番外編 レオナルドとドゥークー辺境伯の雑談
「話は以上でよろしいかな?」
「はい。お時間をいただき、ありがとうございました」
無事にドゥークー辺境伯と事業の話で合意し、ホッと胸を撫で下ろすレオナルド。
レオナルドは見た目こそ強面で気難しいように思われるが、彼は不器用なただの小心者であった。
そのため、シアから指摘された通り、自他共に認める強面な上に気難しいことで有名なドゥークー辺境伯とたった一人で事業計画について交渉するのは、やらなくてはいけないこととわかっていながらもかなり気乗りしていなかった。
(あぁ、よかった。何事もなく終わった)
一応ある程度詰められたところで返答の用意はあったのだが、それでもやはり気構えていたレオナルド。
というのも、今回の事業は国家事業であるため、領地を管理しているドゥークー辺境伯の許可が何よりも重大であり、ここでヘマをするわけにはいかなかった。
ただでさえストレスに弱いというのに国王含め多方面からかけられるプレッシャー。不器用なレオナルドからしたらかなりいっぱいいっぱいで、合意に至るまでは生きた心地がしていなかった。
「では、ここからはプライベートということでいいかな。ギューイ公爵、ちょっと雑談などいかがだろうか」
「……雑談、ですか。もちろん大丈夫です」
安堵したのも束の間、突然ドゥークー辺境伯から雑談を提案されて一気に心拍数が上がる。
人付き合いが得意ではないレオナルドは、提供できる話題などあまりない。
表情こそ平然と装っているものの、何を言われるのか、何を話せばいいんだ、シアが料理の話をすればいいと言っていたような気もするがどう切り出せばいいんだ、と内心では慌てふためいていた。
「実はな……今更そんなことを言われてもと思うかもしれないが、正直この事業についてあまり気乗りしていなかったんだ」
「えっ!?」
つい焦った声が漏れ出る。
ドゥークー辺境伯の真意が読めず、困惑するレオナルド。
まさかたった今合意したばかりだというのに、翻意する気なのだろうかとドゥークー辺境伯の言葉にどう反応したらいいのかわからなかった。
「心配しないでくれ。今更約束を反故する気はない。……ただ、我が領地の河川に新たに水路を建設するとなると必然的に我が領地へ他国からの侵攻の可能性が高まるだろう? 元々火種は少なくない領地だ。だからこそ、これ以上面倒ごとを増やされるのは正直ごめんだと思っていたんだ。妻にもいらぬ心配をさせてしまうのは申し訳ないしな。けれど、シアさんに頼まれたのもあって、今回は引き受けることにしたんだ」
「シアの頼みで、ですか」
事前に色々と手を回してくれたことは資料などくれた時点で察したが、まさか口添えまでしてくれたとは思わず驚いた。
「あぁ。シアさんの頼みとあっては私は断れないからな」
ドゥークー辺境伯が柔和に微笑む。
普段強面で無表情で有名な彼の笑みにレオナルドも思わずドキリとした。
「シアさんには私も妻も恩義があるんだ」
「そうなんですか?」
ドゥークー辺境伯のシアに恩義を感じているという意外な言葉に面食らう。そもそもドゥークー辺境伯夫妻とシアの繋がりを知らなかったレオナルドはシアが彼らに何をしたのか不思議だった。
「あぁ。元々我が家には息子がいてな。だが、あの子が八つのときに事故で亡くなってしまった。……その日は家族で狩りに出かけていたのだが、息子は獲物を追いかけるのに夢中で山から滑落してそのまま、な。そばにいた妻は息子の手を掴んだのだが、一緒に滑落してな。そのときのケガのせいで今も脚が不自由になっている」
「それは…………なんと申し上げたらいいか……」
上手く言葉が出ない。こういうときは何と言えばいいのか、レオナルドはわからなかった。
けれど、ドゥークー辺境伯は気にすることなく話を続けていく。
「妻は自分だけが助かったことで、どうして助けてあげられなかったのか、自分が代わりに死ねばよかったのにとひどく自分を責めてな。私は私で、狩りに行こうと言い出した自分や、妻子を守ることすらできなかった自分の愚かさを何度も憂いた。その上、我々をよく思っていなかった連中が好き勝手根も葉もない噂を立ててきて、やれ私達が事故に見せかけて我が子を殺めただの、やれ私が妻子を殺そうとしただの散々な言われ方をされてな。いくら事実無根とはいえ、言われ続けるというのはなかなか堪えるものがあって、妻はさらに塞ぎがちになってしまった。そんなとき、事業の関係でシアさんと出会ったんだ」
ドゥークー辺境伯が過去を思い出してか、遠い目をする。
「シアさんは息子の話について触れず、私の領地を誉めてくれたり、妻の趣味について誉めてくれたり、いつも明るく振る舞ってくれたんだ。そして、周りからの悪意には真っ向から否定し、払拭してくれた。その後も彼女のほうが若く経験も少ないというのに、息子を失った私達に対して心を砕き、寄り添ってくれてな。生きる希望を失っていた我々に、前向きに生きる力を与えてくれたんだ」
「シアらしいですね」
シアならきっとそうするだろうなと容易に想像がつく。
「シアさんはどんな些細なことでも覚えていてくれているし、とてもマメだろう? 他愛もない話をしてるだけなのに、手紙も欠かさず返信をくれて、妻はあれでだいぶ救われた。我々はシアさんに恩義を感じているし、勝手に彼女を我が娘だと思うくらいには私達はシアさんのことを大切にしている。だから結婚したと聞いて素直に嬉しかったし、幸せになってもらいたいと思っている」
