第27話 たぶん呪われた謎解きツアー

 エブリン伯爵のお屋敷は荘厳かつ威厳ある内装で、エントランスに入った私は吹き抜けの天井を見上げながら、ひたすら吐息をもらしてしまった。


「貴族のおうちってすごいですね……! めちゃくちゃ素敵です!」


 興奮気味に素直な感想をのべたところ、ヘクターさんはびっくりしたかのように目を見開く。それに気づいたグレンさんが、小さく笑った。


「ヘクター。彼を見て驚いただろうけれど、シエラ嬢に似ているだけの少年です」


 嘘です。でも中身は別人なので、グレンさんの嘘を許してください。

 ヘクターさんの表情から、疑うような険しさが微妙に消えた。あくまでもまだ微妙に……だけれども。


「……お部屋をご用意しておりますので、こちらへ。使用人がおりませんので、お荷物はのちほどわたくしがお運びします」

「いや、あとで自分たちで運ぶので、おかまいなく」

「さようでございますか。では、こちらへ」


 絨毯敷きの大階段をのぼりはじめた。


「お食事の用意は知人の料理人に頼んでありますので、ご安心を」

「ありがとう。助かります」


 すばらしいお屋敷だけれど、調度品には白い布がかけられて、壁にも絵画を飾っていたあとがある。


「絵があったんですか?」


 グレンさんに訊いたつもりだったのに、答えてくれたのは前を歩くヘクターさんだ。


「歴代のウッド家当主と、そのご家族。そして、あなたにとてもよく似ていらっしゃったシエラ様の肖像画がございました。しかし、こちらのお屋敷の主が不在となってから、すべて王宮の方々に燃やされました」

「ええっ!? なにも燃やさなくても……!」


 思わず叫ぶと、ヘクターさんが階段で立ち止まる。振り返ると私を見、グレンさんに視線を向けた。


「……彼は、本当に別人なのですね」

「ええ」


 中身だけですけれども。

 ヘクターさんはやっと安堵してくれたように表情を緩め、ふたたび階段をあがりはじめる。


「王宮の管理下にあるお屋敷ですが、勝手をわかっているわたくしに維持がまかされております。しかし、月に一度は王宮から財務担当の方がいらっしゃいます。こちらのお屋敷はビリンガム侯爵閣下の別邸になる予定だと、先日聞かされたところでございます」

「――えっ!」


 初耳だったらしく、グレンさんは珍しく声を荒らげる。


「それは本当ですか!?」

「本当でございます」


 びっくり。このお屋敷、あの圧強め夫人と旦那さんのものになるんだ!

 私は思わず疑問を口にした。


「じゃあ、この領地もビリンガム侯爵閣下に渡るのですか?」

「領地は依然、王宮の管理下だと聞いております。しかし、いずれそうなることが予想されます」


 廊下に立ったヘクターさんはこちらに向きなおり、哀しげに眉尻を下げた。


「わたくしの一族は、長くウッド家に仕えてまいりました。ビリンガム侯爵閣下の別邸になるとなれば、とうとうこのお屋敷からも去らなくてはならないでしょう。頭では理解しておりますが、なんとも遺恨の残る執事の終焉でございます」

「執事を辞めてしまうんですか?」


 私が訊くと、ヘクターさんは苦笑する。


「主であるバイロン様が罪に問われたのですから、わたくしも追放されて当然でした。しかしアシェラッド殿下の恩情で、バイロン様の罪とは関係がないと証明され、お屋敷の持ち主があらたに決まるまでという期間限定で、こちらの管理を任せていただけることになったのです。それだけでも、幸運だったと思っております」


 息をつき、続ける。


「わたくしは生涯、ウッド家の執事でありたいと思っております。ですから、このお屋敷がウッド家以外の方の手に渡るのであれば、そのときはわたくしも執事を辞めるつもりでおります」


 しん、とお屋敷が静まる。ヘクターさんは前を向き、廊下を歩きはじめた。


 ここは、ホームレスだった私――シエラさんの家。そう思いながらあちらこちらに視線を向けても、私に懐かしさの感情はない。でも、自分の家が他人の手に渡るのがどんな気分かは、貧乏だった私には想像できる。

 大好きだった中古の一軒家が競売にかけられて、着の身着のままでアパートに引っ越したときのことを思い出す。しばらくしてからふとその家を通り過ぎたとき、見知らぬ家族が暮らしていて、子どもながらにせつないやら寂しいやら、なんとも複雑な気持ちになった覚えがある。

 きっとシエラさんも伯爵も、あのときに味わった私の感情の何倍も悔しいに違いない。


「ヘクター。実は、俺はエブリン伯爵が誰かに罪をかぶせられたのではないかと考えているんです」


 振り向いたヘクターさんは、はっとしたように息をのむ。


「お手紙にあった、狩りを楽しみたいというご理由でいらしたのではないのですか?」

「ええ。伯爵の冤罪の証拠を探りに来たんです」


 ヘクターさんが固まる。と、感極まる涙を堪えるかのように、ぴんとした背筋でこぶしを握った。


「……さようでございましたか。わたくしも何度も探ってきたことですが、グレン様のお力が借りられるのであれば本当に心強いことでございます。バイロン様が生き返るわけではありませんが、ウッド家一族の国外追放は解かれ、名誉も挽回できるでしょう。それがわたくしの生涯の目標となっておりましたから、そのお仲間の登場には心が浮き立つ思いでございます……!」


