第8話 交渉3/3

 「え、とですね……実は……飼い犬を、探してもらいたくて……」


 「——……え、は? まさか迷子にでもなった犬の為に200万出すって事??」


 小さく頷く姿を見て、期待と高揚感は一気に放出されソファーからズルズル滑り落ちていく、夕日は落ちる寸前の所で何とか踏み止まり、鼻から嘆息を吐き、天井を仰ぎながら反駁はんばくする。


 「いやいやそれは、いくらなんでもおかしいだろお嬢さん」


 スッと姿勢を戻し、焦燥を隠すことなく足を組み直し足先を揺らしながら喋り出す。


 「まずな、その金は誰のだ? 10代が持ってる額にしちゃ異常だぜ、パパ活で稼いだ金ならパパに新しいワンちゃんでも買ってもらうんだな。それにアタシ達はアングラだ、お前の言った通り、俗世間から逸脱したジショウを解決する事がアタシ達の生業だ。でもなこの商売、冷やかしとかも多いわけよ、なのにたかが犬探しときた——こっちからすれば茶化されてるとしか思えねぇ……お前舐めてんのか?」


 凄まじい剣幕と深紅の瞳で威圧する。しかしそれに物怖せず逆に憤りを感じる黒瞳で夕日をジトリと視つめる。


 「……私の父は、県犬養一連あがたいぬかいいちれんと言います。麻人市にあるクローン生産工場一連の社長です。パパはの父親です。そしてこのお金はお小遣いと多少の賃金です。少し言い方は汚くなりますがこれ位の金銭の浪費は全く痛手になりませんのであしからず。ですが、お断りされる事も承知の上できましたので、仕方ありませんが他をあたりたいと思います」


 夕日の物言いに苛立ちを隠しきれず出した封筒を戻そうと手を伸ばす。父親を本物だと強調しているあたり、父親への愛情は本物であろう。

 

 思わぬ反撃に夕日は我を忘れて、慌てて釈明する。


 「あ、あ、ごめん冗談! 今のなし! ちょっと試しただけだって、断るなんて言ってないじゃんかぁ、意固地だなぁ」


 完全に金に目が眩んでいる夕日。さらにこの時夕日は父の県犬養一連がどんな人物なのかいまいちわかっていない。姫璐ひいろは、この人、大丈夫なのだろうかと溜息を吐き、続ける。


 「……では引き受けていただけるのですか?」

 

 「も、もっちろん! 世も末だが人情がなくなっちゃあ駄目だよな! 犬探しでも猫探しでもなんでもしてやるよ!!」


 右手で無い胸をドンと鳴らし、盛大に宣言をする夕日を見て呆れながら優しく拍手を送る。


 「ありがとうございます。それでは——」


 「たぁだ」


 夕日は姫璐の返答を遮り切り返す。


 「額面見て取り乱しちまったけど、ウチにも決まりがあってね、半分は前金で払ってもらわないといけないんだが、かまわねぇのか?」


 「はい、金銭の受け渡し方法は、そちらの指示に従います。」


 言い淀むことなく夕日の前金払いを、二つ返事で承諾した姫璐は、そのまま一枚の写真を机に出し夕日の前に差し出す。夕日は思う、やけに聞き分けが良すぎると、姫璐に対し眉を顰める。


 出された写真に目を落とす、2人と1匹が写っていた。1人は言わずもが姫璐本人と横に県犬養一連、その足元には行儀良くおすわりをした状態の大型犬が1匹、どこにでもあるような家族写真のようだが——渡された写真を眺めながら何気ない質問をする。


 「おぉ結構でかい犬だな、しかも狼みたいでイカしたディテールしてるじゃん、好きだぜ、アタシもデカい犬、なんて種類なんだ?」


 姫璐は口籠り歯切れ悪く答える、「……確かオオカミの遺伝子を色濃く残した交配種だったと思うのですが、名前を忘れてしまいました……すみません」


 訝しむ姿を見せずに夕日は話す。


 「ふ〜ん、ま、いいけど。後さ、気になるんだけどオタクがボンボンなのは分かったけどさ、ぶっちゃけ犬1匹ごときにここまでする理由ってあるの?」


 姫璐は沈黙で応え、語り始める。夕日は、先程までと空気感が違う事を感じ取り、少し慎重に聞き入る。


 「……実は——父が少し特殊な家柄で、代々犬を絶やさず飼い続けないといけない決まりがありまして、犬を絶やすべからずと言う家訓があるくらいなんです。……私が聞かされていたのは代々と父は言っていました——」


 ———!! 突然夕日はバンと机に両手をつき前のめりになり興奮した様子で言い立てる。

  

 「あはっお前まさか犬神信仰か! なるほど、犬神持ちは富み栄えると言われているからな、そりゃ食うに困らんわけだ! 中々に昏いくらい末裔じゃあないか! 面白くなっ…………ん? 待てよ、犬神を祀る家だとしたら……あの犬はアウトじゃないのか?」


