3.

 ハーツさんのお仕事は、それなりに難しい語彙と思想を絡めながら説明された結論として、便利屋、何でも屋として位置づけられるものに該当しました。なるべく持ち物を軽くして、どんな依頼も受けては十日とかけず熟して見せる、というのを、彼女なりの誇りとしているようです。今回の依頼も四日前に受け、寝ずの捜索と移動の果てにウォーレンさんの場所を探し当てたようです。存外見つかるものなのですね。案外に世間が狭いということでしょうか?

「……その可能性もあるが……おい」

「何?」

「大きな荷物を背負った、つるっ禿の魔物のようなやつに心当たりはあるか?」

「ん、あぁー、そうそう!2つ前のお宿のときだから、2週間くらい前かなー。場所は言わないでって言われたけど、知りたい情報があれば紙に書いてその場所に吊るしてくださいって言われて。前払いはその時に済ませて、依頼受けたその日に試しにやってみたら、しばらくして同じ場所にこれがあったの」

 ハーツさんが腰のショートパンツのポケットから取り出したのはくしゃっと丸まった紙で、おそらくウォーレンさんの居場所を誘導するようなメモ書きなのでしょう。

「……なるほど」

 ウォーレンさんは見せられたメモ書きに、何か一つ腑に落ちた感想としてそう述べたようです。つまるところ、あの情報屋さんが、ハーツさんに居所を教えたということでしょうか。でもそもそも、数日かけて、わたしとウォーレンさんと一緒に野営地に向かっていたはずですよね?このメモをあの方が残すのは不可能ではないでしょうか。

「だから、腹の中が見えないやつは信用ならないと言っていたんだ」

 わたしには完全犯罪にしか思えないのですが、どうやらウォーレンさんとしては何らかのやり口が考えられるようです。ハーツさんもなるほどという様子で頷いています。……いや、あるいは適当な相槌かもしれません。

「まぁそれは別にいいんだけどさ」

 本当に別にいいことなのでしょうか。

「こっちのことも話したし、そっちの事情も聞きたいんだけど?」

「旅をしている。以上だ」

「なわけ無いでしょ!目的の一つもないわけ?」

「目的なら先日達成されたと言っていい。私自身にはもう旅の目的はない」

 ウォーレンさんはそう言って末尾を切った後、私の方を見て、

「強いて言うなら、この子だ。旅の途中で見つけたこの子の望みに私は付き添っている」

「なるほどね~。それでさっきの話につながるわけ?」

 さっきの話とは、わたしを見つけるに至ったお話なわけですが、現実味の薄い話だとハーツさんもお考えのようです。

「実際にあったことだ。信じようが信じまいが自由だが、私からはそうとしか言えない」

「ふぅーん……」

ハーツさんとしては特に納得がいったわけではないようですが、あえて反駁するつもりもないようで、そのままその話題を扨措くことにしたようです。

「じゃあ、なんか手がかりっぽいものもあるわけね」

「ない」

「はぁっ!?」

「私もこの子も、あの街については何も知らない。街そのものが消えた以上、周縁の地域から少しでも情報が得られれば御の字という程度だろう」

「じゃあ、あんたら二人、宛もないけどその辺を観光して、運よくこの子のことがわかればいいなーって思ってたわけ?」

「ざっくばらんな言い方をすればそうなる」

「まったく、あんたねぇ……」

 その返事が返ってくるやいなや、ハーツさんはやや高圧的に様々な角度からのダメ出しを行いました。助言、アドバイスの項に、捲し立てて相手をとことん責め立てることが記されていることは間違いないようで、厳しく当たることが配慮の感情表現形状のひと角を作り上げているのでしょう。出会って間もないはずなのですが、ウォーレンさんが荷馬車の中で叱咤される様子はこれで三度目です。わたし個人の見解ではありますが、その言葉の濁流の全てを容易く飲み込むウォーレンさん側にも、この場合問題があるとも思うのですが。初対面はあんなに煽る物言いをしていたというのに、どの言葉もウォーレンさんにとって至極正論であったのか、もうしわけない、そのとおりだ、の二種類で受け答えしているようでは、わたしは少し心配です。なによりウォーレンさん自身のお話でもなく、わたしにまつわるお話でもあるわけですし。



