赤い掌

風崎時亜

窓に付いた赤い手形

 凄惨な殺人事件が起きたのは、静かな住宅街の中にある小さなマンションの一室だった。

 そこに住む若い女性に別れ話を持ち掛けられた男性が、口論の末に女性を刺し殺してしまったのだ。

 当時は大きく報道されたので、近所に住む人々はとても怖がっていた。

 特に何度も執拗に刺された女性が絶命するまで必死に逃げ回り、最後の一突きの時に断末魔の叫びを上げて窓に縋り付いた際に付いた、真っ赤な血の手形の画像がニュースで流れた時には当時の多くの人々を震撼させた。


 女性を刺した男性は程なく捕まり、留置所に送られた。

 彼女が住んでいた物件は賃貸だったので、事故物件となり家族は多大な修繕費用を支払わされる事になってしまった。

 娘を殺した男性は家族と縁を切られていたのか親族と連絡が付かず、全ての賠償は被害者側の家族に回ってきた。


 亡くなった女性の母親は捜査が終わって解放された娘の部屋に足を踏み入れると、狂った様に泣き叫んだ。

 そして窓に付いた血の手形に自分の手を重ね合わせて犯人への憎しみの心を増大させた。


「…許さない。犯人め。犯人を生かしている全ての人間も!」

 彼女はそう叫んで手形から手を離すと自分の両手をこめかみに当て、そのままギリギリと爪を立てて頬まで引っ掻いた。


 同じく悲しみと憎しみを共有していた夫が側にいたのだが、頬を血だらけにした妻の様子に驚き、抱き支えて宥めて家へと連れ帰った。

 けれども彼女はショックが大きかったのか、その日の内に亡くなってしまったのである。

 亡くなる瞬間の彼女は目を見開き空を睨み、両手を掲げて握り締めるという、まさに憎しみを体現したかの様な死に際だったそうだ。

 

 後にそのマンションの部屋にはフルリフォームが実施された。しかし、窓に付いた血の手形は何度拭いても落ちなかったので、窓ガラスごと交換となった。

 その窓は廃棄物処理場へと運ばれ、焼却処分となったのだが、焼却炉の焼き跡を担当者が確認してみると、灰の中に赤い掌の形の何かが燃え残っていた。

 気味悪く思った担当者だったが、メンテナンスの掃除の為に仕方なくその掌を火ばさみでそっと摘み上げた。すると、それは音もなく赤い灰となって崩れて行った。


 同じ頃、女性を殺害した男性が留置所内で何者かに襲われていた。

 職員が男性を小部屋に通し、注意深く調書を取っている時にその事件は起きた。

 彼らの目の前で、男性の首に突然赤い掌の跡が現れたのだ。その掌は次第に男性の首を締め付けて行った。

 周囲の人が慌てて首元を何とかしようとしたのだが、跡以外には何もなく、どうしようもない。

 職員が手をこまねいて見ている間に男性は泡を吹いて絶命してしまった。掌の跡はその後も止まる事はなく、まるでそこにだけ重力が掛かったかの様に男性の首に食い込み、その形に穴を開けた。


 その後その場にいた職員達の悲鳴が数回続き、やがて静かになった。

 何時間経っても担当部署に戻って来ない同僚達の事を不審に思った他の職員が部屋を見てみると、そこにいた犯人と数名の職員が絶命し重なりあって倒れている悲惨な光景が目に映った。

 職員は皆、逃げようとしたのか出入り口に向かって倒れている。

 彼らの身体のそこかしこにはまるで掌の形を押されたかの様な突き抜けた穴が空いており、犯人以外の全員の死因は出血過多と診断された。


 部屋で回っていた監視カメラを確認しても、職員が怯えて逃げつつ身体から血を吹き出して次々と倒れる姿しか映っておらず、誰がどんな方法で殺害したのか全く見当が付かなかった。


 カメラの画像は部屋に唯一あった窓に、最後の被害者が真っ赤に血の付いた手を付け開けようとしつつ崩れ落ちて行く様子を映した所で途切れていたという。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

赤い掌 風崎時亜 @Toaka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