第二部

彼は地下鉄に乗り、目的地の東京駅へと向かう。

私は尋ねる。

「どうしてこんなことをするんだ。」

「決まってるだろう。憎しみなんてそう簡単には消せはしない。」

彼の声が頭の中に重く響く。

「だったら•••」

言葉を続けようとしたした瞬間、電車が急停止した。




太陽はほぼ真上に昇り、強い輝きを放つ。私が彼を川に投げ入れてから、1時間以上が経過していた。

その頃、川のほとりで釣りをしていたある男が、バッグが流れてくるの見つけた。中を確認した彼は、異様な物だと悟り警察に届けた。中には、病原体と綿密な計画のメモ。これらには厳重なカバーがしてあり、幸いにも割れてはいなかった。流石にこれを軽視することはできない。バッグの中をさらに調べると、中のタグには持ち主の名前が記されている。

テロの危険性も考えられるため、事情を聞くために自宅を訪ねた。しかし、いくら呼び鈴を鳴らし、呼びかけても反応が無い。まるで気配を感じられない。川にバッグが流されていたこともあり、事故にあった可能性を考え、周辺の病院を当たる。

いつの間にか鮮明な青空は消え、厚い雲が光を閉ざしている。夕方を知らせる、不気味なチャイムが街に響き渡る。

予想は的中し、ほど近い病院に彼が運ばれてきたと知る。医師を訪ねると、ちょうど当人の保護者と話をしているところだった。緊急であることを伝え、面談の許可を得た後、早足で病室へと向かう。後ろには医師と保護者もついてきていた。扉を静かに、勢いよく開ける。もぬけの殻だった。何らかの理由で川に流されたため計画は一時中断したはずだが、ここから抜け出したということが、まだ諦めていないことを物語っている。

彼の計画のメモを開く。次は東京駅へ向かうはずだ。急いで他の警察官にも応援を要請し、周辺の駅を探す。すると、ある警察官が、ついさっきその男が改札を抜け、東京方面行きのホームに向かった、という駅員の証言を聞いた。纏う空気が独特で、どこか機械の様な動きであったため印象に残っていたらしい。彼が通過してから5分ほど経っているが、出発したのは各駅停車の一本のみだという。それを聞いてすぐにホームへ向かい、彼を探す。しかし、彼の姿は見当たらない。こうなってはもう、電車を止めるほかない。




急な慣性に耐えられず、乗客は体勢を崩す。それはちょうど橋の上だった。下には隅田川が流れている。豪雨の影響で、水流は濁り、勢いが強い。外から拡声器の音が耳に届く。彼は瞬時に異変を察知して対処する。

「これは、致死性のウイルスだ!」

病原体を高く掲げ、目一杯の力で叫ぶ。そして、彼の思惑通り、車内はパニックに陥る。計画通り実行できないと悟った彼は、この電車の乗客に標的を変えた。そして、それを地面に投げつけた。パニックがより一層大きくなり、ヒステリックな叫びが電車に響く。

緊急事態の時は、混乱する者が大半だが、冷静さを保つ者も少なからずいる。正義感のある男が、彼を捕まえようと手を伸ばす。不運にもその手は空を掴んだ。バッグで窓を割り、外に飛び出す。彼の覚悟の方が少しだけ早かった。


橋に着地した彼は、即座に川に向かって病原体の入った瓶を投げつける。空気の中で感染するタイプとは異なり、水の中で効果を発揮できるように作られたものだった。それは、彼の負の努力の結晶だった。音もなく飛散し、溶けてゆく。


その後、彼は警察に捕まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る