第21話 怪進撃 1

 誠に遺憾ではあるけどここからは夕日視点へのバトンタッチで話しを進める事になる、少々気性は荒いが愛嬌たっぷりなのでご自愛ください——


 夕日は影を渡りをしながら思案する。ここからは待ちに待った血湧き肉躍り生殺与奪を争う戦いがあると言うのに夕日の心情はやるせない想いであった。だがそれはノイズ程度の想いであり、県犬養姫璐に同情を抱いているとか、母親を憂いているなどと言うものではなく、ただ単純に十七歳が想い描く真っ当なもの『同性の友達ってどんなだったんだろ』と言うものである、これは県犬養姫璐との面談で後述されたものだが『私の友達になってくれませんか?』そんな入学当初に言われそうな、そんな些細な願いに対し夕日は満更でもなく、むしろ期待していたともとれる感情を抱いていたのは言うまでない。佐野命という歳は違えど異性の同僚はいるにしても彼との関係は友達と呼べる代物でなく、近いもので腐れ縁が妥当であろう。だから夕日は楽しみだったのだ、もう訪れるはずもない友達とお茶をするという遊戯が。


 しかし、最早取り返しのつかない県犬養家の実情に触れてしまった今となってはその願いも然したる問題ではない、それには、彼女と過ごした時間は短すぎたし、彼女自身も友達という概念を軽んじていた結果なのかもしれない。軽んじ騙し手玉に取ろうとした県犬養姫璐に友達という概念がどれほど熟考されているのかわからないが、しかし彼女が過ごした十七年という営みはとても幸せとは言い難く、悪い夢だと片付けていいほどに凄惨であった。されどそれも彼女の人生であり、取り返しもやり直しもできない。ただ、もしも仮に、夕日と言う竹を割ったような、忖度なくずけずけと発言できるような性格の人間と関わり共に切磋琢磨し友情を育み、虐めという非人道的な夕日のポリシーに反する行いを目にした時きっと夕日は県犬養姫璐を救っていたに違いない事は想像に難くない。


 あったかもしれない未来——起きたかもしれない未来、だがそれには何の価値もなく、ただただ無意味で虚し響くだけで、夢物語以下で内に留めておくには悪影響で縋るものでもない


 そんなものは虚無に帰るしかないのだから————。



 夕日は月明かりでできた家の影や電柱の影を数十メートル範囲で出たり入ったりを繰り返す。家の屋根を走り助走をつけ十メートル越えの跳躍をし、黒衣のセーラー服のスカートを翻しなし、どぷんと自動販売機の影に入っていった。


 「さあ次の影が本丸だ——」

 

 夕日は電柱の影から目元だけ出し、辺りを観察する。ここが県犬養姫璐の家かと表札を見て、馬鹿みたいにでけぇ家だ。


 影から抜け出し、家を観察する。家の明かりはついていないようだ……すんすんと鼻を鳴らし何かの匂いを感じ取ったようだ。


 「……血の臭い」


 夕日は県犬養家を囲む塀に飛び乗り玄関先まで、跳躍し足音なく着地し玄関に耳を当て中の音に注意を払う……微かだが、物音がするな。夕日は玄関を迂回し庭に足音を忍ばせ侵入した。そこには一階リビングと直結したウッドデッキがあり出入り口用の窓はカーテンで覆われ隙間からかろうじて中の様子が見える程度だった。


 夕日は中を除く、リビングには人影はなく部屋の中は真っ暗だった。夕日は悩んだ、影と闇は別物で明かりのない部屋には影がなく『影渡り』を使って中に侵入できない……


 だけどそんなに悠長に構えている暇はないと考え夕日はまず物音の出所を一階と判断し二階のバルコニーへ跳躍、着地、予想通り窓ガラスには鍵がかかっていることを確認し自身の影の中から愛用のコンバットナイフ取り出したかの部分でガラスを割った——ガシャン、ガ、バリンッ想像していたより音はならなかったが、如何に……耳を澄ませる、どうやら一階に変化はなさそうだ。


 夕日は割れた窓に手を差し込み施錠された鍵を解除し室内に侵入した。そこは本棚に囲まれた書斎のような場所で県犬養一連の自室だろうか? デスクは整理整頓が行き届き物は随分少ないようだ。その上には一枚の写真立てがあり夕日は写真立てを手に取る、それは県犬養一連、姫璐、桔梗、飼い犬の家族写真だった。

 

 「仮初のよくできた家族だな……」


 写真立てを戻し書斎を後にする。廊下に出て外で感じた血の臭いはいっそう強くなり夕日に緊張感が走る。


 音の発生源である一階を目指し、階段を見つけ足音を忍ばせ降りていく。階段下右側は十畳ほどのホールになっていて左側に廊下があった。何室か部屋があるようだ……まず一番手前の部屋を開ける洋風のインテリアで装飾された部屋、壁の作りが特殊で隣の部屋が見えるようにガラス張りになっている。金持ちの考える家は理解できんなと思い部屋を後にする。


 廊下に戻り改めて動きを止め音に集中する……ギシッギシッと軋むような音が聞こえる、ホールに戻ると更に廊下があり、奥にもう一室部屋がある事を確認し、さらに慎重に足を忍ばせ廊下の奥を目指す。


 扉の前に立ち止まり扉に耳を近づけて音を確認する——……ギシッ……ギシギシッギシギシッギシッギシギシギシギシッ


 何だこの音? まるでベットが軋んでいるような……


 ?


 『急に音がやんだ……!?』


 「っ!!」


 夕日は持ち前の勘で、それを避けた——耳を澄ましていた木製扉が粉々に吹き飛んだのだ——木片飛び散る中から痩せぎすの二本の腕が夕日目掛けて襲いかかる!!


 夕日は扉が爆散する0.五秒前に殺気を読み取り後方にのけぞっていたおかけで痩せぎすの腕に捕まらずにすんだようだ。だが飛散する木片で頬切ったのかたらりと血液が頬をつたうそれをぺろりと舐めとり、扉を睨みつける。


 ここから掛け値なしの一騎打ちの始まり。

 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る