第11話 月光の使者 1.5 追憶

 八月三十一日午後十三時 


 「みことさんって、不幸体質ですよね」


 腰まである練り色の髪を二つに結い、少し低めのツインテールをした少女が丸々とした眼鏡の奥の視線を分厚い本に落としたまま、向かい側のソファーでうたた寝していた僕に問いかける。


 「んぁ? 何だよ薮からスティックに」


 「……そんな古いギャグ今の若者は知りませんよ」


 「朝日は知ってただろ? ダメだぞ、そんな言い方しちゃ、まるで自分が年老いているみたに聞こえちゃうぞ」


 もうっと溜息をつき「それは命さんの方です」まったく、と丸メガネ越しの真紅の瞳は些か冷たく感じる。


 静かに分厚い本を閉じ、机に置いて僕を見据える少女の名は朝日あさひ


 朝日は才色兼備さいしょくけんびが似合うに相応しい容姿をしている。にも関わらずプリーツスカートの丈は短く、黒のニーソックスを履き如何にもその手の変態が好みそうな不可侵領域を創り上げている。夕日もそうだけど彼女達は制服というものが好きらしく、夕日は黒色のセーラー服、朝日は紺色のチェック柄プリーツスカートに真っ白な半袖のシャツその上にベージュのスクールベスト、胸元にはスカートと、同じ色と柄のネクタイを着けている。


 「すまない、不貞腐れないでくれ、ちょっと寝ぼけてたんだ、譫言うわごとだとおもってくれよ——で、僕がなんだったて?」


 「……はぁ、命さんが不幸体質ですねってお話です。私と依頼をこなす時もそうですし、1人で出歩いている時も何かと事件に巻き込まれては怪我ばかりして——そう言った自覚あります?」


 「そ——うかな? そんな自覚ないけどな〜」


 「はぁ、ないんですね自覚……では一つ、この間の『人畑ひとばたけ事件』では危うく首を刈り取られる寸前で『とこしえの商店街事件』ではまんまと、術中にハマって永遠に彷徨ところだった件はどう説明します?」

 

 「あ、あ〜あったねそんな事件も! いやはや…………面目ない」


 一つと言っておきながら二つじゃないか……。


 朝日はアームレストに肘をつき頬杖を付く。


 「まぁでも、その引き寄せ体質のおかげて事件解決へ向かう事もあるので、名誉の不幸だと思えば気分も良くなりますよ」


 「そんな名誉の負傷みたいに言われても僕は何も嬉しくなーい」


 くつくつと笑い、一言冗談ですと添える。


 「ただ少し、心配です。私がいる時は、怪我をしても治せますけど、夕日さんと依頼をこなす際は、そうはいきません。くれぐれも大きな怪我はしない様、気をつけてくださいね」


 朝日は我が事務所の救護班であるが故に憂いているのだ僕の引き寄せ体質に……。


 「大丈夫だって夕日は傍若無人だけど、ピンチになればヒーローみたいに駆け付けて助けてくれるさ! 僕はアイツのヒロイズム的なところは評価しているんだよ、だから拉致でも誘拐でもなんでもこい!」


 「それ、言ってて恥ずかしくないですか? 男として?」


 「ふっ、朝日君、そんな男とか女とか男尊女卑だんそんじょひとか女尊男卑じょそんだんぴなんて概念古い古い、今は守りたい方が守ればいいんだよ、それに僕の脆弱性を鑑みれば仕方のないことだからね! 平等万歳!」


 不服と言った様子でむすっとした表情ではあるが何とか腑に落ちた様だ。「自分で言い出しては立つ瀬がありませんけど」そんな嫌味を言われはした。こりゃ一本取られた。


 「……然れども命さんの体質には少々疑問を抱きます。霊魂の眼に留まりやすい魂というわけでも無いのに、積極的に向こう側の住人は命さんとコンタクトを取ろうとしてくる……いえ明確にはデストロイしてくると言った方がいいか」


 何やら独り言の様に語るなぁ。コンタクトの反対語はデストロイなのか? 0か100しかない解釈ですよそれは、でも朝日の言う事も一理ある、僕は異常なまでに霊がらみのトラブルに巻き込まれるのだ。何の自慢にもならない上に生傷ばかり増える一方で全く嬉しく無いし、この体質のせいで人間関係でも中間管理職のような立ち位置になる事もしばしばある、例を挙げるなら恋愛事情。



 これは僕の学生時代の話で、一組のカップルが居たんだけど、その2人が喧嘩して仲を取り持つって役を頻繁にやっていたんだ、それが大層面倒くさい。当時の僕は浅く広くがもっとうで生きてきた故に男女ともに友人が多く、もちろんこの2人とも友人な訳だ、となると、どちらの意見も蔑ろにするわけにもいかなくなる。


 でもどうしても偏りってものができてしまう、こちらは平等、均等、和平をもっとうに取り持つわけなんだけど、イレギュラーも起こるんだよそれが、——特に異性相手になると向こうの受け止め方次第で『あれ? 命くんって彼よりちゃんと話聞いてくれて素敵』なんて事も起こりうるわけだよ、いやいや勘違い。勘違いも甚だしいですよ貴女? こちらとしては立場上の便宜を図っているだけで君にえこひいきしてる訳じゃないよ? となっても時すでに遅し、恋心なんて四季折々移り変わる季節の様に変わるもの、そんな移り変わりに着いていくのも男の役割ってね。そのせいで破局させた事も何度かあるわけで——別に僕がモテるってわけでは無いよ? 心外だなぁ。



