ドラゴン嫁はかまってほしい【特別短編集・掌編集】

初美陽一

短編1:ドラゴン嫁の誤解とすれ違い――暗殺兎さんはなぜ○○つくってきたのだろうか?(登場:勇海・エイミ・ミミ)

 早朝、《金竜》の亜人たるエイミは、教室の自席に座りながら――学園で唯一の人間である、由緒正しき許嫁の結城勇海を静かに見守っていた。


(さて……普段は騒がしい私だが、イサミの〝ドラゴン嫁〟として、貞淑な姿も見せねばな。聖母の如く温かな私の眼差しに、イサミも安心するはずだ……!)


「……あ、あの、エイミ? 何でさっきから、俺を凝視してくるんだ? 何かもう、落ち着かなくて仕方ないんだけど……」


 何やら勇海はそわそわしているが、エイミはご満悦の様子である。

 勇海をただ見つめ続けるだけの、けれどエイミにしてみれば幸せな時間を、暫し噛みしめていた。


 が、その時、銀髪のウサ耳娘……キラー=ラビットの亜人たるミミが、勇海に語りかけて。


「ね、ねえ、イサミさん。……ちょっと、イイかしら?」


「ん? ミミ……どうかしたのか?」


「ええ……ワタシ、ね。その……じ、実は」


(む、ミミか。いつもの私なら、ここでつい話に割り込んじゃうかもしれないが……今日は違う。落ち着いて旦那を見守る事も、嫁の務めだからな……ふふっ)


 今のエイミは、余裕に満ち溢れていた。今なら、たとえ槍が降ろうと隕石が落ちてこようと、動じない自信がある。

 そう、たとえミミが、勇海に何を言ったとしても――


「パンつくったの」


(パッパパパンツ食ったの!?)


 それは地上最強と名高き《金竜》の亜人、エイミ=ドラコ=エクリシアを以てしても、戦慄を隠せぬ恐るべき発言だった。『パンツは食べるものではない』と、そのような常識を口にする事さえ、賢しらで滑稽に思えてしまう。


 しかしミミは、なぜわざわざ勇海に、そのような告白をしたのか。

 その必然性を推測したエイミは、恐るべき結論に辿り着く。


(ミミがミミ自身のパンツを食ったなら……いや、それも充分に異常事態だが、しかしわざわざイサミに申告する必要は無い。なのにイサミに言った、という事は……食ったのは、即ちイサミのパンツ! まさに変態の所業、変態の告白! 恐らく盗んだのだろうが、イサミを想うあまりパンツに手を出すとは……ちょっと分かるが!)


 ちなみにここまで、約0.1秒。地上最強の種族金竜の亜人たるエイミだからこそ、成し得た思考速度と呼べよう。

 さて、ミミの度を超した変態発言に対し、勇海の反応やいかに――!?


「おっ、そうなんだ。すごいな!」

(おっ、そうなんだ。……ってそんな軽い反応でいいのー!? いや確かにある意味すごいけど、パンツ食ったとかちょっとした事件じゃないの!?)


「う、うん。その、自分で言うのも何だケド……とっても、おいしかったわ」

(本当に自分で言うのも何だよな!? あなたのパンツおいしかったわ、なんて言われた側はどんな気持ちで受け止めればいいんだ!?)


 もはやエイミは、二人の恐るべき対話に割り込む事も出来ず、固唾を呑んで見守るしかない。だが、次に飛び出したミミの発言は、更なる衝撃を生み出した。


「それで、ワタシの、食べてほしくて……イサミさんにも、作ってきたの」

(は。食べて、って……は!? ミミのを!? 何それ趣味の共有!? そもそもミミのを作るって何!? 履いたりしたら……って事!? ていうかイサミが食べる訳ないだろ!)


「ホントか? パンつくったって聞いた時から、実は気になっててさ……俺も食べてみたかったし、嬉しいよ!」

(イサミが……イサミが私の知らないイサミになっていく! 新しい世界の扉を開いちゃう! いかないで、イサミぃ!)


「そ、そう? ……ふふっ、たくさん作ったから……遠慮しないで、ね?」

(たくさん作るってどうやって!? 重ね履きとか、そういう事なのか!?)


 エイミの眼前で、未知なる世界のトークが繰り広げられている。

 明らかに尋常では無く、のっぴきならない状況だ。けれどミミは、まるで朝食でも差し出すような自然さで、〝それ〟を取り出した。


 そう、〝それ〟は――〝何か〟を包んだ、大きな純白の布。


(えっ? アレは……あっ! ……ま、まさか)


 そこでようやく、エイミは気付いた。ここまでの会話から得た情報、ミミが作ってきたモノ、それを包んだ布。

 これらから、エイミは正しい答えを導き出した――!


