短編2:「ほう、ツンデレ、ですか……なるほど?」

 世界を容易に滅ぼすことも可能な《大魔法使い》レイミアが――長くしなやかな足を組んで椅子に座り、紅茶を一口啜りながら、ぱたん、と本を閉じた。


「……ふっ。なるほど、な。そういうことか……」


 読み終えた本をテーブルに置き、ふっ、と口元に微笑を浮かべる姿は、艶やかでもあるが、それ以上に理知を感じさせる趣がある。

 しっとりと潤んだ唇に人差し指の関節を添え、《魔法》の総てを識る《大魔法使い》が呟くのは、今しがた仕入れたばかりの深遠なる知識で――!


「男子はツンデレが好き……か。また一つ、覚えてしまいましたね……」


 結構、俗っぽい本も読むんですね……意外です……。

 恐るべき《大魔法使い》にしては不思議なチョイスだが、その時、彼女にとって唯一の弟子であるエイトが姿を見せた。


「あっ、お師匠さま。クッキーを焼いてみたんですけど……紅茶の付け合わせに、良かったらどうぞ!」


「是が非でも頂こう。ふふっ、我が弟子は気が利くね……もはや世界一の弟子と呼んで過言でないのでは? それ即ち、師たる私は世界一の果報者ということだ……もはや一切の反論の余地もないでしょうね、ふふっ」


「いえクッキーだけで大げさすぎますよ!? ……お、お師匠さまが喜んでくれるのは、嬉しいですけど……」


(弟子が可愛すぎてどうにかなってしまいそうです……これが可愛さの《魔法》か……)


 微かに頬を赤らめる弟子に、師・レイミアは額に片手を当て、座ったまま天を仰ぐも――今が好機、とばかりに鋭い眼光を湛える。


 そう、今こそ――ツンデレ・チャンスなのだと――!


「――エイトくん」

「? はい、お師匠さま。……お師匠さま?」


 素直に返事するエイトに、けれどレイミアは双眸の鋭い眼光を絶やさず――すっ、と人差し指を弟子へと向け。

 指先一つで世界さえ滅ぼせる《大魔法使い》が、取った行動とは――!


「―――ツンッ♪」

「ぷえ。……お、お師匠しゃま……?」


 ツン、と人差し指で、弟子の頬をつつき始めた。……つつき続けた。


「ツン、ツン……ツーンッ」


「あ、あにょ、んん……お師匠さみゃ、一体、なにを……」


(ふおぉ……我が弟子のほっぺた、柔らかぁい……いいな、ずっとつついていたいな……が、何事も仕上げが肝要。さあ、トドメを刺すとしようか……)


 そうして細い指先を当て続けていたレイミアは、ぐっ、と力を籠め――!


「……でれれ~~~ん♪」

「んっ!? く、くすぐっひゃ……んんっ!?」


 ぐりぐり、さわさわっ……とエイトの頬を蹂躙(という名の撫で回し)しまくるレイミアの表情は、その間ずっと蕩け切っており。

 暫くして、ようやくレイミアは、その手を引いた。

 師の急な行動に、弟子は戸惑うばかりで。


「? ?? あ、あの、お師匠さま……今のは、何だったんですか?」

「………ふっ」


 意味深な笑みを浮かべたレイミアが、テーブルを使って頬杖を突き、思うことは。


(今の……なんか、違うな。絶対こういうことじゃないな……)


 それくらい、《魔法》以外は色々と疎い《大魔法使い》様でも分かったらしい。

 一方、師の謎の行動に対し、弟子・エイトが思うのは。


(な、何だったんだろう? ……いや待て、お師匠さまがこんな急に、無意味な行動をとるとは思えない……何か、深い意味が……まさか、修行? 修行の一環なのか!? くっ、分からないのは、俺が未熟だからかっ……もっと精進しないと!)


 ぐっ、と拳を握り、決意を新たにするエイト。

 そしてレイミアは、といえば。


(うーむ、改めてツンデレとやらについて、学び直さねばな……あ、クッキーおいしー。さすが世界一の我が愛弟子。師、幸せ~)


 サクサクとクッキーを頬張る様子は、これ以上ないほど満足そうだったという。


 ■■■


 ツンデレの意味を改めて認識したレイミアは――中庭での弟子・エイトへの修行中、思考を奔らせていた。


(ふっ、なるほど……ツンデレとは、初めにツンとした反抗的な態度を取り、その後にデレッと甘い態度を見せる、ギャップを生じさせることで優位に立つという、戦闘スタイルなのだな……冷酷な《大魔法使い》であり、あまりにも厳しいことに定評のある師たる私にとっては、打ってつけではないか……よし。では、早速)


 物思いに耽るレイミアに、エイトが修行に臨むべく語り掛ける、と。


「あの、お師匠さま……今日は、どんな修行を――」


「――甘えるな、我が弟子よ。この私が、何でも聞けば答えてくれる、親切な師だと思うか? 少しは自分で考え、動いてみるのだな。ツーン」


「えっ……お、お師匠さま……?」


 ツンッ、とそっぽを向いたレイミアが、弟子に背を向け、口の端を軽く吊り上げて。


(―――辛すぎて死にたい―――)


 直後、両手で顔を覆い、天を仰ぎ、大いに絶望した。


(なんだこれは……なんなのだ、この心臓を握り潰されるような圧迫感は……己の言動に対する罪悪感、弟子に嫌われるのではないかという焦燥感……全身の震えが止まらず、神経を焼き続けられ、脳を破壊されるような止め処ない苦痛……まるで竜をも即死させる猛毒を飲み干してしまったようではないか。これが、これが……ツンの恐ろしさッ……!?)


