第4話 ディアとの模擬戦

 リング中央で。

 ウェインとディアも、右手右足を前にするサウスポーの構えだった。重心はボクシングのそれと比べてかなり低い。またボクシングのフットワークは互いに使っていなかった。これは互いに蹴り技があるからだ。

 まず動いたのはウェインだった。左足で、ローキック。つまり下段回し蹴りを試みる。

 簡単にガードされた。蹴り技の基礎中の基礎だ、そうそう綺麗に当たるものではない。

 逆にディアも動いてきた。ウェインの動きを鏡に写したようなローキック。ウェインも同様にガードする。想像以上に打撃の強さが重い。やはり素人ではない。

 と次の瞬間、ディアが後ろに跳ねた。呪文を口にしている。

「叩き潰せ、『エアハンマー』!」

 ディアの魔法が風の塊となって飛んでくる。ウェインは予め準備しておいた魔力で、半身で受け流す。


 魔法障壁はあえて使わなかった。

 『魔法パリィ』だ。直撃ではないコースの時に、浅い角度で弾く。その時に相応の魔力と体内の魔力調律が乱れ、連続発動はできないが、少ないコストで相手の魔法の威力を大幅に受け流すことができる。


 結果、ウェインは後退せずに魔法の対処ができた。むしろそこから前進して右ジャブを放つ。ディアの右ジャブと打ち合いになる。ロジャーに対しては完封していたが、一応ディアのボクシング技術は極端に高いものではないように思えた。先程ウェインが相手をしたプロ志望のボクサーのほうがジャブの完成度は高いだろうか。

 とは言え、ジャブでの制し合いだけではウェインは突破できなかった。

「はっ!」

「っ!」

 と、ディアの左足の蹴りがウェインの上半身めがけて飛んできた。頭部へのハイキック。ウェインは右のガードはそのままに、僅かに後ろに下がって対処していた。

 残した右手のガードは弾かれて、ディアの左足はウェインの頭があった地点を空振りしていた。

 物凄いキレ味。避けられたのは間合いを外しかけたからで、ほぼ偶然に近い。

 頭部へのハイキックだ。もしガードだけで対応しようとしていたらダメージを受けていただろう。あるいは勢いで頭に受けていたらダウンや失神まであった。

 このディアという女、鍛えられている。瞬発力も高い。それぞれの技の完成度はそこまで飛び抜けて高くはないが、低くもないレベル。なにより多彩な技を使いこなせるようだ。


 ウェインはまず左の前蹴り、続いて再び左のローキックから、近接して右のジャブを連打。離れ際に左ストレートのコンビネーションを見せた。しかし、どれもディアに完璧にガードされる。

