第3話 さまざまな世界情勢

 アクアフリーズ国が前回チャーリア国に先制攻撃を加えた時期とほぼ同時期、他の地域でも戦争が勃発していた。その戦争は独立戦争だったのだが、その国も他国から独立を炊きたてられる形でなし崩し的に戦争に突入していた。

 もちろん、戦争のシュミレーションは入念に行われてはいたが、いかんせん、自分たちが乗り気だった戦争ではないので、どうしても予期せぬ出来事まで予測することは不可能だった。

 戦争はある程度一方的なものだった。攻め込まれた方は、ほとんど戦争の準備もしていなかったので、防衛線は簡単に突破され、相手に国内への侵入を許してしまい、国内は混乱した。

「いったいどういうことなんだ?」

 と、政府首脳は軍部に説明を求める。

「軍部が国境付近で監視していた時は、戦争準備が進んでいるようにはとても見えなかったんですよ。外交的にはどうだったんですか?」

 と政府首脳に聞き直すと、

「こっちもそうなんだ。独立への機運が燻っているのは分かっていたが、今にも戦闘行為を起こすほどの感情は国民にも政府にも感じられなかった。だから安心していたのだが、まさかこんなことになるなんて」

 と、完全に攻め込まれた方にとっては寝耳に水の状態だった。

 攻め込んできた方も、雪崩打っては来たのだが、別に虐殺や略奪をおこなうことはなかった。あくまでも国際法に乗っ取った戦争のやり方は、正攻法であり、他国が批判することもなく、ほとんどの国は中立を宣言していた。

 宣戦布告の内容としてが、あくまでも独立を目指したいというだけのもので、それ以外の利害を求めてはいない。ただ、あまりにも突然の侵攻だっただけに、攻め込まれた方とすれば、WPCに提訴して、相手の攻勢が違法であるということを訴えるしかなかった。

 だが、世界の目は冷静で、独立を目指す国に対しても、防戦一方の宗主国に対しても援助を送る体制ではなかった。当然、先制攻撃に対して批判する国もなく、ほとんどの国はこの戦争を、

「対岸の火事」

 としてしか見ていなかった。

 戦争は時間が経つにつれて、次第にこう着状態に向かった。攻撃された国も次第に体制を取り戻していって、攻勢にも出ることができるようになっていた。

 ただ、すでに制空権も制海権も相手に握られてしまっているので、援助物資が入ってくることはなく、次第に攻城戦の様相を呈してきた。

 攻め込む方も、相手の懐奥深くに攻め込めば攻め込むほど、抵抗が激しくなってくることを初めて知った。それだけ戦争に関してはずぶの素人だったのだ。

 彼らを掻き立てた国からは秘密裏に軍事顧問団が送り込まれていたが、彼らの指示で何とか戦闘を続けられたが、自分たちだけでは、撤退も辞さないくらいの状態になりつつあったのだ。

「大丈夫なんですか?」

 独立を目指す国の軍部は、軍事顧問団に不安を漏らした。

「大丈夫ですよ。皆さんは独立が目的で、相手国を殲滅するのを目的にしていませんよね? つまりは相手に一撃を加えて、頃合いを見て、相手にこちらの都合のいい時期に講和を申し込んで、有利に交渉を進めて、いい条件で独立を目指すようにすればいいんです。戦争というのは一進一退なんて当たり前のことなんですよ。今は戦況を見つめることが大切だと思います」

