第11話花鳥風月-花の章~「紫陽花」

「宝君、鉢植えの紫陽花を買ってきたんだけど……」



 蒸し暑いなか、隣り町まで買い物に出掛けていた養母-縹扇ハナダオオギは、入れ替わりにこれから出掛けようと、靴紐を結んでいた宝に、何処か遠慮そうに口を開いた。


「紫陽花?」


 そう小さく呟いて、彼は扇の胸に優しく抱かれている、大きな鉢植えに何気なく視線を移す。


 そこには、梅雨の季節に見合うと言っても過言ではない程の、青くて綺麗な額紫陽花と呼ばれる花が、これ見よがしに咲き誇っていた。


「綺麗だのう……」


“真っ青ではないか!”と驚きのマナコでそう言った宝は

「しかし、何故紫陽花を買ってきたのです?」

と、直ぐに沸いた疑問をぶつける。


「それは……」


 扇は落ちそうになる黒のプラスチック製の鉢を抱え直しながら、一瞬言葉を言いあぐねた。


 だが直ぐに笑顔を浮かべ

「今日は大切な日だからよ」

と、目を細めて答える。


「大切な日?」


“”何か記念日などありましたか?”と、いつまでも微笑みを絶やさないでいる扇に、訝し気に訊ねる宝。


 これ以上この話に付き合っていたら、遊びの時間がなくなってしまうと考えたのであろう。


「あら、忘れちゃった?」

「忘れた?」

「今日はあなたの名前が“呂望(リョボウ)”から、“宝”とに変わった日よ」

「!」


 宝は嬉しそうな表情の彼女の口から出た言葉を聞いて、思わず目を見開いた。


「……早いのう、ここへ住み始めてもう一年が経つのか」


 宝は思い出したと言わんばかりに、感慨深くそう言って、来た時の状況を思い出す。


 今から丁度1年前の梅雨コノ時、過労の為にへたりこんだ彼を助け、こうして部屋まで貸してくれたのは、他ならぬ目に前に立っている扇、そして仕事で出掛けている剣であった。


 その彼等が、今再び自分の為に再び祝ってくれるとは露にも思わず……


 宝は嬉しさのあまり言葉が上手く出なくなり、唯唯タダタダ誇らしげに咲く青く綺麗な紫陽花を見つめた。


令和3(2021)年7月16日15:40~16:03作成


Mのお題

令和3(2021)年7月17日

「花鳥風月」






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