2節:星の真下
最上部の中央で立っている先生はまるで少年のような話し方で私に問いかける。
「……
血まみれの男が二人。それは間違ってはいない表現だが、より事実に即した言い方をするなら、頂上部の中央で血だまりに沈んだ虐殺鬼と、その手前で血にまみれた先生が立っていた。
そして、その後ろには煌々と輝く、魔法陣があった。
状況証拠からあの男を先生が殺したのは間違いない。
その証拠に、先生は血がべっとり染みついているサバイバルナイフを持っている。
先生はその場から一歩も動かない。
「……先生を迎えに来たんですよ。このままじゃ先生もろとも死んじゃうかもしれないので」
「そうか。なら礼を言おう」
先生は血だまりを踏んづけてこちらに近づいてくる。
「ならさっさと帰ろう。見ての通りここは危ない…」
数歩近づき、止まる。すぐさま後ろを振り返る。
「……誰と来た?」
「……クラスメイトと来ました」
「友達と言ってあげなさい」
そんな場違いな指摘をして先生はこちらに向き直る。
なにか、様子がおかしかった。
「それで、なんでそのクラスメイトは後ろから来ているんだ? しかも壁を上ってこそこそと」
かわいい教え子が来てくれたというのに全く警戒心を解いてくれない。
そんな先生に対して、気になっていたことを訊く。
「先生、どうしてまだ隕石は止まってないんですか?」
長い沈黙。
即答できない何かが、先生にあることは明白だった。
「質問に質問で答えるな。話がややこしくなる。まずは私の質問から…」
「なんであの隕石が消えてないんですか?」
先生の話を遮ってでも答えを聞く。
嫌な、予感がした。
「……今日の君は聞き訳が悪いな。分かった。答えてやろう」
右眼は冷めきっている。
聞きたくない言葉に体が身構える。
「まだ儀式を消滅させてないからだ。当然、私がこの街に隕石落とすためにな」
「……どうしてなんですか?」
口に出す言葉に喉が震える。
極度の緊張で喉はからから。
しまいには隕石のせいで振動する地面。
どうしようもなく、右眼が寒かった。
「こうするしか……無い気がしてな」
自嘲気味に先生は言う。この期に及んでも、先生の顔は笑っていなかった。
「だから!理由を聞いてるんですよ!どうしてなんですか。組織に酷い仕打ちを受けたからその復讐ですか? なら安心してください。今から帰ればきっと…」
「そういうわけじゃないんだ、そんな真っ当な理由じゃないんだよ夏咲さん。もっと単純で、する意義も無いほど
先生は上を見ながら続ける。
隕石はもう、手を伸ばせば届いてしまいそうなほど近くまで来ていた。
「夏咲さん、この男は俺が殺したんだよ」
「……質問に答えてくださいよ」
「君こそ、質問に答えなかっただろう? まぁ聞けよ。どうせ時間はまだある。ここから無事に帰りたいならちゃんと話を聞いてくれ」
やけにゆったりとした様子で先生は話を始める。
まるで、罪の告白をするように。
「こいつは確かに私が殺した。ちょうどさっきまで
そう語る先生の顔は何かを成し遂げたにしては酷く厳かで悔しそうで。
あえて例えるなら、10年以上前の忘れ物を今にして思いだし、それを取りに帰ったような。そんな今の私にはまだ分からない感じ。
「こいつは死んで当然だ。君も地下の惨状を見たなら共感はできるだろう。する必要が無いような残虐なことをした。たくさんの人に迷惑をかけた。凶悪な犯罪者を生かさないこの世界にあるシステムと同じだ。殺されるべきと大多数に乞われる存在はいる。それがこいつだったんだ。」
そこでどんな殺し合いが行われていたのか。
タワー最上部全体に飛び散っている血と先生と男、両者のけがの具合を見れば彼らの戦いが壮絶なものだというのは一目瞭然だった。
それはただの殺し合いに非ず、一切の私情が入らなかった戦いでは無かったはずだ。
彼らはもっと前からの関係、いや因縁によりここに導かれた。