 夕日は興奮する反面、判然としない問題に気づく。姫璐は少し驚いた様子だ。


 「……よくご存知ですね、おっしゃる通り、元々父は四国の生まれで古くから犬神持ちとして優遇されてきた家柄でした、ですが犬神とはつまるところ祟りの一種……犬神持ち自身にも牙を向くらしく一時期、家のでの者が次々と大病患う事もしばしあったそうなんです。そこで古くはニホンオオカミを犬神退治に使っていたと言い伝えられていて、今でもその風習が残ってオオカミに似た品種の犬を飼うようにしているそうです」


 夕日は感心する一方、落胆もあるようなそぶりに所在無いようすで座り直す。

 

 「あぁなるほどね、四国には憑き物落としの霊験あらたかな神社があるらしいからな、そりゃ淘汰されててもおかしくないか、残念……でも古い風習が残ってるにしても親父さんはえらい懐古主義だな、土地から離れたって言うのに今だに言いつけ守ってんだもんな、それとも何か? 愛犬家にでもなったのか? どうせボンボンの家だ、クローン犬ってわけでもないんだろうしな」


 この時代は爆発的に急成長を遂げたクローン産業の余波を受けペットなどの飼育動物はクローン、オリジンと区別され安価と高値で取引されている。富裕層はオリジンの動物を所有していることが地位の象徴と、捉える者が多い。


 「そうですね、愛犬家なのは間違い無いと思います。事実、犬はクローンではなくオリジナルの個体を所有しています。それに私が生まれる以前から何匹も飼っていたらしいですし途絶えた事も……一時期いない時期もあったか——……でも、父が犬に固執している理由は、風習や掟みたいなものではないんです」

 姫璐は二拍、間を空け何かを思い出しているのか、薄らと瞳に涙を溜めていく。


 「……」


 「1番の原因は母の死です——。母は1年前に交通事故で亡くなりました。生前は私たち家族の中でも1番の愛犬家で、風習や掟なんて関係なく、とても、とても……愛情いっぱいに家族も犬も愛してくれる母でした……。母が亡くなった後、父は身も心もボロボロで憔悴しきってしまって……一人娘である私が父の支えになろうと努力したのですが——父は私ではなく母が愛した犬を更に溺愛するようになりました……まるで母の代わりのように、でもそんな父の大切にしている犬を私は、自分の不手際で散歩中にリードを離してしまい、逃がしてしまったんです……父は慌てて警察に相談したらしいのですが、犬如きでは重い腰は上がらないようでした。私は一刻も早く犬を見つけて元の父に戻ってほしくて、藁にもすがる思いでここにきたんです……。どうか、どうか……私たちの家族を見つけてください」


 深々と頭を下げ懇請こんせいする。


 姫璐のドラマの様な成り立ちはどこか希薄でシナリオめいているような、そう、何か胡乱うろんとした物なのだ。


 「……事情はどうあれ、この依頼は引き受けるよ。母親の形見のような犬みたいだしな、そこは同情してやるよ。だけどさぁお前の父親も相当な変人だぜ? だってよ女夫の関係を犬で代用しようってんだ、一歩前進したら動物性愛ズーフィリアになっちまいそうだな」


 夕日は姫璐に対して父親を愚弄するようにそして嘲笑うようにニヤニヤとしながら問いかける。


 「……正直それは厭です。だけどあの憔悴しきった父の姿をみると……はぁ、今だけの拠り所であってほしいのですが……父は少し愚直すぎるんです」


 夕日の中傷的な父親を愚弄した発言は、普通ならば叱咤されてもおかしくないのだが姫璐は懐が深いのか端に本心を述べているだけなのか?


 「ま、いいさ、ぶっちゃけ家庭環境とか、ぜぇんぜん興味ないからさ。ワンコロ見つけた後は、好き勝手してくれたまえよ、アタシは金さえありゃ世は事もなしだからねん」


 舌をペロリと出し挑発めいた表情でVサインを送る夕日。


 「ハイ……ありがとうございます」


 夕日の金亡者っぷりを見せつけられ不機嫌そうな表情を浮かべる、姫璐は続けて質問を投げかける。 


 「後、依頼とは関係ないのですが……【霊奇】っていったいなんなんですか?」


 「あぁん? お前本当に詳しいな……まぁでも麻人市に住んでれば聞いたことくらいあるのか——【霊奇】は生命を惑わし、弱気に巣喰い、狂気に駆り立てる稀有な存在、カテゴライズするなら怨霊や悪霊だな、そいつらが人間に憑依した状態の総称が霊奇だ……麻人市を中心とした猟奇的殺人は何かとコイツらが絡んでるからなぁ——。そ、し、てアタシ達の本業はまさにそっちだ、基本【霊奇】になっちまったら返って来れる奴は、見た事ない。あんなモノ、歩く屍と変わんねーからな、まぁ憑依にも原因があるらしいけど———くふ、でもさ、そんな事どうでもいいんだよアタシは——ブチ殺しできる奴が湧いて出るなら殺処分だ」


