第9話 飲み友

 数馬は和崎恵を紹介してくれたお礼の意味も込めて駿太を飲みに誘った。すると駿太がついでに飲み仲間の幸田真人も誘おうと言い、三人で幸田の母さんがいる居酒屋で待ち合わせをしていた。

 

 ――数年前、数馬がひとりカウンターで飲んでいたら、たまたまその二人が隣に座って、テレビで野球を見ながら飲んでいた。それで、声援ややじを飛ばしているうち同じチームのファンであることが分かった。そして見た目だけでなく、酔うと女の子の話と下ネタでいつも盛り上がるくせ、女の子を目の当たりにすると気の利いた台詞一つ言えない、という性格まで似かよっていた事もあって仲良くなった。

 さらに駿太と真人は母子家庭ということでも話が合う。

 ただ、仕事は、数馬が探偵で鍵師、駿太が生命保険会社で経理を、真人が不動産会社で営業をしているなどバラバラだ。  ――

 

 「俺は最近駿太の彼女の紹介で知り合った和崎恵と付き合うようになり、ちょっと前に告ったばかりだ」数馬が自慢気に言うと、駿太も「俺も河合爽香に告って付き合ってる」と自慢。「真人は?」と訊く。

「俺は彼女いない。どっちか紹介してくれや。いないか可愛いの?」真人は涎を垂らさんばかりに羨ましがる。

駿太が暫し考えて「数馬さ、美紗はどうなのよ?」とまじな顔をして言う。

「えっ、美紗か? ダメダメ! あいつは男だから」数馬は端から美紗を女と見ていない。

 ――妹だから当然なのだが……

「誰よそれ、数馬の妹か? 可愛いのか?」真人は興味津々といった顔をしているが……。

「いや、男言葉で色気ないし、可愛くない。今頃くしゃみしてるわ。ははは」数馬は笑う。

バカ話が暫く続いた。

 

 突然、駿太がまじな顔で「ちょっと聞いてくれ」と言う。

二人が怪訝な顔を向けると「実は、俺の親父飯田真二って言って不動産屋やってんだ」と、駿太。

「でさ、……」と続ける。

そして、父親に母親の会社の金庫から金を盗めと言われたことを話した――が、大した深刻そうな顔もせずに微かに笑みを浮かべている。

 

「確かに、子供に盗みやれっていうのもだけど、隠し金もどうかと思うな。なぁ真人」数馬の問いかけに真人は生返事をして様子が可笑しい。顔色が失せ指先が小刻みに震えている。――そんなに驚くか?

「真人、どうした? 具合でも悪くなったか? 」

数馬が訊くのと同時に、真人のケータイが鳴った。真人が無言で外へ、すぐに戻ってきて「わりい、お袋から電話だ。先、帰るわ」そう言って五千円置いて二人に物言わせぬ勢いで出ていった。

残された二人は呆然と見送るしかなかった。

 

 少し時間が経ってから

「……なぁ、数馬」と駿太が言う。

「ん?」

「真人よ、お袋から電話って言ったよな?」

「おー」

「……だけどよ、奴のお袋ここの厨房で仕事してるじゃん」怪訝な顔をして駿太が言う。

はっとして数馬が厨房を覗くと、確かに真人の母さんは何時ものように仕事をしている。

「えっ、おーいる。じゃぁ、誰から電話?」

「ふふふ、女じゃねぇの。いないなんて言って女隠してんじゃねぇかな? もしかして不倫とか……」

駿太は嫌らしい笑みを浮かべる。

「そんな事なら良いんだけど……」

 ――そっかなぁ、数馬には嫌な予感が……。

「そう言えば真人の実の父さんて誰だか聞いたことあるか?」と、駿太。

「いや、生きてんのか?」 ―― 何で駿太は父親の話を持ち出すんだ?

「俺は何となく知ってんだけど、奴に電話入れたのその親父かもしれない」

駿太の顔付きがさっきとは打って変わって神妙なものになる。

「どうして?」

「何となく、感だ!」

「ははは、なんでそんなとこに感がでてくんのよ。もういいよ、飲もう」

そうは言ったが数馬の心に何か漠然とした灰色の思いが色を濃くしてゆく。

 ――駿太は何か知ってるのか?

 

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