初めて会う時より互いを意識し、ここで再会したからこそ分かり合えた。
私は知らないはずだが、二人には奇妙な殺意が伝播していた。
もう殺しあわなくてもよかったのかもしれないのに二人は殺し合った。
────私は確信した。眼の前にいる先生に目的は無い。
彼の心に在るのは過去に与えられなかった手段だけ。
殺したいから殺したわけじゃない。
生きたいから生きてきたわけじゃない。
殺せなかった挫折があったから今叶えた。
人生の送り方を学ぶ前に生きてきたから今も惰性で生き永らえている。
過去に挫折したことをただ成そうとする
出来なかった事だけを繰り返している。
なるほど。それは確かに────────────────
「そういう人生だった」
変わらず先生は話し続ける。もはや聞き手も不要な独り言を。
「虐殺をせざるを得ない。虐殺をしなくてはいけない。虐殺を忘れてはいけない。できるだけたくさん生きてたくさん殺すことを求められていた。そんなわけ無いと君は笑うかもしれないが、そうじゃない。確かにこいつは、昔は虐殺鬼としての役回りをこいつに求めた奴らもいたし、恐れた奴もいた。そして、こいつはそういう風に作られた」
ここに来て語るべき過去がある。彼はそう思い言葉を晒け出す
「私は今から20年前に、ある戦争に巻き込まれた。互いが互いに殺意を向け合う殺し合い。君も視た生き物の悪意だけに愛された地獄」
私達が知っている地獄の話を振り返る。
「そこで私は死んだんだよ。残ったのは命だけ。それ以外の大事なもの全部喪った。命より大事なものは無いというが、私はそれまでの人生すべてとそれから手に入るもの、培っていくはずだったもの全て喪くした。大事な幼馴染も、仲間も、師匠も、守らなきゃいけなかったものも、本当の名前も、生き物らしい感情も、夢も、希望も。そういった命未満の全てのものが死んだ」
男は怒りも恨みも込めずに復讐の言葉を吐露する。
まるでそうしとくべきだったといった感じで。
「誰のせいか。それはこの星のどこかにいた人間のせいだ。外の世界からの知的生命体に異常な興味を抱いた人間たちの偉大な研究でありちょっとした道楽だった。俺はそのために呼ばれた。いや、作られた。地球の外のどこかにいたかもしれない生命体のヒューマノイドコピーとして形作られた。そうして私たちは殺し合いを余儀なくされた。生き残るためなんて恐怖を植え付けられ、本当は自分の物じゃ無いはずの過去の為に命を犠牲にした。意味の無い拷問だった。誉も何も無い巻き込まれたらその分苦しめられる災厄だった。君の知らない例えかもしれないが『スワンプマン』、それが私たちの正体だ。気が狂いそうなほどこの世界には全くいる意味の無い同位体だと理解したんだ」
その中には先生のような最弱がいた。最低、最悪、最害もいた。そして、最強もいた。
全員が全員単一の存在。全部が再現で全部が嘘。全部与えられたものでその無に等しい全てですらすぐに奪われた。
彼らは全員、真っ当に生きていけないほど脆弱な生き物だった。
「このタワーはね。それと同じなんだよ。都市中、下手したら国や世界を越えて人間の情報を受信し、それを喰らって事象を再現する。災厄も人間も思いのまま。人間の情報を基にして、そいつと似た宇宙人だって本当に呼べるかもしれない。この巨大なタワーはまさしく巨大なアンテナだ。神をも恐れぬ高さで平然とこの宙に塔を構え、必要な情報と動力さえあれば様々なものを呼び出せる。およそほとんどの物と縁を作ることができる。そうして集めた膨大な情報を基にして今日のこの時間、地球の周囲を通り過ぎる隕石が再現されたんだ。」
男は私の疑問に答え続ける。まるで先生のように。
