第7話 心の内

 美紗は数馬から聞いていた河合爽香が平日歩く道で待ち伏せていた。

十時過ぎ、爽香がセールスレディだと人目で分かるスーツ姿に大きなバッグを持ってカッカッカッとハイヒールの足音を響かせて歩いて来る。きびきびしていて足の回転も速い。

美紗は歩道で屈んでお腹を押さえ顔を少し歪めて目線を爽香の方に向ける。

「どうしました? 大丈夫ですか?」

期待通りに近づいて優しく声を掛けてきた。 ―― 美紗は自分の演技に酔う。

「あっ、すみません。ちょっとお腹が急に痛くなっちゃって……そこのベンチまで連れて行って貰えませんか?」

爽香はにこりとして「え~」美紗のバッグを持って美紗の腰を抱えてゆっくりとベンチへ向かう。

美紗が腰掛けると「じゃ、お大事に」と言って行きかける爽香に

「あの~、保険屋さんですか?」

「はい、そうですけど、何か?」

「私、時々こうやって体調崩すんでいつか保険に入ろうと思ってたんですけど、機会が無くって……。で、あなたが凄く優しそうで、良い人みたいだからどうかなって思って……」

美紗は普通の女言葉を使い精一杯の演技をしたつもりだ。 ―― ちょっと白々しかったかも?

「そうですか、ありがとうございます。ただ、今ちょっと急ぎなので……」

爽香が名刺を渡してくれる。そして「連絡先教えて貰えますか?」ときた。

 ――美紗の計画通りに話が進んでいく。

それで美紗は名刺を出して、

「私、岡引美紗といいます、探偵をしてます」と告げる。

爽香は「えっ」と驚きの声を上げて

「あの~、岡引数馬さんの妹さんですか?」と訊いてきた。

「はい、兄をご存じで?」

「えぇ、私の彼と友達なんです。最近、数馬さんに和崎恵さんを紹介したの私です」

「あら~、奇遇ですね~。これも縁ですね……それじゃ、保険の見積もりとか頼んでもいいです?」

 ――美紗は心の中でガッツポーズをする。

爽香は頷いて「じゃ、後で電話します。そして見積もりに一週間ほど下さい」

美紗はすっくと立ち上がり、「お願いします」と頭を下げる。

「あら、お腹大丈夫ですか?」と訊かれ、

ちょっと慌てて「え~なんか治ったみたいです」

笑って誤魔化した。

 

 感じとして二股を掛けたり、彼氏がいるのにお金の為に身体を投げ出すような感じには見えなかった。

 ――何か違ってるような気がするなぁ……

 

 

 爽香は偶然にも岡引くんの妹さんから保険の契約が貰えそうなので、手帳の見込み先リストにその名前をしっかりと書き込んで上機嫌で客先に向かって歩いていた。 ―― 今日はラッキーデイだわ。

岡引くんは、妹を男言葉で二十四歳にもなったのにまったく色気の「い」の字もないと嘆いていたけど……。爽香は美紗を可愛い感じの女の子というイメージだったなぁ、と振り返る。

時計を見ると約束の時間が迫っている、

「あっ、いけない!」客先へ向けダッシュ。

 

 昼に汗だくで帰社するとすぐ、美紗に電話を入れ希望や加入要件を満たすのかなどあれこれと確認してゆく。

昼休みを使い切って条件を確定した。

 時計を見ながら急いでお弁当を掻き込んで昼からの訪問予定先へ向かう。

 

 夕方、日報を課長に提出してから美紗のシミュレーションを何通りかやってみる。

 一段落すると、ふと駿のことが気にかかる。

どんな悩みなのか?

数馬さんが聞き出してくれるだろうか?

私のことを疑ってるみたいだし、

まさかとは思うけど「別れる」なんて言われたらどうしよう……。

不安や疑問はあっという間にふくらんで心の隅々にまで広がる。あ~痩せちゃいそう……

 ――何かしらもやっとしてるけどきっとこれが嫌な予感ってやつなんだわぁ。

 

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