第25話 晩餐会のご褒美は

 アシェラッド殿下に任命されたお世話係を避けるため、エブリン伯爵の汚名をすすぎ、私の本当の正体を――シエラさんであることをあきらかにしなくてはいけないはめになってしまった。

 しかも、早急に!


「あなたの身の上について話したかったのに、それどころじゃなくなってしまった」


 私をお世話係にしたくないと言ったグレンさんの真剣な面持ちを思い出し、若干胸がきゅん! ってなった気がしたものの、意識をラヴ方面に寄せてる暇はない。

 だって、私かつシエラさんの人生がかかってる事態になってしまったから!


「私の身の上なんて、そのうちにいくらでもしゃべりますよ。それよりもエブリン伯爵の汚名をどうやってすすぐかのほうが大事です」


 私は有能な探偵さながらあごに手を添え、グレンさんを見つめた。


「やる気にみなぎってますね」

「当然です。夢にでてきたシエラさんも伯爵の無実を訴えていましたし、私も気になっていた案件なのでいい機会です」

 

 とはいえ。


「だけど……伯爵が他国の密偵だった証拠があると、サイアム先生から聞きました。それが決定打になったのなら、もしかしてもしかすると本当に密偵だったかもしれない可能性もなくはないんですよね?」


 グレンさんが息をつく。


「ええ。でも――」


 私の目をまっすぐ見返した。


「俺はいまでも、エブリン伯爵を信じています。あのときはどうにもできず、あなたを――シエラ嬢を逃すことだけで精一杯で、伯爵の冤罪の証拠を見つけることは叶いませんでしたが」


 そう言って悔しげに視線を落とすと、右手をきつく握る。


「だからこそ、いま。俺はなんとしてでも彼の無罪を表明したい」


 ふたたび私を見つめると、


「それが、あなたを助けることにもなりますから」


 控えめに微笑んだ。ああ……胸がきゅんの上位互換、ぎゅんってなってきて困る!


「さ、さようでございますね……!」

「さっそくとりかかりたいところですが、残念ながらそろそろ晩餐の時間です」


 窓の外の陽射しがかげり、ここも暗くなってきた。


「伯爵の詳しい経緯については、晩餐が終わってから話します」

「わかりました」


 さまざまな事実をあらためて整理して追求していけば、きっとなにかがつかめるはず。

 グレンさんはそう言って立ち去る素振りを見せた……のだけれどもそうだった。ちょっと、一瞬だけ待ってください!


「あの、グレンさん! いきなりすみませんなんですけど、グレンさんの持ってる指輪はどなたからいただいたものなんですか?」

 

 グレンさんが瞳をまたたかせた。


「……これですか?」


 けげんそうに、衿元からネックレスの指輪を取り出す。


「はい、それです」

「これは、俺がヴォネガット男爵夫妻の養子に決まったとき、養護院の牧師から渡されたものです」


 教会に捨て置かれたかごの赤ちゃん。

 そのおくるみの衿の中に、ひと目で高価だとわかる指輪が縫い付けられてあるのを見つけた牧師さんは、落としたり誰かに盗まれたりすることを恐れて、いつかグレンさんが成長したときに渡すため、大切に保管していたのだそうだ。


「じゃあ、それはヴォネガット男爵から贈られたものじゃないんですね?」

「ええ。義父ちちからのものではありません。牧師が言うには、おそらく質に出回ったものを盗んだ庶民のものだろうとのことです」

「盗んだ?」


 グレンさんが苦笑する。


「正当に手に入れられる者が赤子を捨てるわけはないという、牧師の持論です」


 なるほど。


「捨て子を不憫に思った誰かが、密かに衿に隠したのだろうと牧師は話していました。そういうことはよくあるようです。なので、早めに金銭に替えたほうがいいと忠告されました。なんだか面倒で、いまだに指輪のまま持ち歩いていますが」

「てっきり、ものすごく大事なものだと思ってました。いや、お金に替えられるのだから大事ですけれども……」


 グレンさんが笑う。


「だから、あなたに差し上げることができたんですよ」

 

