第34話 嬢王の要求

「嬢王様、輪廻様が異国の地よりご帰還なさいました」


「うむ、聞いておるぞ。何でも捕まって奴隷として売り飛ばされたとか……敵に捕まっても情報を一切吐かなかったのはあっぱれじゃ。褒美も与えたい。こちらへ戻ってくる気は無いのかや?」


「今はご主人様の奴隷ですので、この国に仕えることはできません。褒美も辞退します」


「ほう、奴隷の契約は忠義より厚いか」


 垂れ幕の向こうで嬢王が扇子を開く音がした。


「奴隷とは、我が国にはない文化じゃ。妾もその人を奴隷化する技術というものが欲しいの」


「技術と言えば、興味深い話が商人様からあるようでして」


 封魔の方から話題を切り出してくれたのはありがたい。次にウォルゲイトが口を開いた。


「我が国で産出する魔晶石は紋章技術を施せば魔力を生み出す装置として機能します。様々に応用が可能です。それに兵器としても」


「魔法ならば我が国には紋章使いがおる。封魔もその体に刻んだ紋章の力で魔法が使えるのじゃ」


 俺は封魔の太股と肩の紫の紋章を見た。それが魔法を使うのに関係しているらしい。では、封魔は魔法剣士みたいなもの?

 まあお付きの従者はそれなりに強くなければならないしな。


「その紋章使いが魔晶石を持てば、どうなるでしょうか。まさに魔力を気にせず魔法を撃ち放題になります。陽の国との戦争でも役に立つでしょう」


 ウォルゲイトは商談では口が回るようだ。


「ほう、しかし我が国ではしかし魔晶石は産出せん」


「そこで我々が提供したいのです」


「ただではあるまい」


「この国では魔晶石1個につき、金貨10枚が相場と聞いております。ですから、その分の金を頂ければよいかと」


 嬢王はふーん、と悩んだ後、割とすぐに結論を出した。


「よいであろう。その条件で、魔晶石を買い取ろうではないか。もちろん持ってきたのであろう?」


「用意してございます」


「あるだけ買おう」


「ありがとうございます」


 ウォルゲイトは恭しく礼をした。商談成立ってことか。


「良いのですか、嬢王様」


「うちは金山も多い。陽の国に勝ち、民に不便をかけないことの方が大切であろう」


「そうおっしゃるなら」


「それはそれとして」


 嬢王は唐突に言った。商談は終わりではないのか?


「妾は退屈しておる」


 そりゃ、こんなところに引きこもっていたら退屈もするだろうが、それが何だって言うんだ?


「妾は異国の男と一回ヤってみたいのじゃ」


 耳を疑った。リンは顔色一つ変えないが、エリーシェにこの国の言葉が分からなくて良かった。


「輪廻はヤったのであろう。そのご主人様とやらと。ならば妾も興味がある。そいつとヤらせてほしいのじゃ。それが商談の条件じゃ」


 嬢王の声に艶が出てくる。冗談ではないらしい。


「あの、どういうことですか、封魔さん」


「嬢王様は多数の情夫を囲っていまして、会いに来させては夜な夜な交合し、それ以外には従者か限られた者としか会いたがりません」


 小声で俺と封魔は話す。


「この度、あなたがご指名とあらば、従っておくのがよろしいかと」


「困ったな、それは。商談のためとはいえ……」


「何をひそひそとやっておるか!」


 ぴしゃり、と嬢王が言う。


「気が変わったわ。輪廻とそのご主人様という男、ここへ入って、二人で交わるところを妾に見せよ」


 一気に風向きが変わった。皆が俺を見ている。


「どうしたんですか? 何かあったんですか?」


「いや、エリーシェ、何でもないんだ」


 何でもなくはないが、この嬢王、言うことが滅茶苦茶になってきてないか?


「どうした、早く来んのか。商談を破棄しても良いんじゃぞ」


「クレド、ここはやるべきだ」


 ウォルゲイトまでそんなことを言ってくるものだから、俺はリンの手を掴んで黒い垂れ幕をくぐろうとする。


「失礼します」


 リンと一緒に嬢王の前に正座で座る。嬢王は金の刺繍の入った黒い着物を着崩し、ひじ掛けにだらんともたれかかっている。スレンダーながら豊かな胸があられもなく色気を放ち、黒髪の艶やかな姫カットの長髪に人形のように整った顔立ち。まつ毛の長い美人で、童顔だがそれほど子供には見えない。18か20歳くらいだろう。

 城に籠りっきりのせいなのか、肌が雪のように白い。薄い唇は妖艶に赤みを帯びて愉悦に歪んでいる。


「さあ、そこで交わって見せよ」


 黒い垂れ幕があるとしても、仲間の前だ。そうおいそれと行為に及べるはずもない。


 リンは、少し不安そうにこちらを見ている。


「どうした、男。妾の魅力に魅了され、三人で交わりたくなったか?」


 嬢王の冗談ともつかぬ挑発。


 こうなったら――。


 俺は、意を決した。

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