XxXxXxXxXxXxXxXxXxXxXxXxXxXxXxXxXxXxXxXx




 わたしは、その声に近い頭蓋振動の場所を探るようにあたりを見渡しました。その発信源は特定の方位から得られたものと感じられましたが、細かい位置はわかりません。

「ん、どうかしたの?」

 ハーツさんが膝の上の挙動不審なわたしを見かねた様子です。わたしとしては、何かが感じられたことは確かだとは思ったのですが、周囲の方……荷馬車に同乗した他の方々が一切の無反応でした。わたしの急な様子の変化に一部の方が反応した程度です。わたしにしか聞こえない、音……いや、音であったかも定かではありません。ただ間違いなく、わたしにしか感知できなかったなにかであるということは察せられました。しかし、この漠然とした現象をお二人に伝えても、混乱を招くだけだと思われます。一過性の身体的不調とここでは考えをまとめることにしました。考えをまとめはしたものの、喉奥に引っかかりができたような、そんな心持ちではあり、しかし、心配をかけまいと特に問題はないことを頭の上の心配そうなお顔にお伝えしました。

「……そう」

 ハーツさんとしても、どうやら明らかにわたしの様子が奇怪だったようで、何かを隠したことには感づいている様子でした。

「何かあったら、遠慮なく言ってよね」

 頭を二度、ポンポンと軽く撫でた後に、っていうか話の途中だったけど、と、再び剣幕の二字にふさわしい口撃に戻ったのでした。わたしは、姿勢こそ変わらないのに幾分か縮こまったようにすら見えるウォーレンさんを心のなかだけでも味方になった気持ちで見守りつつ、つむじに感じたハーツさんの手の感触と、その十数秒前に感じた頭蓋振動のことを、目の奥の場所で考えていました。

「……と、そろそろ休憩するみたいね。どうする?」

 ハーツさんが荷馬車の外を眺めて言いました。気が付きませんでしたが、焼け落ちた建造物群に紛れたように、村落と形容される人の営みが経路の先にはありました。積荷を引き取ったり運搬したり、荷馬車というのはそのような役割があるわけですから、この村落に用があるのも頷けます。しばらくの停留の間、座っているうちに凝ってしまった体を伸ばすことができるというわけです。ウォーレンさんは、ここの住人にもそれとなく、わたしのいた街のことを訪ねてみるそうで、ならばと、ハーツさんはわたしのお守を買って出ました。ウォーレンさんについて回っては迷惑にもなりそうなので、ありがたいご提案でした。隙を見て、先頃の気掛かりのことを調べることもできるかもしれません。


 旅路の予定にきれいに組み込まれていたようで、ちょうど日暮れ頃でした。出発は明朝です。ウォーレンさんと別行動となったハーツさんとわたしは、村落の中を適当にぶらつきました。歩かせるなんてとんでもない、と言われておんぶされましたが、正直この方が恥ずかしいです。といっても、人の営みがかろうじて感じられる程度な場所なだけに名所らしい名所も、名物らしい名物も特になく、適当な座れる場所を見つけ、枯れた噴水の近くで遊んでいた地元の子たちを遠目に眺めるくらいになりました。

「混ざんなくていい?」

 はい、大丈夫です。

「……そう」

 ハーツさんはわたしの頭をまたポンポン、と撫でると、

「あいつから聞いてばっかだったけど、自分のことがわかんないんだって?」

 わたしはその問いにも、はいを答えました。どちらかといえばこちらは申し訳ない気持ちで。

「ほんとなんだ。そっか」

 ハーツさんは頬杖をついて、

「まぁわかるといいね」

 特にそこからの言葉が続かなかったのか、無難な返答で済ませることにしたようです。ハーツさんとしても、わたしの扱いに少し戸惑っているらしく、そのことがより、わたしの申し訳ない気持ちを強めるのでした。

