エピローグ

 一心は事件解決後のささやかな休息を静とともにリビングでテレビドラマを見ながら頂き物のケーキを食べて過ごしていた。

「子供らにそれぞれ彼女、彼氏ができて嬉しい様な寂しい様な、だな……」と、一心がポツリと言う。

「そやなぁ、結婚でもしたら、益々寂しゅうなりますなぁ」

「そうだなぁ、別に住むんだろうからな」

「へ~、ここ四階建てどしたな。みんなここに住めないもんでっしゃろか?」

「ははは、それは可能かもしれんが新婚さんは別に住みたいんじゃないか?」

「ふふふ、せやな……」

 

 テレビで速報のテロップが流れた。

「なんですやろ?」

「墨田警察署内でホテル殺人事件の容疑者飯田真二さんが刺されました。刺したのは元妻の幸田留美さんでその場で自殺を図った模様です。二人とも怪我の程度は分かっていません……」

驚いて静かと顔を見合わせた。

「え~、静! どういうことだ?」

「あんはん、警部はんに訊いてみはったら?」

一心はケータイを取り出す。

 

話し終えた一心は顔色を失う。そして、

「幸田留美の遺書が残っていたらしい。飯田真二が息子の幸田真人に人殺しをさせたことへの復讐と、それを止められなかった自分への制裁だと書いてあったそうだ。二人とも病院で死亡した……」と、伝える。

「え~、そないな事……真人くん可哀そうや。いきなり天涯孤独になってしもうて……」

静の目に涙が浮かぶ。

「数馬に知らせるか?」

「いや、そうまでせ~へんでも、分かりますやろ」

「でも、ショックだろう」

「大丈夫でおます。恵はんがついてるさかい……子は親離れ、親は子離れですわ」

「へ~、お前、強いな……」

「へ~、あんさんのお陰どす」静は意味有りげにやりとして一心を見詰める。

 

 

 幸田真人に懲役7年の判決がでてから数週間が過ぎた。

「こんにちわ~」明るい声が事務所に響く。

「美紗! 彼氏来たぞ~!」一心が冗談半分に三階にいる美紗を呼ぶ。

「え~、誰さ?」もう分かっているはずなのにそう言いながら降りてくる。

「なんだ、市森刑事か」

「美紗さん、なんだ、は無いでしょう」

「で、今日は何?」

「え~、飯田真人に判決が出まして……」

と、真面目な顔をして言う市森刑事に

「はぁ、何時の話してる? とっくに知ってる」

美紗は口を尖らせるが市森刑事はにやにや嬉しそうに美紗を見詰めている。

「こちらには色々協力頂いたのでお礼をと思って……」

市森刑事は美紗に報告できるのが嬉しくてしょうがないようだ。

それなのに、……

「……そう、何回も、わざわざありがと。じゃ」

美紗が腰を上げて部屋に戻ろうとする。

市森刑事は引き留めたそうな顔をするが、どう言って良いのか分からないのだろう。美紗の動きを見守るだけ。

「美紗、ここへ来よし」静が呼び止める。

「ん?」美紗が戻って腰掛ける。

「せっかく市森はんが来てくれやしたのに、そんな愛想の無い事ではあきまへん。世間話でもあんたの得意な話でもしたらよろし」

「――そんなもん警察に話してどうするの?」

「僕は聞きたいと思います……」

市森が口を挟むが、美紗にじろりと睨まれて市森は首を竦めた。

 

 そこへ和崎恵が顔を出した。数馬とこれから遊園地へ遊びに行くと言う。

「仲ようやってるみたいで、よろしおすなぁ」

静が美紗を見ながらそう言う。

「何よ、俺、遊園地なんか行きたいと思わん」美紗はふんと顔を背けて言う。

「美紗さん、遊園地なんて楽しそうだから行ってみませんか?」

市森刑事が誘う。

「俺はハッキングしてる方が楽しい」

「美紗、行ってきよし。たまあに外へ出てお日さんと仲ようせにゃあきまへんえ」

「え~、面倒だなぁ……」

そう言いながらちらりと市森刑事の方を見て

「じゃ、行ってやるけど飲み物とか食べるものとか奢れよ」

市森刑事は「もちろんです」と言って飛び上がらんばかりに大喜び。

 

 

 駿太は爽香と遊園地に遊びに来ていた。何のわだかまりもなく勿論秘密などあるはずもなかった。

お昼にバーガーショップでハンバーガーとコーヒーを注文した。

生憎の雲の多い空模様だったが気持はすっきり晴れ渡っていた。

「ねぇ、爽香 話したいことがあるんだ」

駿太は腹を据えて爽香を正視して言った。

「えっ、まだ秘密あった?」爽香が冗談っぽく言って微笑む。

「あ~、一番大事な秘密……」

駿太は緊張して頭に血が上り、恐らく血圧も心拍数も二百を超えているんじゃないかと思えるほど心臓が爆ついている。――心臓が口から出そうって、このことだ……

「……何?」爽香は少し紅潮し顔が強張っている。

 ――駿太が言おうとしていることを察しているのか?

「あの~俺とさ、……い、一緒になってくれないか?」

そう言って用意していた小箱を爽香の前に置く。

「えっ」

とだけ言って駿太を凝視、そして、そっとケースを開け

「わぁ~素敵だぁ~ありがとう」

そう言って指輪を左手の薬指にはめ、大粒の涙をぽろりと零した。

その指輪はプラチナのリングに台座、その台座にダイヤモンドが飾られている一般的なものだがプラチナに施された細かな細工が可愛い。

「で、爽香、返事は?」

駿太が訊くと爽香は「これ!」と言って薬指を高くかざした。

そして「勿論、オッケーよ」

そう言って頬を染めた爽香の笑顔に曇天の雲の間から一条の光が差し込んで、駿太は綺麗だぁと感動する。

 

 

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薄明光線 闇の烏龍茶 @sino19530509

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