 なぜか勝手に苦境に追いつめられている、そんなレイミアの素振りに――エイトは戸惑いながらも、師の言葉通りに自分で考えることに専念していた。


(きゅ、急にどうしたんだろう、お師匠さま……というか様子がおかしいというか、何か苦しんで……いや、そうか……今のはお師匠さまの、厳粛な師の姿! そして世界一の《大魔法使い》であるお師匠さまは、今この瞬間も自らに何らかの苦行を化し……《魔法》の修練を積む姿を、俺に見せ、道を示してくれてるんだ! さすがです、お師匠さま……!)


(ううう、あんな態度を取った私のこと、弟子は何て思ってるのだろう……怖いよう、もしかすると傷ついちゃったかもしれぬ……男子はツンデレが好きなんて、やはり大嘘なのでは……)


「ありがとうございます、お師匠さまっ……俺、がんばりますねっ!」


(えええ何だか嬉しそうー!? や、やはりこういうのが好きなのかー!?)


 互いの思惑など知るべくもなく、困惑するレイミア――に、気合を入れ直したエイトは、自ら考えて修行に励むべく、魔力操作を始めた。


「よしっ……それじゃ早速、今日の修行を……魔力操作で、庭の落ち葉を全て掃除してみようかな。細かい技術の向上を目指すぞっ……んん~っ……」


(! エイトくんが……あまりにも愛らしい我が弟子が、修行を……これは――)


 エイトが集中し、魔力の操作によって落ち葉を集めようとした――その瞬間。


「今が好機ッ――エイトくんよ、覚悟しろ――これがデレというものだ――!」


「突然の襲撃!? なぜですかお師匠さま――ウ、ウワーーーッ!」


 神速、《魔法》により超加速したレイミアは、もはや人の目に認識できぬ速度でエイトへと飛翔し――あまつさえ自らが発生させた衝撃を《魔法》で相殺しつつ。

 弟子・エイトを――顔面から思い切り、その胸に抱きしめた――!


「おおお師匠さま!? あの一体、急にどうしたんで――」


「――えらいぞっ、すごいぞっ、かっこいいぞっ! 我が弟子はちゃんと修行ができているっ、魔力操作も一級品だっ! もはや世界一の弟子だぞーっ!」


「いえあの修行も始めたばかりで、まだ何もできていないと思うんですよ!? ……いやまさか、お師匠さましか気づけない、何かが……にしたってさすがに、何もわからないで……えっ」


 その時、ふっ、と抱きしめていた力を緩めたレイミアが、その両手でエイトの両頬を包む。合わせた彼女の目は、慈しむようで、どこか切なそうに、細められていて。


「……あ、あの……お師匠さま……?」


 美貌の師が見せる儚くすらある表情に、ドギマギするしかないエイトへと。

 しんみりと――彼女が紡いだ言葉は。


「我が弟子……目がある、口がある……息をしている……なんて、なんてすごいのだ……なんて、尊いのだ……もはや世界の宝……否、世界そのものではないですか……」


「あまりにも性急かつ過剰すぎる称賛に、心がついていかないんですよ!? お師匠さま、本当にどうしちゃったんですか!?」


 困惑も最大に達しかけるエイトを、そこでようやくレイミアは解放し、穏やかな微笑と共に言葉を紡ぐ。


「ふっ、エイトくん……よくやりました。今日の修行は、ここまでです」


「俺ほとんど何もしてないのに、どんなことでも褒められたかと思いきや、何も分からぬまま修業が終わっちゃったんですけど!? お師匠さま……お師匠さまー!?」


 再三、呼ばわってくるエイトに、レイミアは(一方的に)穏やかな微笑で応え――陽射しを片手で遮りつつ、満足感と共に思い馳せる。


(これがツンデレ、か……ふっ、なるほど。なかなか大変だが……面白い《魔法》のようなものだな。そういえばツンデレには、割合なるものが大事とも書いてあったが……)


 ふむ、と今日の自らの行いに関し、レイミアが緻密な計算によって導き出した解答は。


「ツン9、デレ1……というところでしょうね。やれやれ、私もまだまだ未熟です」


「お師匠さま、全く意味不明の言葉を!? 俺が未熟だから分からないんですか、教えてくださいー!?」


 ツンデレが戦闘スタイルというならば、まあ弟子をかく乱することには、大いに成功しているようではある。

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