 という軍事顧問団の話を信じるしかなかった。

 実際に戦争はこう着状態に突入してから、一進一退を繰り返していた。

「そろそろですかね?」

 という軍事顧問団の言葉から、いよいよ講和条約を申し出る時期が来たのだと、考えていた。

 講和条約はWPCを通じて行われた。元々相手国がWPCにも提訴していたので、WPCを通すのは当然だと思えた。しかも、

「講和条約を結ぶなら、第三国か国際機関を利用するのが王道ですよ」

 と言われたからだ。

 WPCを通じての交渉で、休戦協定が結ばれた。そのおかげで独立は認められ、宗主国からの干渉を受けることなく、諸外国との貿易や条約を結ぶことが可能になった。

 実はこの国には地下資源が豊富に採掘ができ、宗主国が手放したくなかった理由はそこにあった。

 独立を掻き立てた国の最大の目的は、彼らを独立させ、自分たちがその地下資源の利益をなるべく独占できればいいと思ったからだ。

 実際に思惑通り、地下資源の貿易権利の七十パーセントくらいを彼らが受け取ることができた。七十パーセントというとかなりのもので、独占したと言ってもいいだろう。

 軍事顧問団は引き上げていったが、次第に彼らにとって予期せぬ伏線が敷かれていたことにその頃になって気付かされた。

 掻き立てた国は、攻め込んだ国と反対の国境に面していた。したがって、独立を目指す国が攻め込んだことでできてしまった難民がドッと自国に雪崩れ込んできたのだ。

 その数は想像以上であった。それでも、

「戦争が終われば、次第に帰国していくに違いない」

 と思われたが、実際にはそうもいかなかった。

 元々の宗主国内部はかなりの廃墟となってしまっていて、戻るに戻れない状態だった。

 しかも、母国が難民となってしまった自国民の帰国を許さなかった。理由はもちろん荒廃してしまった国土が復興しなければ戻れないというのが建前だが、戻ってくることで疲弊した経済が耐えることができないと考えたのだ。

「このままでは我が国が立ち行かなくなります」

 と、WPCに提訴し、その理屈が認められて、

「この先、五年間は理由のないものの帰国は認めない」

 と認定された。

 実際に難民となってしまった人たちも自国への帰国を望んではいなかった。逃れた国の体制を見て、今まで自分たちが搾取されていたことに気付いたからだ。

 そう、いまだに宗主国、属国という主従関係を結んでいる時代遅れの国だから、封建的な考え方が残っていても不思議ではない。そのため彼らは母国への帰国を望まず、亡命国での永住を求めたのだ。

 困ったのは、難民を受け入れてしまった独立を掻き立てた国だった。

「まさかこんなことになるとは」

 とビックリしていたが、これも仕方のないことだった。

 逃げ込んできた難民のほとんどは、元々からの母国民ではなかった。奴隷制度の残っていた時期に、未開の国から連れてきた奴隷となる民族の子孫たちである。母国にはたくさんその名残が残っていて、しかも、あの地域は昔から地理的に戦争の絶えない地域でもあった。したがって、多民族国家がいくつも形成されて、それが独立や分裂を繰り返すことで今の体制になったのだが、いまだに国境線は流動的で、体制も宗教も多国籍だ。難民も民族がバラバラで、統一性のないものだった。

 言葉すら通じない連中もいる。

「こんな民族の集合国家だったなんて」

 と、驚きは尋常ではなかった。

 当然難民の間での統一性はない。絶えず小競り合いが続いていて、

「よくあの国はこんな民族を纏めてきたよな」

 と思わせた。

 そういう意味で、いくら地下資源を得るためとはいえ、戦争をたきつけてしまったことをいまさらながらに後悔してしまっていた。

 難民問題は、今世界でも深刻化している。この国もそのことは知っていたが、今までに難民を受け入れることもなければ、難民ができてしまう環境でもなかった。それが自分たちが招いた種とはいえ、ここまで難民が大量に発生するとは、どうしようもない状況に追い込まれてしまったことに対して、何ら対策はなかったのだ。

「こんなに難民を受け入れてしまってどうするんだ?」

 国家元首が政府を詰った。

「申し訳ございません。まさかこんなことになろうとは思ってもいませんでした」

 というと、経済担当大臣が、

「このままでは我が国の経済は疲弊してしまいます。すでに株価は流動的で、落ち着いておりません。我々としてもどうしていいのか分かりません。株価も最低にいるのであれば対策もあるんでしょうが、いかんせん流動的ですので、どこの点を捉えればいいのか分からないため、どうすることもできません」