 僕が言いたいのは何でもタイミングって事、たまたま落胆してる時に肯定してくれる誰かが居れば誰だってそちら側に流されるものだよ、そのせいかメンヘラ製造機とかメンヘラプロダクションとか不名誉なあだ名を付けられたものだ。まぁでもさ、目移りなんて若いうちなら尚更するからね、と誰に何を説いてんだってならないうちに脱線した路線を戻そう、要はタイミング、僕はそれが悪いって言うのが言いたい。『そう言った星の元に生まれたのだと思っておけ』と、イリスさんにも言われたなぁ、いやそれ絶対凶星だよ? 間違いなく悪き何か振り撒いてるよ? 最後は僕に落ちてジエンドですか? とんだ星野郎だよ。


 「命さん、また1人で何か妄想してます? ぶつぶつと、ちょっと気色悪いです」


 「おいおいちょっと気分を害したからって気色悪いまでいかないだろ普通、酷い言われだ、ちょっとの先が怖いよ僕は」


 「いや、『ちょっと(気分を害したから)気色悪いです』ではなく程度の話です。換言したら気色悪いレベル100という事です」


 「いやたけーよ! 尺度が気になります!」


 「10000くらいですかね」


 「ちょっともちょっとの1%! むしろ懐の深さすら感じちゃう! そこに痺れる憧れるぅ!」


 「やっぱり、普通に気色悪いです」


 「身も蓋もねー!」


 破顔する朝日。あはははとお腹を押さえて笑う。笑いのツボは浅めのようだ。


 「……キレてますね、相変わらず」


 「どう致しまして……朝日はたまにボケてくるから始末が悪いよ」


 朝日は眼鏡を額に上げて笑い涙を拭っているメガネのない朝日はだ、整った美顔、浮世離れした顔に、優しい口調、穏やかな微笑み、僕の視線に気づくとニコリと微笑みかけてきた。


 「朝日、僕の妹になってくれ」


 「は!? 急に何言ってるんですか!」


 顔を赤らめて身を乗り出し怒鳴る。その衝撃で眼鏡がずり落ちる。


 「そんな、がなる事じゃ無いだろ? 僕の夢は静かに平穏に余生をすごす事なんだ、妹と一緒に」

 

 「平静な顔で、平然とキチガイなこと言える命さんは狂ってます。しかも余生っていつまで性癖引きずってるんですか? もはやその執念は修羅の域ですよ。しかも妹って——そこは彼女でしょ」


 最後の方は小声で聞き取れなかったけど、僕は妹に罵られるのも大好きなんだ、これは言わないでおこうかな。


 朝日は溜息を吐き続ける。

 

 「ややもすればすぐに変態さんになってしまうのは考えものです。脱線しましたけど私が言いたいのは、命さんの体質については詳しい事情が分からない以上、油断大敵、火がぼうぼう、身を引き締めて仕事に臨んでくださいよ」

 

 「わぁ、お節介な妹みたいでいいね」


 「しつこいっ! …………でも……命さんの妹ならなってもいいですよ」


 !!


 唐突に告げられる真実! つ、ついに僕に妹ができるのか! それは歓喜、長年の一人っ子に終止符を打つ僥倖! 


 朝日と僕は机を挟んだ向かい合わせのソファーに座っていたが、朝日は机の上に手を掛け足を掛けゆっくりと僕に四つん這いの状態で近づいてくる、その表情は頬を赤く染め吐息がもれ、眼鏡は鼻下までずれそこから覗かせるトロンとした瞳は物欲しそうに僕を見つめてくる。まるで妖艶な子猫ちゃん、妖艶なのに子猫と言う矛盾——換言すればロリなのにエロいだ! 矛盾、矛盾故の背徳! 最高だ!!


 あの生真面目で優しくて可愛くて美人な朝日さんがこ、こんな大胆になるなんて! 朝日はどんどんと距離を詰め、その距離は最早キスできる間合いまで来ている、接吻なんていつぶりだろうか、高振りが押さえられない、僕は唇をアヒルの様に凸らせてキスしようとするが朝日は唇を避け僕の左の耳に口を近づける——ガブリ——痛っ! 咄嗟に耳を手で覆い、確認するその手には薄らと血がついていた、朝日に視線を移すとくつくつと笑い口元についた血を舐めとる、そして「お兄ちゃん起きる時間だよ」


 起きる時間?


 何の事だ? 途中まで幸せの絶頂であと一歩で朝日とキスできる所だったのに? 僕は朝日と部屋を見渡す。よく見ればこの空間は薄ぼんやりと白味がかっている事に気づく————あぁそうかこれは一週間前の出来事。キスのくだりを除いて、それ以外は全て一週間前、朝日と事務所で休憩中にした他愛もない会話だ。そして今、僕の妹になってくれると言った朝日は僕の妄想……都合よく改変された夢————。


 白濁とした夢は唐突に終わりを告げる、夢の中の朝日は首を傾げ、いつもの優しい笑顔で手を振っていた声はすでに聞こえないけど口元の動きは『いってらっしゃいお兄ちゃん』確信する、うん絶対夢だ——プツン、シャットダウン、プラグを抜かれたパソコンの様に視界は闇になる。


 そして覚醒する。現実への帰還、そこで待ち受けるのものは————。

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