「はい」
ドゥークー辺境伯にまっすぐ見つめられ、戸惑いながらも受け止めるレオナルド。今は目を逸らしてはならないと不器用ながらもしっかりとドゥークー辺境伯の意図を汲み取る。
「正直、シアさんの結婚相手がギューイ公爵と聞いて、お子さんのこともそうだが、かつて広まっていた汚名も含めて心配はしていた」
「……はい」
実際、心配されるような結婚であったことは事実なので反論できない。
そもそもレオナルドは娘達の母としての役割を求めていて、それができるなら正直シアでなくても誰でもよかった。たまたまアンナが希望したからシアにしただけだ。
そのため、シアの気持ちなど二の次で、レオナルドは自分の都合しか考えておらず、今更ながら非常に自分本位な行いであったと反省する。
だからもし苦言を呈されるというのなら、甘んじて受ける覚悟がレオナルドにはあった。
「けれど先程言った通り、我々も良からぬ噂を流された身だ。だから、キミが以前汚名を受けていたこともある意味理解しているつもりだし、実際に会ってから判断しようと思っていた」
「…………そう、でしたか」
(ドゥークー辺境伯から見て……いや、はたから見てどういった夫婦に見えるのだろうか)
以前に比べてシアに気を遣うよう配慮はしているものの、元々気遣いなどできるタイプではないレオナルドは、自分が彼女を大切にできているか自信が全くなかった。
それゆえ、ドゥークー辺境伯にどう判断されたのか聞くのは正直怖かった。
「だから、シアさんの幸せそうな姿を見てホッとしたし、嬉しかったんだ」
「……え? シアは幸せそうに見えましたか?」
「自覚はなかったのか」
「はい」
ドゥークー辺境伯の目にシアが幸せそうに映っていたことに驚く。実際、幸せにしている自信などなかった。
不器用ゆえに素直になれないせいで、シアに助けてもらってばかりのレオナルド。
だからこそ、ドゥークー辺境伯に言われてもなお、シアが幸せにしている実感がなかった。
そんな気持ちをレオナルドがぽろりと溢すと、ドゥークー辺境伯は少しだけ目を見張ったあとにふっと口元を綻ばせる。
「あくまで私から見てだが、シアさんはギューイ公爵と一緒にいて楽しげにしていたと思うよ」
「そうでしたか。私はどうも不器用ゆえか人の心の機微に疎いもので。私にはシアがどう思っているのかまるでわからず。今まで蔑ろにしてしまったこともあり、その償いといってはなんですが、少しでも彼女の役に立てればと思ってますがなかなかどうにも上手くいかず……」
何をすれば喜んでもらえるのか、まるでわからない。シアは無欲なようで、あれが欲しいこれが欲しいということもなかったので、彼女に何をすればいいのかレオナルドは全くわからなかった。
だから、せめて感謝の気持ちをカタチにしたいと思ってネックレスをあげたのだ。
けれど、言葉では感謝しているものの本当にシアが気に入ってくれたかどうかまでは自信がなかった。
「私から見たら十分仲睦まじいカップルに見えたよ。夫婦とは持ちつ持たれつ支え合うものだ。シアさんがギューイ公爵の支えになっているように、気づいていないだけでシアさんもまたギューイ公爵の行いに支えられているのではないだろうか。……もしあまり自覚がないというのなら、もっと彼女を支えてあげてもいいのかもしれない。シアさんは頑張り屋さんだからね、やりすぎるくらいがちょうどいい」
「なるほど」
(そういえば、シアもそんなことを言っていたな)
夫婦は持ちつ持たれつ。お互いに支え合う。
レオナルドはあまり自覚はなかったが、少しでもシアの役に立てているのであれば嬉しかった。
「夫婦は二人三脚だからね。お互いのペースに合わせればきっといい夫婦関係になれると思う」
「はい」
「あと言葉は積極的に伝えたほうがいい。これは私も苦手でよく妻に指摘されるが」
「奇遇ですね、私もよくシアに指摘されます」
「お互い精進せねばな。って、なんだか雑談というよりお説教みたいになってしまったかな。年を取るとすぐに説教じみてしまっていかんな」
「いえ、こちらとしても相談に乗っていただくようなカタチになってしまって申し訳ありません」
つい先程まで苦手意識があったというのに、お互いの話をしたせいか、いつのまにかドゥークー辺境伯への苦手意識はどこかへ消え去っていた。
今までこういう話をする相手がいなかったレオナルドにとって、臆することなく自分の話ができる相手ができたのは素直に嬉しかった。
「いいんだよ。若いうちは悩んでぶつかって四苦八苦するものだ。私達もそうしてきて今がある」
「そういうものなんですね」
「あぁ、そういうものだ。家族だから弱い部分も見せられる。それをお互いが補うんだ」
「なるほど。確かに、そういう関係になりたいものです」
「なれるさ。というわけで、これからも事業で付き合いがあることだし、今後とも妻共々よろしく頼む」
「こちらこそ。シアと子供達共々今後ともよろしくお願いします」
ドゥークー辺境伯が手を差し出す。
レオナルドはその手を握り返すと、ドゥークー辺境伯は優しく微笑むのだった。
行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました 鳥柄ささみ @sasami8816
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