生き残り

三鹿ショート

生き残り

 自宅に残っていた食料が無くなってきたため、補給しなければならない。

 そのことを告げると、彼女は顔を顰めた。

 外出することが面倒だということもあるが、数日前までならばともかく、今ではそのようなことを言っている場合ではない。

 玄関の扉を少しばかり開き、近くに生物が存在していないことを確認すると、我々は物音を立てないように静かに移動していく。

 少しばかり歩いたところで、私は彼女の手を引っ張り、物陰へと隠れた。

 突然の行動だったが、彼女が困惑を示すことはない。

 少し先の場所で、一人の人間が食べられていた。

 最初に喉を食いちぎられたためか、叫び声をあげることなく、自身の肉体が食されようとも、されるがままだった。

 その生物は鋭利な爪で相手の腕を切り落とすと、切断面を咥えて、音を立てて血液を吸っている。

 やがて人間の身体を全て食すと、その生物に異変が生じ始めた。

 身体の前面に、先ほど食した人間の顔が出現したのである。

 内側から飛び出すかのように現われた顔は、何も語ることはない。

 だが、その顔は苦悶に満ちていた。

 その生物は大きく息を吐くと、その場を後にした。

 私と彼女は顔を見合わせると、同時に安堵の息を漏らした。


***


 先ほどのような生物は、突然姿を現した。

 空から落下してきたと言う人間も存在すれば、地中から姿を現したと主張する人間も存在しているが、問題はそれらの生物が人間にとって害悪であるということだった。

 目に入った人間に襲いかかり、その生命を奪うと、肉体を全て食する。

 言葉を発することもなく、感情を露わにすることもなく、淡々と人間たちを食していく。

 まるで、この惑星には食事のために訪れたかのようだった。

 空腹で無ければ襲うことはないようだが、その生物たちが何時空腹なのかどうかなど、我々には判断することができない。

 中にはその生物たちに反撃しようとする勇敢な人間も存在していたが、漏れなく返り討ちに遭い、食料と化したのだった。

 現在生き残っているのは、戦うことよりも逃げることを選んだ人間ばかりである。

 しかし、私も彼女も、そのどちらでもなかった。

 共に引きこもり、怠惰な生活を送っていたため、世界の異変に気が付いたときには、人間の数が半分以下と化していたのだった。

 事情を知った我々は、必要以上に外出することが無くなった。

 その理由は、その生物たちに無残に殺められることを避けたかっただけであり、別段、生に執着しているわけではなかった。

 密かに生き続け、人間という生物を失わないために、子孫を残していこうとも考えていない。

 そのような我々が生き残っている意味は、存在するのだろうか。

「あなたは、余計なことを考えすぎなのです」

 彼女は缶詰に箸を突っ込みながら、そのような言葉を発した。

「たとえ世界が変わっていなくとも、我々は同じ生活を続けていたことでしょう。全ての人間が後ろ指をさされないように生きる必要はありません。自由に生きることは、誰にも制限されていないのです」

 このような状況でなければ、彼女の主張ほど大多数の人間の怒りを買うものは無いだろう。

 だが、彼女は昔から、そのような発言を続けていた。

 両親に説得されたとしても、彼女は自宅から出ようとすることはなかった。

 他者に虐げられたなどといった理由が存在するわけではない。

 ただ、必死に生きたところで報われることはないと、彼女は人生を諦めたのである。

 彼女のその思考に心から賛同していたわけではないが、真面目に生きることに疲れていた私は、それを堕落の言い訳とした。

 それ以来、私は彼女と共に、無為なる時間を過ごしていた。

 誰にも褒められることが無かった生き方だが、今では我々を叱るような人間など存在していない。

 彼らはその生命が失われるとき、我々のことをどう思っていたのだろうか。


***


 物音に目が覚めると、侵入者の血走った目と私の目が合った。

 それを合図とするかのように、侵入者は大声を発しながら私に襲いかかってきた。

 しかし、武器を持っていない相手に後れを取るほど、私は柔では無い。

 私の身体に突撃してきた相手の背中に向けて拳を振り下ろし、動きを鈍らせると、髪の毛を掴んで相手を放り投げた。

 壁に身体を打っ付けた相手は、身体を丸くして苦しげな呼吸を繰り返している。

 その隙に、私は相手の顔面を蹴り飛ばし、近くに落ちていた酒瓶で何度も殴打した。

 やがて相手が動かなくなったことを確認したところで、彼女のことが心配になり、部屋へと向かう。

 彼女は、既にその生命を奪われていた。

 彼女の部屋の窓が割れていることを考えると、侵入者に真っ先に襲われたのだろう。

 ほとんどの人間が外を闊歩する化物によってその生命を奪われているにも関わらず、同じ人間に殺められるとは、なんという皮肉なことだろうか。

 だが、彼女がこの世から去ったとはいえ、その後を追おうとは考えなかった。

 それほどまでに生きることを望んでいるわけではない。

 ただ、己以外の何者かに生命を奪われることを厭い、自らの意志で死を選ぶことに決心がつかなかっただけである。

 このような人間が生き残っていることに、何の意味があるのだろうか。

 彼女に問うたが、答えることはなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

生き残り 三鹿ショート @mijikashort

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