

「礼を?確かにそれは重要ですが、あなたも随分と楽しんでいるようですわね」

「食事は楽しまなければ損だろう?それに彼女はいい奴だぞ。傷を治してくれたんだ!」

 その言葉を言い訳である断定し、返答することなくセシリアの方へと向き直る。すると彼女も、わかっていますというように瞬きを返してくれた。

「セシリアさん?平民の貴女でも、婚約者がいる男性と食事を共にするのがいけないことなのは理解できますよね?」

「えーと……。も、もちろん殿下に婚約者がいることは承知しております!ですから、えーと。そのような意図は!」

 その棒読みの演技に思わず悪役令嬢の仮面が外れそうになってしまった。いや、この子芝居下手だな。後で指導せねばならないが、今はそれが取り繕っているように見えていい演出になっていると考えよう。

「以前殿下にも伝えましたが、あなたに意図がなくとも周りがどう思うか……。サミュエル様もそれを承知の上で食事を共にされているのですよね?」

「いや、ただの礼だと言っているだろう!俺にも彼女にも、そのような意図は毛頭ない!それにセシリア、俺のことはサミュエルでいいといったはずだぞ。ここで王族として振舞うつもりはない!」

「うふふ。全くわかっていないようですね。とにかくセシリアさん、あなたにはお話がありますので、そうですね……。放課後、以前話をした東屋に、あなた一人で来なさい。いいですね」

 そう言い切り、殿下に話しかけられる前に背中を向け、もう話すことはないとその場を離れる。

「絶対来なさいよ!」

「もし来なかったらどうなるか、よくお考え下さいね?」

 二人も取り巻き役っぽいことを言って私の後をついてきてくれた。

 2人に小声でお礼を告げて午後の授業へと向かっていく。放課後に芝居を打てば、今日の【悪役令嬢】はおしまいだ。

 ちなみにあとでセシリアから聞いた話だが、あの後王子は私に対する愚痴をたくさん吐いていたそうだ。

 庇うような言葉もあったそうだが、婚約破棄までが順調なようで、私はとても満足であった。

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