 口元を三日月の様にしてニタリと笑う。最後のセリフには狂気じみた念が篭っているのは言うまでもない。 


 「——……そう、なんですね、憑依現象の原因と言うのはどんなものがあるんですか?」


 「はー? まだ知りたいの?」


 「はい」

 ここに来てさらに真剣な眼差しで夕日を見つめる姫璐。


 「…………」


 あまり説明が得意でない夕日は一度思案して溜息をつき、話し始める。

 

 「はぁ、精神の脆さは弱さの証だ。怨霊や悪霊は弱さに漬け込むんだ。【霊奇】になる人間の特徴、一つ心的ストレス、二つ病、三つ体の欠損、怪我、これだけじゃねーけど、こういった外的要因から病んだ心に隙間が生じる——。ヤツらはな、それを見逃さない、特にこの土地、異界と現世の狭間が曖昧な麻人市では有象無象の霊魂がわんさかいやがる、おまけに麻人市のヤツは特異でな、一度魂に癒着されたらまず剥がせない……そいつらはな、虎視眈々と狙ってんだよ、お前らの体をな、知ってるか? 1番に寄る辺なき霊魂が好む人間ってどんなのか?」


 だんだんと怪談話を話すような口調で語る夕日に緊張感を露わにする姫璐の手は胸元で強く握り拳を作り、体をこわばらせながらフルフルとかぶりを振る。


 「…………」

 

 そして夕日はゆっくり手を前に出し姫璐に対して指を刺す。

 

 「お前みたいな生娘の体だっ!!!!」


 「きゃーーーっ!!!!」


 

 緊張の糸を切り裂く大声に姫璐は驚き上半身を前屈させる。それを見た夕日は高らかに笑う、それはもういじめっ子のように。


 「なっはははは! ウケるめちゃびびってやんの」


 赤面する表情を必死に隠す姫璐。

 「もう! 急に大きな声出さないですください! びっくりしたじゃないですか!!」


 「ぷっなんだよちゃんと年相応に喋れるじゃん、県犬養アガタイヌカイ


 「別に私は大人ぶっているわけではありません……」


 「へいへい悪かったね、ま、霊奇についてはまぁこんな所だ」


 釈然としない姫璐ではあるがこれ以上は無さそうだと感じたようだそれでいて表情は晴れやかだ。お礼を言い札束を取り出し、前金を渡す準備を始めた。

 

 「そう言えばお名前は?」


 「夕日」


 「ユウヒ……とても可憐で可愛い名前ですね」


 突然の褒め言葉にきょとんとするが気恥ずかしさがまさりそっぽを向く夕日、手のひらを翻しフンと鼻を鳴らしまぁなと強がる。


 「お話聞いてくれた人がユウヒさんで良かったです……。もし、良かったらなんですけど、私とお友達になってくれませんか?」


 「は? お友達?」


 「えぇ、好きなんです。ユウヒさんみたいにちょっと強引だけど、気兼ねなく話しかけてくれる人……折角なのでお仕事の進捗しんちょくなどもお聞きしたいですし、連絡先、教えてください」


 【くれる人】の後に含みを持たせ、ニコリと微笑み、顔の前にスマートフォンを取り出し夕日に催促する。


 「うぬぬ……別に構わねーけど、友達って何すんだ?」


 「……? ふふ、それではこの件が落ち着いたら甘い物でもご馳走しますね」


 「えっ!? 甘味!? なるなる!! これからアタシたちはソウルメイトだ!! それに可愛い愛犬の為に一肌ズル剥いてやるよ!!」


 「……アハハ、優しく脱いでくださいね」

 

 後は期限などを決め最後に前金を預かり、依頼面談は終了し、姫璐はドアの前で一礼して去ろうとした時。


 「県犬養」


 振り向く姫璐


 「お前、犬好きか?」


 「……ほどほどです」


 「そうか愚直すなおだな」


 ……姫璐は微笑み返して言う。

 「えぇ、それだけが取り柄ですので、それでは——」


 手を振る夕日、ドアが閉まり、戻ってくる気配がない事を確認してすぐさまドアに鍵をかけ、邪な考えを吐露する。


 「にっしししし……既に前金の100万はアタシの手中に収めた。そして期限は1週間、ワンコロが見つからなくても金を受け取った事を黙っておけば100万はアタシの物、後はイリスに依頼内容をどう報告するかと、みことに犬探しを丸投げすれば1週間豪遊できる、悪いな県犬養……クックックあっはっはっはーーー!」———。


 これがクズ爆誕のプロセスであった。

           ◇

 

 

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