第34話 防音室とテレキャスター


「終わったあああああああああ!!!」


 とある日の夜。自宅で溜まりに溜まった宿題をやりきった私は雄叫びをあげた。

 大声で叫んだあと、そういえば夜も更けてしまっていたことに気が付き、一気に恥ずかしくなる。

 ご近所迷惑になって笑いものにされるのは勘弁だ。


 しかしなんとか大物を退治できたので、ちょっとストレス発散がてら何かしたい気持ちがある。

 こんな時間からカラオケに行くわけにもいかないので、私はギターを手に取る。


 すると妙案が浮かんだ。

 私は手に取ったギターを一旦スタンドに戻すと、自宅の一階にいる母親のもとへ向かう。

 母はテレビドラマを観ていて、そろそろ寝ようかというところだった。

 

「お母さん、防音室の鍵貸してくれる?」

「今から使うの? ……まあいいけど、防音室だからって大きな音出し過ぎちゃだめよ?」

「はーい」


 そうことわりを入れて、私は母から鍵を受け取った。


 実は私の自宅には防音室がある。とは言っても、バンドの練習スタジオに使うにはちょっと狭い。

 もとは母親がちょっとした音楽教室を開こうとして改造したものだ。しかし、その昔に母が体調を崩してしまったせいもあって、現在はあまり使われていない。

 今でこそ元気だが、当時は何度も入院を繰り返していて、転生した身とはいえ私もずっと母のことを心配していた。

 ……まあ、前世の母に一切親孝行しなかったことは、一旦目を瞑るとしよう。


「でも、深雪が音楽をやるようになって、お母さんとっても嬉しいわ」

「そ、そう? ロックバンドをやるなんて、親不孝な感じもするけど」

「そんなことないわよ? 私も音楽に生かされてきた人間だから、娘が音楽をやってくれるのはとても嬉しいの」


 前世で音楽をやり続けて親に感謝されたことなど一ミクロンもなかった私は、あまりにも今の母親とのスタンスの違いにギャップを感じて困惑してしまう。


 前世で色々あったおかげで私は高校二年生になるまで音楽を避けるように過ごしてきた。

 転生後の母親が音楽教室を開こうとすることを煙たがってしまう、面倒な娘だったと思う。

 

 だから雫ちゃんに出会って、Shizのことを知って音楽をやる気になったものの、いきなり「ギターが弾きたい!」なんて私が言い出したら母は困るのではないかとすら思っていた。


 でも現実はそうではなかった。むしろ快く受け入れてくれたし、何なら今私が使っている中古のテレキャスターも文句言わず買い与えてくれたのだ。

 

 そのとき私は、「恵まれているな」と感じた。

 世の中にはやりたいことが思うようにできない人達がいる。言ってみれば、この間までの雫ちゃんや来瑠々ちゃんがそうだ。前世で失敗したあとのシズカも、そうかもしれない。

 

 皆の幸せを願えるのであれば、やりたいことを自由にやれるようになるのがいいに決まっている。

 恵まれている私だからこんなことを言ってしまうのかもしれない。でも、それは持ってはいけない希望だろうか?


 うだうだ考えながら私は防音室の中に入った。

 テレキャスターを小さなギターアンプに繋ぎ、スイッチを入れてノブを回す。

 とりあえずEメジャーのコードを押さえてジャランと鳴らすと、それだけで気持ちがいい。ギラッとしたテレキャスターの音は、さっきまでの宿題のストレスを吹き飛ばしてしまう。


 少しアンプのボリュームを落として、手グセのフレーズを次から次へと弾いていく。

 ギターを買ってもらってすぐのころ、うっかり前世の感覚でガッツリ弾いてしまったことを思い出す。

 表向きは初めて弾くはずなのにどうしてそんなに弾けるのかと両親に問いただされて、閉口してしまった苦い思い出だ。

 

 その時は友達の家でこっそり弾いて練習していたとごまかした。今思うと苦しすぎる言い訳だ。未だにうちの両親は不思議に思っているかもしれない。


 ふと、防音室の中にあるアップライトピアノに視線を移す。

 

 グランドピアノを置くスペースはこの防音室にはないので、コンパクトに収まるアップライトピアノを母親は購入したらしい。

 しかし、結局のところピアノ教室が開催されることはなく、このピアノはほとんど使われていない。


 私が音楽を避けずにもう少し素直に生きていたら、ここで音楽教室を開く母親の姿があったのだろうか。

 そんなのはたらればだ。いくら考えても仕方がない。


 兎にも角にも、今は古川さんに代わるベーシスト候補を見つけなければならないのだ。さもなければ私の下手くそなベースでバンドサウンドを乱す日々が続いてしまう。


 校内だけでなく、外にも目を向けて見ていいかもしれない。行きつけの楽器屋さんにメンバー募集のチラシでも貼らせてもらおうか。

 

 しかし、前世でも散々経験したが、あのメンバー募集のチラシで上手くメンバーが集まったためしが無い。

 

 とある地方出身の伝説バンドは、それでメンバーを集め、デモテープを送ってすぐにデビューが決まるなんていう漫画みたいなシンデレラエピソードを持っていたりするが、私たちに限ってそんなことはない。

 地道にやるのが結局のところ一番の近道だ。前世で学んだ数少ないことの一つである。


 弾き込んでいるうちに小一時間が経った。

 そろそろ寝ないと明日もまた睡眠学習をするはめになってしまうので、私は後片付けをして防音室を出た。



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