謎の激痛

 午前四時。

 右肩から首にかけての鋭い痛みで目が覚めた。起きようとしても痛すぎて力が抜けてしまい、頭を持ち上げられない。ぎっくり腰の首バージョンみたいな状態になっていた。ぎっくり腰になったことがないからイメージだけれど。

 ひとり天井をながめ続け、朝が来れば、ゆっくりと慎重に動いて、どうにかこうにか整形外科にたどり着いた。中学生の頃、部活の剣道で足を傷めた際に通院していた信頼できるクリニックである。


 診察では、「すごく痛いんです!夜も目が覚めたんです」「でも昨日まではこんなんじゃなくて」「激しい運動をしたとかでもなく急に……」と不安に任せて、かなりいっぱい喋った。助けてください、と。先生はウンウンと聞いてくれた。触診とレントゲン撮影を受けて、あとは待合室でそわそわと結果を待つ。

 再び呼ばれて診察室に入ったとき、先生の机の上のプリントが目についた。さっきまでは無かったものだ。「肩こり」と大きく書かれ、詳細な図解付きで肩こりの原因や予防ストレッチが描かれていた。

 私のものじゃありませんように、と思う。

 あんなにワーワーと窮状を訴えた手前、診断結果が肩こりというのはなんか恥ずかしい。重すぎず、軽すぎず、「ちょっと傷めちゃってるね。でも湿布を貼って一日安静にしていれば治ります」くらいだとよい。

 そんなことを思っていると、先生はレントゲン写真をモニターに映し出し、「これ、わかる?」と指差した。私の首を横から撮ったものだった。

「1、2、3……」上から首の骨を数える先生。「……7。首の骨って7本なんです。でも、ほら、ここ」私のレントゲン写真は8本目の骨が少しだけ映っていた。

「これは背骨なんです。横から撮った時に首の骨だけじゃなく、背骨も写るっていうのは、なで肩の特徴なの。君はなで肩」

 なで肩認定。宣告される今の今までそんな自覚はなかった。へぇ、と思っていると先生は「そして、なで肩は肩こりの原因の一つでもある」と、さっきのプリントを私の前に滑らせた。

 ぐっ。私のための資料だったか。

 そのあとは、資料と肩の模型を用いて、肩こりが一体どういうものなのかをめちゃくちゃ丁寧に説明してもらった。少し恥ずかしい。しかし、この患者の不安を取り除いてみせるぞ、という意志を感じ、やはりこの先生は信用できる。

 説明が終わると「痛み止めと湿布は出しとくけど、どうする?コルセットもつけてみる?」と言われ、「いやぁ、肩こりの分際で流石にそこまでは……」と恥じらっていると看護師さんがコルセットを持ってきて私の首に巻いた。

 装着してみると思いのほか楽で、それを伝えると、じゃあコルセットも出しておきますとのことだ。着脱方法もレクチャーしてもらった。家に帰ったら着けて過ごしてみよう。

 ありがとうございましたと、診察室を出る前にコルセットを外そうとしたら看護師さんに「えっ、あ、外す?」に言われ「え、どうですか?(つけたまま外を歩いても変じゃないですか?)」と訊いた。なにぶん、コルセット経験が無いから、いちいち意見を訊くほかない。

「まあ、あんまり目立たないんじゃない?」とのことなので素直に着けて帰ることにした。


 処方箋を持ってその足で病院近くの調剤薬局へ。

 薬剤師さんに処方箋を渡すと、中学生の時のデータが出てきたのだろう、パソコンをカタカタとやりながら「きみ、むかし来たことあるね」と言われた。「今回出す湿布は、きみが昔使ってたのと同じやつだよ」

 まさか中学生のとき足に貼っていたやつを首に貼る日がくるとはという感じだ。

 冬は寒く、夏は暑く、そして通年で痛い剣道が嫌いだった。市大会で3位という割と好成績を修めたこともあるのだけど、それでもいまいち好きになれなないまま3年間やっていた。痛すぎるから。本当に。


 薬と湿布を手に帰る道すがら、窓ガラスに映った自分を見るとめちゃくちゃコルセットが目立っていて、看護師さん! と思った。



 帰ってからお昼ごはんを食べて薬を飲んだら痛みがなくなったので、コルセットも外して床の掃除をした。鎮痛剤が効いているうちに体を動かしまくって血行を促進し治す狙いである。この作戦はうまくいったようで、夜には首の痛みは解消された。

診察で「普段はどんな体勢で寝てる?」と訊かれたときに「いつもうつ伏せです」と答えたら「えっ!うつ伏せで寝てるの!?」と少し笑われたのだけど、みんなはどんな体勢で寝ているのだろう。

 うつ伏せ派は少ないのだろうかと考えながら、今日も今日とて、うつ伏せになって寝た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る