傷モノ令嬢、過去に思いをはせる
王や各貴族の当主たちは、つつがなく家督を次代に渡すことが重要である。
つまり家の力を最低でも現状維持すること。
そして優れた後継者を生み、育てること。
家の力を維持しながら優れた後継者を得るために、彼らは権力や資金のある家の優秀な令嬢を娶る。
力のある侯爵家で資産はあり、健全な領政で資産運用も上手な当主。
ルシール・カールトンは女児として生まれた時点で好物件だった。
そして王家はルシールを求めた。
フレデリックが王家の次代と認められるには後ろ盾と本人の能力が足りず、その足りない部分を埋めるために最適なのがルシールだった。
王家の嫁の教育はもともと厳しい。
それは当然、王族として不適切となれば勘当だけですまされず、禍根を残さないために首と胴がお別れすることがあるからだ。
自分の命を守るためにもルシールは厳しい教育に耐えた。
しかし、フレデリックに足りない能力を補う必要があったことで、他よりもさらに厳しい教育を受けていた点については納得できないことだってあった。
ルシールだって、ずっと蔑ろにされてきて、最後にこんなに虚仮にされたのだ。
フレデリックとの婚約を維持しようという熱意はもうない。
だけど今後もこの国で生きる一貴族として聞かなければならない。
努力する意思さえないフレデリックの足りないものを埋めなければいけないこと。
場合によっては、すでに家柄の時点でかなりその未来が濃厚だが、フレデリックと共に追放される可能性があること。
このことを本当に理解しているのか。
その覚悟をしてやってきた苦労を知る自分だから、その大変さを代わってもらう身として聞いておく義務さえあると思った。
「私が男爵令嬢だからって……ひどい。ひどいですわぁ、フレディ様ぁ」
覚悟を問う質問だったが、ティファニーには違うようにとられた。
そしてひどいとフレデリックにすがる。
王子妃どころか貴族として立つ様子さえ見えない。
(これでは、ティティス男爵も本当に苦労したでしょうね)
王城で何度か一緒に仕事をした文官を思い出し、ルシールは男爵に心底同情した。
***
ティファニーはいまは『サフィア男爵令嬢』だが、この学院に入学した時点では貴族の血をもっている庶民だった。
ティファニーはティティス男爵の弟と庶民の女性の間に生まれた娘。
ティファニーの父親は貴族であることを捨てて母親と結婚し、庶民として生活していたためティファニーは自分に貴族の血が流れていることを知らないまま育った。
ティファニーの人生が変わったのは十四歳のとき。
流行り病にかかった母親が死ぬ間際に「ティファニーの父親はティティス男爵家の者、貴族である」と言った。
それを聞いた人情家の医者は、一人残されるティファニーを不憫に思ってティティス男爵家にティファニーを連れていった。
連れて来られたほう、ティティス男爵家は心底困った。
ティファニーの父親はすでに亡くなっている上に、ティティス男爵家は代変わりしていた。
祖父である先代男爵なら『直系の貴族』として迎え入れれたが、その息子でティファニーの父親の兄にあたる現当主が継いだ時点で彼女は『傍系の庶民』だったからだ。
ただティファニーは運が良かった。
困りはしたものの生来ティティス男爵は人情家であり、彼の妻や子どもたちもよくできた人たちだったので「うちで生活させるくらいならいいのでは?」とティファニーを受け入れた。
ティティス男爵や彼の二人の息子は城で文官として働いており、庶民の子ひとりくらいは育てる経済的な余裕もあったのだ。
しかし、彼らはすぐに後悔することとなる。
ティファニーは「今日からうちに住むといい」という男爵の言葉を都合よく解釈し、自分は貴族だと勘違いして『貴族令嬢』のように振舞った。
ティファニーは庶民である男爵家の使用人に対して威圧的に振舞った。
そしてきれいなドレスが欲しい、すてきな宝石が欲しいと男爵に強請った。
ティティス男爵は優しい性格だが我が儘を許容する人物ではなく、ティファニーに使用人への態度を改めるように言い、ドレスや宝石といったティファニーの要求を受けいれなかった。
男爵一家は早々にティファニーと一緒に生活していくのは無理だと悟った、
しかし、一度引き取った以上は直ぐに追い出すのも外聞が悪過ぎると思い、ティファニーを学院に入学させて寮に入れてしまうことにした。
貴族でないティファニーはそれなりの学力で入学することはできる。
男爵はティファニーを王立学院に行かせるために教師をつけた。
簡単な内容だから専門の教師ではなく、付き合いのある商家の娘をティファニーの家庭教師としたのがよくなかった。
家庭教師の彼女は勉強に前向きではないティファニーにやる気を出させるため、「同じ年に王子様が入学するから、もしかしたら玉の輿にのれるかもしれませんよ」と言った。
彼女だって本気だったわけではない。
女の子なら誰でも憧れるシンデレラストーリー、ちょっと夢見るくらいいいだろうという気持ちだった。
しかし、この言葉がティファニーに火をつけた。
ティファニーは男爵が驚くほど積極的に勉強し、無事に学院入学を果たした。
大手を振って男爵家を出ていくティファニーを安堵の気持ちで見送った男爵だったが、その平穏も長くは続かなかった。
ティファニーが学院に入学して三ヶ月後、男爵のもとにある貴族から手紙が届いた。
付き合いのない家からの突然の手紙。
首を傾げて封を開けると、中にはティファニーが娘の婚約者にちょっかいを出して困っていると書かれていた。
信じられない思いだったが、相手は格上の子爵家だったため行動しなければいけなかった。
学院に行って男爵がティファニーを問い詰めると「お友だちなのに何がいけないの?」とティファニーは首を傾げた。
この何も理解できていない態度に男爵は説得は無理だと悟る。
それと同時に、ティファニーは絶対に大きなことをやらかすと予感した。
そして彼がティファニーを切り捨てようとした。
そしてどうやって穏便に縁を切ろうか悩んでいたとき、サフィア男爵がティティス邸を訪ねてきて「ティファニーを養女として迎えたい」と言った。
渡りに船とばかりに、ティティス男爵はその話を受けいれた。
一方で、サフィア男爵はどうしてティファニーを養女としたか。
サフィア男爵には政略の駒となる子どもがおらず、最近高位貴族の令息たちの間で評判になっているティファニーに目をつけたのではないかとルシールは思っている。
サフィア男爵がティファニーを「養女に」と願い出たころ、ティファニーはフレデリックの級友の男と仲良くしていた。
それを知って「もしかして」を期待したのではないか、と。
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