 とうとう涙ぐみ、「失礼します」と告げるとハンカチを出し、上品に涙を押さえた。


「なんでもご協力いたしますから、なんなりとおっしゃってくださいませ」

「ありがとう。ヘクターならきっとそう言ってくれるだろうと思っていました」

「執事として咎められるかもしれませんが、シエラ様のことはしかたがないと思っております。しかし、バイロン様の名誉はなんとも取り返したいところなのです!」


 シエラさん、ヘクターさんにものすごく嫌われているっぽい……。味方になってくれるのだからカミングアウトしてもいいかな? って一瞬思いそうになったけれど、やっぱり隠しておいたほうがよさそうだ。


 ハンカチをポケットに戻したヘクターさんは、涙を引っこめたとたんに眉を寄せた。


「残念なお知らせなのですが、ビリンガム侯爵夫妻がラジナール公の別邸に滞在するとの情報を、村の牧師から得ております」


 グレンさんの顔色が変わった。ラジナール公って誰だろ?

 ヘクターさんが続ける。

 

「わたくしのもとにはまだ知らせがきておりませんが、侯爵夫妻はおそらくこのお屋敷にも顔を出すと思われます。それがいつになるかはわかりませんが、近日中であることはたしかでしょう」


 グレンさんが嘆息した。


「探るなら急いだほうがいいというわけですね」

「さようでございます」

「あの……ラジナール公って、どこのどなたでしょうか?」


 おずおずと質問すると、グレンさんが答えてくれた。


「エブリン領から北東、馬車で一日の先にラジナール領があります。ラジナール公爵はそこにお屋敷があり、領地の管理は下々に任せて、ご自分は夜会に明け暮れておられる。王宮に嫌気がさすと屋敷に戻り、取り巻きとともに遊び呆けている人物――」


 グレンさんは言葉をきり、険しい眼差しで私を見つめる。


「彼の名は、ラジナール公爵ウェイン王子」


 私は固まる。

 え…………えええええええ!?



* * *



 探索日程がさらに削られてしまった。

 急がないと、暴れん坊ことラジナール公爵ウェイン王子のお屋敷に滞在するビリンガム侯爵夫妻が、このお屋敷にいきなり来てしまう!


「……なんなら、ウェイン殿下までくっついて来る可能性すらありますよね?」

「十分、ありえます」

「なにかに呪われているような気がしてきました」

「俺もです」

「実は、五日もあればなにかしら余裕で発見できるはずだと思ってました」

「ええ」

「それが最終日が削られたあげく、この先いつ中断されるかわからない事態に突入してしまうとは……!」

「もう、一日も無駄にできません」


 馬車の中でのトキメキ☆ラヴ・ミッション的な雰囲気が削がれて若干さびし……いや、気が引きしまるってもんですよ!


 応接間に通された私とグレンさんは、大きなテーブルに荷物を広げた。

 私は、例の家紋の書物。グレンさんは、たくさん書き込まれた大判の紙とインク、ペンを置いた。

 紙の中心にはエブリン伯爵の名前があり、彼が断罪されるまでの経緯が時系列で整理されてあった。

 

「本当にいろいろ調べていたんですね」

「中断してずいぶん経ちます。王宮内ではできることがかぎられますから」


 エブリン伯バイロン・ウッド卿が断罪されたのは、二年前。

 かつて敵対国だった隣国の密偵としての証拠が見つかり、ビリンガム侯爵によって捕らえられて幽閉され、断罪された。

 伯爵は最後まで無実を訴えていたけれど、確固たる証拠があるせいで陛下の恩赦もかなわず、哀しい結末となってしまったのだった。

 グレンさんの記述を見て、私は驚いた。


「密偵の証拠って、このお屋敷で見つかったんですか?」

「ええ。その夜はアシェラッド殿下とシエラ嬢の婚約祝いという名目で晩餐会が催されており、陛下はもちろんのこと、ビリンガム侯爵夫妻や有力な貴族たちも招かれていました」


 グレンさんによれば、それ以前からエブリン伯爵の密偵疑惑がなぜか王宮でささやかれはじめていたと言う。


「貴族同士の足の引っ張りあいはよくあるので、根も葉もない噂が社交界で広まることもあります。とはいえ、エブリン伯爵にかぎってはありえないことでした。娘であるシエラ嬢がどうであれ、伯爵の人望は本当に厚いものでしたから」


 それでも噂は広がっていき、はじめは誰も信じなかったものの、やがて近衛騎士を統率しているビリンガム侯爵の耳にも入ってしまう。


「晩餐会当日、侯爵は自身の手下に屋敷を探らせて証拠を得ました」

「隣国産の珍しい懐中時計と、土地の所有契約書?」


 記述を指差す私に、グレンさんはうなずいて見せる。

 それが見つかったあと、伯爵は問い詰められ、その場で捕らえられたのだ。

 幸せの絶頂にあった、シエラさんの――目の前で。


「証拠はどこにあったんですか?」

「伯爵の書斎と聞いています」


 それを見つけたのは、ビリンガム侯爵の手下だ。


「手下って、もしかして騎士ですか?」


 厳しい顔つきで、グレンさんは言った。


「いいえ。ビリンガム侯爵夫人の侍女、マーゴット・カッセル夫人です」




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