 私も思わずつられて笑った。


「納得しました」


 グレンという名も指輪にすでに彫られてあったので、牧師がそのまま赤ちゃんに名付け、その名が引き継がれて今日こんにちにいたったらしい。


「月桂樹が王族の家紋であることは知っています。しかし、この指輪のそれは形状が違いますし、よく見ればかなり古い。庶民の間では貴族の家紋を真似た装飾が流行るので、おそらく昔の富裕層が宝石商につくらせたものでしょう」


 それが質に入り、グレンさんの本当のご両親かご親戚か、その指輪を手に入れた誰かがせめてもの償いにおくるみの衿に隠した……と考えると、筋がとおる。

 うーん……筋がとおってしまうだけに、なにか残念だ。


「眉が下がってますよ。どうしたんですか」

「い、いえ……。実はこの本を見ていて、グレンさんの指輪に似ている家紋がいくつもあったので、もしかしてグレンさんのルーツって王宮ここなんじゃないかな的な妄想がありまして……!」


 グレンさんが鼻で笑う。


「まさか! あなたもエブリン伯爵と同じことを言うんですね」

「え?」


 盗難品疑惑のあるグレンさんの指輪を知っているのは、長い間牧師さんだけだったらしい。誰にも見せないようにと釘を刺されたこともあって、グレンさんは養父母となった男爵夫妻にも隠していたそうだ。

 でも、ほんの数年前。


「休暇でエブリン伯爵の領地に招かれたことがあり、一緒に狩りをしました。シエラ嬢はアシェラッド殿下の妃候補として王宮にいたこともあって、俺は伯爵とかなりいろんなことを気楽に話した覚えがあります」


 恩人との楽しいひとときに気が緩み、うっかり指輪を見せてしまったそうだ。

 だから、指輪を見たのは牧師さんに続き、伯爵が二人目ということになる。

 ふと、グレンさんが表情を険しくさせた。


「どうしたんですか」

「……伯爵は、友人のサイアム先生がいるここをよく訪れていました。その回数が、俺の指輪を見たあとから頻繁になったような……。いや、俺の気のせいかもしれない」


 そういうささいな記憶が大事なんですよ、グレンさん!


「グレンさんの気のせいかもしれないけれど、そうじゃないかもしれないです」


 興奮した私は、目を見張るグレンさんに近づいた。


「もしかするとエブリン伯爵も、グレンさんの指輪の家紋が気がかりで、ここにある書物で調べようとしていたのかもしれないです。たとえ、それが知ってはいけないことだとしても」

「知ってはいけない?」

「そうです。たとえば――」


 ――グレンさんのルーツが庶民じゃなく、やっぱり王宮ここにあるということとか!


「それで真相に近づきそうになって、それを知られると困る誰かの罠にはまり、断罪されたのかもですよ!?」


 グレンさんが固まった。と、窓の外が暗くなる。


「……とりあえず、晩餐会へ行きます。このままだと出席の機会を逃しそうだ」

「それがいいです」


 グレンさんは深く思案している面持ちで、背中を向けようとする。その寸前。


「決闘の勝者に与えられる褒美が思いつきました。数日休暇をいただき、エブリン伯爵の屋敷を徹底的に調べてみます」


 それはいいです、最高です! でも、私は王宮の日常ルーティンから抜け出せないので手伝えない。残念無念!


「ああ、私もお手伝いしたいのに……!」


 身悶えるいきおいで悔しがっていると、私を見つめるグレンさんはあっさり言った。


「もちろん、あなたの休暇も願い出ます」

「えっ!?」

「断られることはないので、遠出をするつもりでいてください」


 やった! この敷地外に出られるだけでもめちゃくちゃ嬉しすぎる!


「わ、わかりました! 一緒に伯爵の濡れ衣を晴らしましょう!」

「ええ」


 満面の笑みで告げると、グレンさんも微笑みで応えて第三書庫を立ち去った。

 暗がりの通路に立つ私は、興奮冷めやらぬまま分厚い書物を抱え持つ。そのとき、はたと思った。


 ちょっと待った。遠出……ということは。

 もしかしてもしかしなくても、私は休暇中の朝から夜まで二十四時間、グレンさんと二人ぼっち状態なのでは――!?

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