第42話

 翌日の昼休み、泉に誘われて僕と近江、それに小金井も学食へ来ていた。


 僕らは昼食の乗ったトレイを持って、一番奥の席に陣取る。


 神妙な面持ちで席に着いた泉と小金井、僕と近江もその光景を眺めながら席に着いた。

そして次の瞬間、泉は立ち上がり、


「本当に心配したんだから!」


 とぎゅっと小金井に抱きついた。


「なっ!」


 僕は思わず声を上げる。あんなに仲が悪かったはずの二人がやけに親しくなっていた。僕が入院している間に何があったのだろうか。


「ごめん。心配かけて」


 小金井も嫌ではないようで照れ臭そうに笑っていた。


「しかし、がねっさん風邪はもう大丈夫なのかよ」


 近江は相変わらず呑気なトーンで小金井に話しかける。養護施設であったことは泉や近江には話していなかった。


「ええ、もう完治した。それにハルくんがお見舞いに来てくれたから」


 小金井は目を伏せ、それからこちらを見て笑った。


 泉と近江もニヤニヤしながらこちらを見ていた。


「何だよ」


「「別に〜」」


 二人の声がハモる。こういう時の二人は本当に鬱陶しい。


「そうだ!」


 近江が大声を上げた。例に漏れず、また何かを思いついたのかもしれない。


「明日終業式だぞ! もう夏休み入っちゃうんだぞ! 夏休みの計画立てねぇと!」


 机に手を置いて真剣に言う近江が少し面白かった。


 近江の言葉を聞いて泉がニヤリと笑みを浮かべる。


「それなんだけど」


 泉がしたり顔で切り出す。


「実は親戚の叔父さんが船を持っててさ。ハル、前から船釣りがしたいって言ってたじゃない?」


 僕は思わず立ち上がった。


「本当に⁉︎」


「まあまあ、落ち着いて」


 泉は半笑いで手のひらを上下に振った。


「確定ではないんだけどね。一回訊いてみてって感じだから。みんないける? ハヤちゃんは?」


 泉は小金井にも話を振る。しかし、いつの間にあだ名で呼ぶようになったのか。これまで仲が悪かっただけに違和感が凄い。


「私も行っていいの?」


「当たり前じゃん!」


 泉が大袈裟に小金井の肩を叩いた。


「決まりだね! そうしたらいつがいいかな?」


 泉は注文した親子丼にスプーンを突き刺し、僕らの顔を見回す。


 すると小金井が手を上げる。


「明後日、夏休み初日はどうかな?」


 小金井の提案に泉は顔をしかめる。


「うーん、どうだろう? ちょっと叔父さんに訊いてみるね」


 そう言うと泉はケータイを取り出して何やらメールを打ち始める。泉が打ち終えて一分ほどで着信があった。


「あ、オッケーだって」


 返信の速さに驚いた。一体何をやっている人なのか。


「じゃあ、決定ね! 明後日の早朝かな? 隣町だから電車ですぐだよ。釣り竿とかは用意してくれるって言ってたから安心してね!」


 泉はそう言うと鶏肉を頬張った。


 相変わらず泉はせっかちだ。それがいいところでもあるけど。


 小金井は僕の耳元で「よかったね」と囁いた。顔が近くて僕は思わず顔を背ける。


「でもよぉ。せっかく水着買ったんだからよぉ。浜にも行きたいよなぁ」


 近江がいじけた様な口調で言った。


「そうね! そしたら、砂浜は別日にしましょう。水着も無駄にならないしね!」


 泉も乗り気だった。


「でも、近江、勉強もしないとじゃない? これじゃ遊んでばっかりだよ」


「大丈夫だぜ! まっちゃん! それは勉強会で何とかなる! この夏はみんなで遊びまくりながら勉強をするって決めてんだ!」


「遊びながら勉強って……」


 僕は呆れてしまった。遊んでいたら勉強なんてできるわけがない。


「とにかく、勉強はちゃんと予定組んでやろうって思ってるから。みんなで同じ高校行けるようにちゃんとしないとね」


 泉の言葉に近江は「うえええ」とうめき声を上げた。


「ふふっ」


 その光景を見て小金井は笑っていた。


 馬鹿みたいにはしゃいでいたけど、悪くないと思えた。

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