「だからこのタワーは電波塔なんだ。規格外なのは受信できるチャンネルが膨大なのと発信できるものにその個人にとって有害な電波も発することができるだけだ。……聖籠女学院の生徒が巻き込まれなかったのはおそらく、ここから出ていく情報がダミーだからだろう。門外不出の学園の情報は喰われることが無い。喰われないからこそ、その悪影響を免れた」
それは男にとっての確認作業なのだろう。語る顔に感慨など微塵も無い。
「
それでおしまい。
なにやら壮大な計画の解説はそれでおしまい。
なら、もういいだろう。
もう、先生の仕事は、役目は終わった。
「……先生。そんなつまんない話はやめて早く帰りましょう」
この場で唯一大事な話に話題を戻す。
「私は先生が何も考えずに求められたままを解説する授業よりも、少しは私のことを考えた末に自分の好みで選んでくれていた今までの補習の方が100億倍好きです。ノートをとる価値なんかありません」
そんな謎どうでもいい。
そんな真実なんか知らなくても生きていける。
「私を見てくださいよ……いつもみたいに私の答えを求めてくださいよ……先生が先生なら、
先生がこれ以上手を
これ以上復讐とか過去とか戦争とかどうでもいい。この街にどんな闇があっても構わない。
これ以上先生が人を殺す前に、もう戻れなくなる前に、
「こんな魔法、さっさと壊して学園に戻りましょう」
くだらない魔法陣にいつまでも執着してるならそれを壊すまで。
離れられない理由とか帰れない理由とか知ったことか。
復讐とか、はたから見たらどうでもいい。
先生には、ただ帰ってきてほしいだけの私からしたら本当にくだらない。
そんな先生は未だに繰り返す。
「────儀式は完遂させる。私にはもうこれしかない」
意味のこもってない言葉を。
「────偶然とはいえ好機が訪れたんだ。私にやらない理由が無い」
赤点だらけのみっともない回答を。
「────そういう、人生なんだよ」
切って捨てるほどの三文芝居を。
────何度繰り返せばいいんだ、その
「だから、先生にもう人は殺させないって言ってるんですよ!」
「今更変わんないさ。一人殺そうが街を壊そうが……それこそ、君のいる学園が最悪どうなろうが今となってはどうでもよくなってしまった」
相変らず先生の言葉には血が通っていない。私より血を流しているせいだろうか。まるで乾ききっている。
「……大事な教え子がどうなってもいいんですか?」
「────────安心してくれ。君の命だけは助けてみせる。もちろん、未だに壁をよじ登っている後ろの友達もね」
「私の命は助けても隕石は落とすんですか? なんですか、その矛盾」
「別に、矛盾は…してない。……この隕石は星を壊すにははなから力不足だった。なんせ、一つの街の人間しか養分にできなかったからな。養分として優秀な聖籠女学院の生徒を何人取り込んでも同じ。しかも君たちが計画を狂わせた。だから、コイツは精々街を一つ壊すくらいだ。忌まわしい街が一つ消えるんだ。何も悪い話じゃない。君の友達や先輩だって、今頃遠くに逃げられてるだろう」
だから何も問題はない。
先生は本当にそう思っている。
……本当にそう思っているのか?
「それで、はいそうですかって、うなずけるわけないじゃないですか」
「ならしょうがない。さっさとここから降りよう」
「だから、隕石を消して先生と三人で降りるって言ってるじゃないですか!」
どうしてわかってくれないんだ!
このバカ教師は!
「────これで最後なんだ。ようやく終われる。昔にできなかった夢を叶えられるんだ。これさえ落として、君の命さえ無事なら、もう死ねるんだよ、私という生命は」
だから頼む。
先生は懇願した。
「……」
卑怯だ。頼まれごとなんて一度もしてこなかったくせに。こんな局面で教え子に頼む教師が、どこにいる。
そんな不条理な頼み事…………絶対に通してやるもんか。
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