それっぽい良さげなことを言うアドルファス王太子殿下


 場が落ち着くのを待ち、ルードヴィヒ王弟殿下が話を再開した。


 クエイル伯爵に対して、経緯の説明がまだ終わっていない。


「実は、会談の席でディーナさんから、我々の国に来て事務官として働きたいという申し出をいただきましてね」


「え」


 父が目を瞠り、驚きをそのおもてに乗せて、私をじっと見つめる。


 私は申し訳ない心地になり、父に詫びた。


「ごめんなさい……事前になんの相談もなく」


「どうしてそんなことを」


「私、ペイトンさんとの未来にまったく希望を持てなくなっていたの。お父様から見たら、彼は誠実な婚約者に見えていたかもしれないけれど、私にとってはそうじゃなかった。時折、メイヴィス王女殿下と、ペイトンさん、私の三人で茶会が開かれるのが苦痛だった。私はそこで空気のように扱われて、自分のすべてを否定されている気分になった。この国に留まっていたら、ペイトンさんと結婚しなければならない、それがたまらなく苦しくて――メイヴィス王女殿下が隣国に嫁入りすることを不安に感じていたようだから、それをサポートするという理由なら、この国から出られると思った。そうすればペナルティなしでペイトンさんと婚約破棄できる。家に迷惑をかけないですむと思って」


「ああ、ディーナ」


 父がくしゃりと顔を歪め、指で目元の涙を拭った。


「そこまで苦しんでいたのに、気づいてあげられなくて、すまなかった」


「私も言えなくてごめんなさい。婚約者に愛されていない自分が、なんだか恥ずかしく思えて、打ち明けられなかった」


「君にはなんの非もないよ」


「……そうね、今は私もそう思える」


 自然と笑みがこぼれた。目を潤ませている父に釣られてこちらもまた涙腺が緩み、泣き笑いのようになってしまったけれど。


 手を握り合い、互いを思い遣る私たち親子を眺め、ルードヴィヒ王弟殿下がねぎらうように口を開いた。


「クエイル伯爵――あの時、ディーナさんが勇気を出してくれてよかったですよ」


「ルードヴィヒ王弟殿下」


「ディーナさんは気持ちを正直に語ってくれました――自分には婚約者がいるけれど、その人にはほかに愛する人がいるので、別の道を歩みたい、と。ディーナさんはパートナーと誠実に向き合いたい人だから、心がほかにある今の婚約者とはやっていけないと感じていた。そこで隣国へ行って事務官として働き、メイヴィス王女殿下をサポートしたい。それは国益になるから、国王陛下も納得してくださるはずだ、と。――感情を大切にしつつも、主張は明快で論理的――聞いていて、感心しました。それで私は、ディーナさんが甥と結婚してくれるといいなと思ったんです」


 私はルードヴィヒ王弟殿下の話を聞いていて、驚きと感動を覚えた。


 あれよあれよといううちに事態が進み、勢いでアドルファス王太子殿下と結婚する流れになったが、そうなったきっかけは、「隣国で事務官として働きたい」という自分の申し出だったとは。正直に話したことで、それがルードヴィヒ王弟殿下の心に響いたのか。


 人生、何がプラスに働くか分からないものだ。あの時、勇気を出して気持ちを伝えてよかった……しみじみそう思った。


「そんなことがあったのですか」


 父はずっと驚きっぱなしである。


「親御さんの了承をいただいていないのに、娘さんに強くお願いして、甥の花嫁になってもらいました。申し訳ない」


 ルードヴィヒ王弟殿下が神妙に詫びる。私の父に対する最大限の配慮だ。


「いえ、とんでもない」


 恐縮する父を見つめ、ルードヴィヒ王弟殿下が困ったような笑みを浮かべる。


「当初、甥のアドルファスはこちらに来ない予定でしたが、それが急遽変わりましてね……会談のあとくらいに、王宮に着くことになっていました。私はそれをメイヴィス王女殿下には知らせず、うまいこと理由をつけて、ディーナさんだけを外に連れ出しました。打ち合わせがあると言って。そして離れに向かう途中で、ちょうどアドルファスがやって来たので、そこでふたりは初対面となったのです」


「なるほど」


「その時は私だけが焦っている状態で――ディーナさんと甥を素早くくっつけてしまわないと、当国はあのメイヴィス王女殿下を迎えなくてはならない。けれど来たばかりのアドルファスは事情が分かっていません。それでも私は甥に、なんとしてもディーナさんを口説き落とせと迫ったのです」


「それはあまりにも急すぎる……着いたばかりで?」


 父が同情を込めてアドルファス王太子殿下を見遣る。


 ところがアドルファス王太子殿下はまるで気にしていない様子でシレッと答えた。


「着いたばかりで叔父上が色々とまくし立ててきまして、ディーナさんのことをどう思うかと尋ねるので、会ったばかりで性格も知らないし、『優しそうな顔が好き』と答えたんです」


「ああ――『顔が好き』って、そういうことでしたか」


「ええ」こくりと頷くアドルファス王太子殿下。「僕はわりとすぐに叔父の意図を察し、ディーナさんに結婚をOKしてもらわないとマズイことになる、と考えた。それで彼女に、『会ったばかりで性格は分からないだろうから、とりあえず僕の外見で判断してください』と強引に迫りました。その結果『素敵だと思います』と言っていただいたんです」


「いや、あの……だったらさっき、ちゃんとそう説明してくだされば。娘が顔だけであなたを選んだと誤解してしまいましたよ」


 大困惑の父。


 対し、鉄面皮のアドルファス王太子殿下。


「僕は思うんです――相手が欲しがる言葉をこちらが察して、先回りしてそれを口に出すというのは、誠意に欠ける行為だと」


 そう語るアドルファス王太子殿下の青い瞳は、一点の曇りもなく澄みきっていた。


 私は衝撃を受けた。


 明らかにアドルファス王太子殿下の説明不足であり、彼のほうに非があったのは間違いがないのに、まるで悪びれることなく、それっぽい良さげなことを言って、フワッとまとめた……!


 周囲を見回すと、この場にいた(発言者以外の)全員が似たような感想を抱いたようである。皆わずかにのけ反り、呆気に取られた顔でアドルファス王太子殿下を眺めていたので、それは明らかだった。


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