(あの布が……ミミの、パンツか……)


 間違いない。そう、間違いない。エイミは今、完全なる確信を得た。何やらミミには少し大きすぎる気もするが、まあ色んな種類がある、という事だろう。きっと。


 さすがの変態ウサ耳娘も恥ずかしいのか、真っ白な頬が軽く上気していた。いや、上気というのなら、布の隙間から、何やら蒸気のようなものが立っている。


「その、今朝、作ったばかりだし……まだ、温かいと思うわ」

(なるほど、脱ぎ立てホカホカという事か……大きなパンツで、重ね履きしていた別のパンツも包む……つまり……パンツマトリョーシカ、という事だな)


 全てを確信した今のエイミは、自分でも驚くほどの推理力を発揮している。


 そして勇海は、とうとう手を伸ばした。ミミの差し出す、その禁断の果実、禁断の柔布に。あとほんの数センチで、手が届こうとする、その寸前。


「い、イサミっ――ちょっと待って!?」


「え? エイミ……どうしたんだ、急に大声出して」


 ただただ圧倒されっ放しだったエイミだが、今この時、ついに立ち上がった。


 そう、《金竜》は地上最強の種族――《金竜》を最強たらしめてきたのは、戦いの歴史。たとえ専門外の戦場といえど、戦わずして逃げ出すなど、有り得ないのだ。

 戦いの覚悟を決めたエイミに、対する勇海はといえば、呑気な声を発してくる。


「あっ、もしかしてエイミも食べたいのか? だよな、いい匂いしてるもんな」


「ににニオイ!? やっぱりそういうのも大事な要素なのか!?」


「えっ、まあ、食欲そそると思うけど……それで、エイミも食べるのか?」


「い、いや……そういうのは、経験ないし……どうせなら、イサミのを食べさせて欲しいっていうかぁ……」


「俺の? う、うーん、上手く作れるかな……あんまり自信ないんだけど」


 困り顔の勇海だが、エイミにもその気持ちは分かる。エイミとて、自信を持って『パンツ食って』などとは言えないだろうから。

 しかし今の、戦いに臨まんとする《金竜》の娘エイミは、違う。その道の専門家であろうミミが相手でも、決して引くわけにはいかない(ミミは「?」と首を傾げているが)。


「イサミっ。わ、私も……お願いがある、っていうか、そのぅ……」


「どうしたんだ? 何か……やけに緊張してるみたいだけど」


「う、うう。し、仕方ないじゃないか……え、えっと……えっと、ね?」


「? ??」


「っ……あ、あの……そのっ!」


 エイミは、言った――きょとん、と首を傾げる勇海へと、叫ぶように、言った。


「わ、私のもっ――食べて欲しいんだっ!」


 言葉を放ったエイミの鼓動が、けたたましく早鐘を打つ。自身の顔が熱くなるのを実感するエイミに、勇海は首を傾げたまま尋ねた。


「え? あれ……まさか、エイミも作ってきてくれてたのか?」


「ど、どうなんだろう。うまく出来てるのかとかは、私には心の底から良く分からないけど……い、イサミへの気持ちは、こもってると思うっ」


「! そっか……うん、わかった。エイミのも、食べさせてほしい。ちゃんと残さずに食べるから、安心してくれ!」


「い、イサミ……うん、ありがとっ! それじゃ、ちょっと待ってね……よっ、と」


「ああ! ……ところでエイミ、どこに持ってるんだ? ……あれ? 何でスカートに手を突っ込んで……エイミ? エイミさん?」


 待ちきれないのだろうか、何度も呼びかけてくる勇海に、エイミは慈母の如く微笑みかけた。そして……そして、エイミは。


 ――己が聖域を守りし、禁断の赤き柔布(今日の気分)を、脱ぎ去ろうと――!


「ちょちょちょちょっと待ったエイミ!? 何をしようとしてるんだ!?」


「なっ……なぜ止めるんだ、イサミ!? ま、まさか……私のなんて、やっぱり食べたくないと……」


「いや俺に何を食べさせようとしてるんだ!? だって今、脱ごうとしてるのは……ん? パン……つくって……ん?」


 何かに気付きかけた勇海に――ハッ、とこちらも何かを察したミミが述べたのは。


「! イサミさん、まさか……ワタシも脱いで渡したほうが、イイの……?」


「ミミまで何を言い出すかな!? ち、違うって、だから……何やらその、どえらいすれ違いが生まれてる、っていうか……」


 どう説明すべきか、と言いあぐねている様子の勇海だが、エイミはエイミでミミの発言に戦慄していた。


「更に作成中、だと……さすがは職人、とでも言うべきか。だが履くのなど当たり前の事、ならば誰しもが職人に成り得るはず……負けないぞ、ミミ!」

「何の職人なんだエイミ!? だからミミは、パンつくってきたって――いや違う! それは誤解だから、脱ごうとしちゃダメだって――」


「よく分からないケド……イサミさんへの気持ちがこもってる、というなら、負ける気はないわ。っ、恥ずかしい、ケド……わ、ワタシも……」

「違うぞミミー!? ミミまで脱ごうとしちゃダメだってー!?」


 なぜか、本当になぜか、ひたすらに禁断を解き放とうとしてくる、《金竜》の娘たるエイミと、《暗殺兎》の娘たるミミ。

 そんな亜人ちゃん達を制しながら――勇海が叫ぶのは。


「パンつくってきたって話だけで……何でこんな騒ぎになっちゃうんだ~!?」


 早朝の教室に、尤もすぎる言葉が響いたのだった。


 ………………。


 ちなみにその後、無事に誤解は解け、エイミは恥ずかしさのあまり《金炎》を吐いたが――

 その形はどことなくパンツの形をしていたとか、そうでもなかったとか何とか。

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