第43話 鉱山都市ベルク

「ご主人様、何をしているのですか?」


「ドラゴンの肉を解体してる」


 パッシブスキル『解体』でドラゴン肉を採集していく。鱗も鎧などに使えるだろうから、利用できる物は利用しておきたい。


 加えて牙や爪。大ドラゴンの素材はどれも貴重だ。


「鉱山労働者は魔物肉もよく食うだろうからな」


「私も食べてみたいです」


「筋肉質で固いと思うがな」


 作業が終わると、また馬に乗って鉱山都市へ向かう。


「鉱山都市というのはどういうところなんでしょうか」


「鉱山労働者が落とす金で成り立っている町だ。酒場も多いしガタイのいい荒くれ者も多いと聞いたぜ」


 魔晶石のおかげで文明はそれなりに進歩していそうだが。


「面倒事に巻き込まれないでしょうか」


「あくまで目的はロックスの討伐だ。もめ事は避けたい」


 看板に従い、何とか道を間違えずに鉱山都市へ向かう。


 見えてきたものは城壁に囲まれた灰色の町だった。


 馬小屋に馬を止め、木製の商業手形を見せて都市に入る。手形には魔法印が刻まれているので複製は不可能。ビアンコ商会のものだが、一目じゃバレやしないだろう。    守衛の兵士には魔法の素養なんて無さそうだったし。


 錆びついた町に風塵が漂っている。鉄臭い臭いで溢れているが、建物は木造が多い。この辺の高山松を利用しているのだろうか。


「意外と閑散としてますね」


「もうすぐ夜だからな。酒場に行けば賑わっているだろう。行ってみるか?」


「お供します」


 鉱山都市の酒場街に足を踏み入れると、既に酔っぱらった鉱山労働者がふらついた足取りで酒場をはしごしていた。


「ここにしよう」


 少し大きめの酒場を選んで足を踏み入れる。

 中は喧騒に包まれており、俺たちは一瞥される程度で特に注目されている様子はない。各々、何かの話題で夢中なようだ。


 俺とリンは酒場の店主の前に座る。


「お客さん、ご注文は?」


 口ひげを蓄えた店主は俺とリンを見ると訝しむような視線を向けてきた。

 俺は仮面を外して、注文をする。


「俺にはビールと、その子にはレッドベリーのジュースを」


「……あいよ」


 警戒心を隠さずに、店主は準備に取り掛かる。


「どうぞ」


 俺の前にビールのジョッキ、リンの前に真っ赤な液体の入ったコップが置かれる。


「兄さんたち、どこから来たんだい?」


 店主が不意に話しかけてきた。鍛えた二の腕がむき出しになっている。元炭鉱労働者だろうか。


「ディバンから来た」


「へえ、冒険者かい?」


「そんなところだ」


 とりあえずビールを呷る。リンはジュースをちびちび飲んでいる。


「最近、この辺りはどうなっているんだ?」


「ん? ああ。鉱山が武力で不法占拠されて、皆大騒ぎさ」


 店主は酒場を見回して言った。


「皆、気が立ってる。面倒は起こさない方が身のためだぜ?」


「ロックスか。ディバンでも大問題になってる」


「そうだ。そのロックスの野郎がなかなかにひどい奴で、鉱山労働者への給料を引き下げやがったのさ」


 店主はイライラした様子で食器を片付け始めた。


「そうそう、あいつは王国とウロボロスの援助を受けてやがってよお、誰も太刀打ちできねえ」


 俺の隣の席の酔っぱらいが言う。


「これじゃ俺たち、酒を飲む金もねえ。鉱山都市は寂れて終わりだ。奴ら、鉱石と魔晶石を取るだけ取って、王国に送るつもりなのさ。逆らう奴は、国王の名の下に惨殺だ」


「ひどい話だな」


 そう言って俺はビールを飲んだ。


 周囲の鉱山労働者たちも不平不満を言っている。こんなことを言われた、こんなひどい対応をされた、殴られた、給料を下げられた、どこぞの誰かが暗殺された、等々。


「正直、ロックス以外なら、誰が鉱山の持ち主でも構わねえ。だが、今の俺たちには力がねえ。鉱山労働者が団結しようにも、ウロボロスが紛れ込んでいたり、誰がロックスに密告するかもわからねえ」


「なるほどね。ところで、今日取りたてのドラゴン肉があるんだが、調理してくれないか?」


「ドラゴン肉? あ、ああ……」


 酒場の店主は驚いたようだった。ドラゴン肉の塊をカウンターの上に出してやると、さらに驚かれた。


「俺とリンに、味付けはシンプルでいい」


「あんた……何者だ?」


「旅の疲れもきてる。体力がつく一品がいい」


 店主はそれ以上何も言わず、ドラゴン肉を調理場に持って行って捌いて焼き始めた。


 しばらくしてごろっとした肉の塊が二皿、カウンターにトン、と置かれた。


「岩塩と、黒胡椒で味付けしてある。焼き加減はミディアムだ」


「ありがとう」


 リンは目を丸くしてドラゴン肉にかぶりついている。たまにはこういうワイルドなのもいいだろう。火が通っていて肉汁が溢れている。今日取りたてのおかげで新鮮で、嚙み千切れないほどではない。肉の風味も失われていない絶妙な味付けだ。


 かなりの量を平らげて、俺とリンは大満足だった。


「美味しかったよ」


「そりゃ、良かった」


 仮面をつけ、お代を支払うと店を出た。リンも後ろからひょこひょこついてくる。あまり長くいても面倒事になりそうだったので嫌だった。ドラゴン肉の時点でジロジロ見られていたしな。


 町はずれの寂れた宿を選んだ。これは隠密行動だ。俺たちの素性が知られてしまったら、ロックスが刺客を送り込んでくる可能性もあるし、ディバンと王国との関係が悪くなる可能性もある。


 面倒だな。


 思いながら眠りにつく俺にそっと縋りついてくるリンはすうすうと寝息を立てている。

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