第33話 生徒会と色分けリスト ◇希空

 その日の放課後、私はいつもの通り生徒会室で会議に参加していた。

 今日の議題は、増えすぎてしまった部活の処遇についてだ。


 この学校は部活の設立基準がゆるい。三名以上の部員と公序良俗に反していない活動目的、それと顧問の先生の署名があれば簡単に設立ができる。

 学校の方針でいろいろな活動を通して学生生活を豊かなものにしてもらいたいということもあり、大小さまざまな部活が存在している。


 しかし昨今、部活の数が増えすぎているという問題が生じている。部室棟の部屋不足や、部活動に配布される予算が圧迫されてきたりと、「学生生活を豊かにする」という根本的な目的が揺るがされようとしていた。

 そういうわけで、その対策をどうしようかと生徒会で議論をしている最中である。


「――そういうわけで、我が校は一度部活動の見直しをするべきだと思う。似たような活動をしている部活を統合したり、活動実績のない部活を廃止したり、抜本的な改革が必要だ」


 生徒会長が声高にそう言うと、役員の皆も同感だと首を縦に振り始めた。私も概ね同意ではあるけれども、少し懸念している点があるので控えめに頷く。


 すると、生徒会長は何かを印刷した紙を皆へ配り始めた。

 受け取ったその紙には、この学校のすべての部活が記載されたリストと、何らかのカテゴライズで部活ごとに色がつけられていた。


「今配ったのは見ての通り部活動のリストだ。私の方で予め全部活を調べておいた。そのリストの中で黄色に塗られた部活は似たような部活と『統合』すべきもの。赤色に塗られた部活はまともな活動実績がないので『廃止』すべきもの。そういうふうに色分けしてある」


 カテゴライズの意味を理解した私はすぐにとある部活の名前を探した。

 もちろんそれは、ワンダーフォーゲル部の名前。

 人数こそなんとか満たされているし、マグワイアさんがそれなりに活動実績報告書を提出してきてはいるけれども、まともな活動があるかと言われれば答えはノーだ。しかも、先日の中村さんの件もあって部活としての立ち位置はあまりよろしくない。


 リストをじっくり眺めながらワンダーフォーゲル部の文字を探す。途中であいうえお順に並んでいることに気がついた私は、リストの下の方に視線を移した。

 おそるおそる文字列を追う。やっと見つけた。どうか赤マーキングだけはされていないでほしい、黄色であればまだ救いがある。


 そう願いながら確認する。しかし、私の僅かな希望は届かなかった。

 リストにあった「ワンダーフォーゲル部」の文字には、赤でマーキングされている。つまり、廃止すべきだと生徒会にはマークされているのだ。

 

 せっかく活動場所を手に入れた雫たちは、また居場所を失うことになる。この赤マーキングはそういう意味でとても重い色だ。


「それで、このリストの中の赤でマーキングされた部活をまず廃止していく必要があるが、その役目を古川、お前に頼みたい」

「わ、私ですかっ……!?」

「ああ、お前ならきちんと仕事をやってのけてくれるだろうしな。他のみんなはそれでいいか?」

「異議なーし」「いい人選ですね」「古川さんなら間違いない」


 生徒会室の中は会長に賛同する意見で溢れた。誰もこの方針に反対する人はいない。


 神様はひどいことをする。


 自分のせいで苦労を掛けてしまった幼馴染の雫。彼女がやっとのことで手に入れた居場所を、私は奪わなければならないのだ。

 できればそんなことはしたくないのが本音。だがしかし、これは生徒会長から名指しで依頼された仕事だ。断ったらどうなるだろうか。


 そんなの考えるまでもない。古川希空の評価は落ちる。ただ個人としての評価が落ちるだけならいい。でも、私の評価が落ちるということは、すなわち特待を外されるということになる。

 

 うちはそこまで裕福ではない。私が特待であることで、多少家計に余裕が出来ている。

 最近、上の妹がピアノを習ってみたいと言っていた。姉として、妹のやりたいことは叶えてあげたいという気持ちがある。

 でもここで特待を外されてみたらどうなるだろうか。家計は厳しくなり、妹が習い事をする余裕などなくなってしまう。

 私がアルバイトをするという手もある。けれども、妹たちの面倒を見なければいけないので長時間働くのは無理だ。


 幼馴染を裏切って家族をとるか、それとも幼馴染のために妹の願いを切り捨てるか。

 極端に言えばそういう二者択一を私は迫られていた。


 いや、「択一」なんて問題じゃない。すでに私が取らなければいけない選択肢は決まっている。

 どうあがいても、こうするしかないのだ。


「……わかりました。リストアップされた全部の部活、私が潰します」

「頼んだぞ、古川」


 ごめんなさい雫、私はひどい人間です。

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