 わたしは誰なのでしょうか。灰の下に埋もれた街にいて、けれども異質な棺桶のようなものに入れられていたあたりから、ただ普通にその街で暮らしていたというわけではないようです。

 そもそも、わたしがいた街というのは、どのような街だったのでしょうか。

「はぁっ!?あいつ、それも話してなかったわけ!?」

 ウォーレンさんは、少しは知っているとは仰っていましたが、詳しくはお聞きしていませんでした。なんというか、共通認識のようだったので今更聞きづらいのもあって。

「まったくあいつ……あー、でも、実際確かにそういうもんかぁ……」

 ハーツさんは、途中からすこし何か腑に落ちたような顔をしていました。

「えーと、アムシースだよね?あなたがいたって街」

 はい、たしか、そのような名前だったかと思われます。

「あの街はちょっと特殊っていうか、実際あたしだってよくわかんないのよね」

 ハーツさんは思い当たることを引っ張り出すように続けました。

「『秘術の街』って言われてたわ。とにかく魔法がめちゃくちゃ進歩してたって話ばっかりは聞いたけど、ほんとにそれ以外は誰も知らなかったの。っていうのは、魔法についての知識や情報を絶対に外に漏らさないようにって、人の出入りだとか、交易だとか、何から何まで街ぐるみで厳しく取り締まってたから。お陰でどんな街だったのか、中でどんなことがされていたのか、街ごと消えた今となっては完全に分からずじまいってわけ」

 だからあいつも、それこそ本当に話せることが何もないから、詳しく話すのも後回しにしてたんでしょ、と続けました。これを聞く限りでは、わたしのいた街のことを調べるのはかなり大変そうです。

「まぁだからこそあいつはここで少しでも情報を集めようって思ったんでしょうね、それとなく聞き流してたけど」

 近隣地域なら、少しは交流があったということでしょうか?

「あたしも人づてだけど、そういうのも全くだったってさ。ただ、遠征みたいな体裁で遠くの街までローブを羽織った一団が巡行してた、って話があったから。魔法の程度が低い連中だって、見下したような態度で闊歩してたんだってさ」

 自分たちで独り占めしてるだけの癖に、とハーツさんはまた、初めて会ったときに比する苛々した顔付きになりそうになりながら、

「って、あなたまでそうだったって話じゃないからね!あくまでそういうヤなやつもいたらしいって話なだけで」

 なんというか、ウォーレンさんがわたしに街の話を少し渋った理由が見えてきた気もします。でも、わたしも、世界の皆さんに疎ましく思われた街の一員だったのだとして、そんな街が消えてしまったことがはっきりとした因果応報だったとすると、わたしは本当は、あの灰の下で同じく消えるべきだったのでしょうか。ウォーレンさんに拾ってもらえた命は、拾ってもらうには値しない命だったのかもしれません。体よくすべてを忘れてしまえて赦されているだけで。


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 わたしの悲観が顔の表側に差し掛かりそうなときに、また、あのコエが聞こえてきたのでした。今度は、場所までわかりました。そのコエは、人の形をしているならば蠱惑的という形容が正しく、しかし、本能や感情ではなく、理屈の意味からその場所に向かわなければならないと思わされる引力がありました。

 わたしは半ば呆然とし、他者から見れば恍然としていたのかもしれません。とにかく、駆け出さずにはいられなかったのです。

「えっ、ちょっ、どうしたの!?ねぇまって!!」

 後ろで誰かの呼ぶ声が聞こえたのですが、それよりもわたしが強く望むコエが聞こえるのです。日は半ば落ちていました。

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