 クリンチに行こうとレスリングのタックル的に腰を狙っていったが、膝でカウンターを合わされそうになって慌てて飛び退いて間合いを取る。

 ……この女、できる。確実に、近接戦闘でのディアはウェインよりも格上だった。

 しかし。だからこそ、練習試合の甲斐もあるというものだが。


 一方リングサイドの観客達は、少々戸惑っていた。魔法ありの試合なのだから、ウェインが魔法だけで制圧するものだと思っていたからだ。

 だが実際は、ウェインは一撃も魔法を放っていない。魔法を使ったのはディアの魔法を弾いた時だけだ。


 別に余裕をかましているわけではない。ウェインは魔法を使う何でもありの相手に、自分の体術だけでどれだけ対応できるか知りたかった。訓練しておきたかったのだ。

 だが相手の実力もわかり、徐々に体術で押され始め、余裕がなくなってきた。

「はい、1分経過!」

 そこにトレーナーから声がかかった。

 そこでウェインは今までの戦術から大幅に切り替えた。今度は自分から積極的に魔法を使い、制圧しようという戦術だ。

 このためにディアとの試合は2分間もらったのだ。


 互いに睨み合っての距離。まずは左足で距離を取る前蹴りを当てた後、すぐにそこから軽くバックステップ。

 魔力は漲っている。体内の魔法調律も乱れていない。障害は何もない。

 『高速詠唱法』を使う。あっという間に風の初級魔法が完成する。

 ディアが使ったのと同じ『エアハンマー』だ。ただ、威力と精度と準備速度が格段に違う。空気の塊がディアを襲う。

 攻撃魔法は、剥き出しで使う場合と、魔法を『球体』に封じ込めて飛ばす場合がある。

 例えば魔法使いが炎の魔法を使った場合、剥き出しでは距離での減衰が酷い。だが球体に魔力を封じ込めた『ファイヤーボール』の形にすれば、距離での減衰は少なくなる。一方で球体に込めると着弾地点までは何も起こらないという違いもあるが。

「行けっ!」

「っ!」

 ディアはガードして、その隙に距離を詰めようとしてくる。

 が。

 ガードされても、ウェインは再び高速詠唱法を使う。間合いはそのまま。再びウェインの初級の風の魔法がディアを襲う。ディアはそれをガード。


 連打。

 連打。

 連打。


 初級魔法を恐ろしいほどの短時間で準備して、連射する。

「おぉおぉおぉ……」

「アレがウェインの魔法……」

 リング周りのギャラリーからは感嘆のため息が聞こえた。

 ディアは為す術もない。ただガードを崩さないことしかできない。


 これが『魔法』だ。ウェインほどの腕前なら、この距離でも相手を近づかせない。射程は伸ばそうと思えばもっと伸ばせる。

 圧倒的な制圧力。

 その一方的な攻撃は、長時間続いた。もともと魔法力には雲泥の差がある。ディアは打たれ続け、それでもダウンも後退もせず、必死で耐えている。


 と、ディアが突進してきた。ウェインは放った初級魔法を咄嗟に誘導させて対処する。

 そこでカン高い鈍い音。

 『魔法パリィ』だ。

 どうやらこの技術をディアも扱えるようだ。ウェインの放った魔法は弾かれ、霧散する。そこにディアはローキックで攻めてくる。

 ウェインはそれを見切ってバックステップ。そして魔法パリィは連続で扱える技術ではない。ウェインは自分の初級魔法を、上下に打ち分けてディアの足を止める。

 だがディアは退かない。隙を見ては攻め込もうと、ガードを崩さない。


「風よ!」

 頃合いだ。ウェインは高速詠唱法で、中級魔法に属する『戒めの鎖』の魔法を使った。『風』はディアの右足に絡みつき、渦を作り、地面に固定される。

 コーナーを背負いかけていたウェインは、そこから脱出。その間も初球のエアハンマーを撃つことは忘れない。

「くっ! このっ!」

「中級以上の力でパリィすれば、2,3回で抜けられるぞ。最も、こっちは攻撃の手を緩めないが」


 その時、ゴングが鳴った。


 ジム全体から、拍手と歓声が沸き起こった。

「ナイスゲーム!」

「よくやったぞ!」

「魔法ってあれだけ速く準備できるんだな」

「ジャブ並みに速かったよな」


 ウェインは風魔法の戒めの鎖を解除する。

 ディアは軽く礼をすると、片手を上げて無事をアピールしてきた。

「ナイスゲーム。流石ね、ウェイン。私としては、もうちょっといいトコまで行くと思ってたんだけど、完封されたわね」

「ディアこそ凄いよ。素手で俺の魔法に渡り合うだけでも、たいしたものだ」

 ウェインはジム生たちにお辞儀をし、トレーナーにお礼を言った。

「今日は有意義な訓練になりました。ご配慮、感謝します」

「いやなに、たまにはいいだろう。ウェインは今日はこれで帰りか?」

「はい」

「頭には受けてないようだが、念の為ヒーリングを受けていけ。パンチドランカーになられたら困る。ディアさんもな。君は結構頭も打たれていた」

「はーい」

 ディアは頷いた。こちらは頭部と腹部にウェインの魔法を何発も受けていた。

そんな彼女が、僅かに声を潜めて、言った。

「ねえウェイン、この後少し時間ある?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る