 と訴えた。

「それは職の面においても同じです。難民が就職に絡んできてから、企業は彼らの安い人件費に目がくらんで、彼らばかりを雇っていました。その結果、自国民が解雇になったりして雇用の面でも深刻な問題です。しかも、安い賃金で雇われた連中は、それなりの仕事しかできません。いや、それ以下と言ってもいい。正直使い物になりません」

 と、労働大臣の意見だ。

「そんなものは雇った企業に責任があるんじゃないか?」

 と政府高官が無責任に言うと、さすがにムッときたのか、

「そんなことは分かっています、分かっていてどうしようもない状態になったんだから、ここで議題にしているんじゃないですか」

 と怒りを抑えようとしてはいるが、抑えることができずに不満をぶちまけていた。

「難民の低俗性はひどいものです。よくあんな民族を抱えていたものだと感心するくらいです」

 と、呆れたように他の政府高官が言った。

「彼らは未開地民族のまま時間だけが過ぎてしまったんじゃないでしょうか? 奴隷制度は撤廃されましたが、火種は燻っていたんでしょう。あの国もそのつもりでずっと彼らを見てきたから、うまくやっていけたんじゃないでしょうか?」

 というと、

「本当は大量虐殺してやりたいくらいですが、そういうわけにもいきませんからね」

 と問題発言をした政府高官に対し、誰も異議を唱える人はいなかった。

「そんな言い方、差別用語ですよ」

 というのが正当なのだろうが、この状況を正当な表現で話をする時期が過ぎていたことを示していた。

「本当はこのまま奴隷として搾取したいくらいです」

 というと、

「それもいいかも知れませんね。どうせ彼らは今まで奴隷同然の扱いを受けていたんでしょうね。平和な世界ではあったが、彼らには自由はなかった。いきなり戦争に巻き込まれて戸惑ってはいるが、搾取や迫害されることには慣れっこになっているでしょうからね」

「じゃあ、法制度の充実が必要になってくるかも知れませんね」

 と誰かがいうと、

「そうですね、難民特別法が必要かも知れません。まずは国家非常体制宣言を行って、臨時体制を敷くことによって、まずは臨時法制を通して、次第に国民の意見を集約し、国内法として確立させることですね」

「その通りです。最初から厳しいものにしなければいけませんから、国家非常体制を敷くことは不可欠ですね。難民に対しての我が国の体制を確立するためにはそれが一番いいことです」

 その場の閣議は、全会一致で臨時体制への移行に賛同した。

 程なく国の体制は非常事態宣言が敷かれ、その対象は難民に向けられた。

 彼らは自分たちがこれからも迫害される運命にあることを知らないまま、今はやっと手に入れた自由を堪能しているようだったが、それが母国民の怒りを買い、国家非常事態宣言に拍車をかけた。

 こうなってしまっては、中途半端な法律を作ることはできない。難民に対しては奴隷と同等の権利を与え、義務は曖昧にしていた。これがこの国の体制であり、実はこれはまだ世界的な難民に対してのプロローグでしかなかった。

 この問題が数年後にチャーリア国、アレキサンダー国、アクアフリーズ国の三カ国を巻き込んだ問題に発展してくるのだった。

 まずはそのためのモデルコースとしてできあがった法律は、今では国内法として生きている。

 最初はWPCに提訴しようという動きもあったが、奴隷のようになっている連中に、WPCに訴えるだけの脈があるわけではない。完全に彼らは孤立していた。

 この問題に関しては、有名な政治学者も彼らが作った難民法に対しての正当性を訴えていた。元々はやむおえない法律だと思われたことが政治学者の正当論で完全に法律としての効力を約束されたも同然だった。

「奴隷制度の復活になるのでは?」

 というマスコミの心配があったが、

「いいえ、これはそうならないための法律です。実際に奴隷階級の連中が存在している以上、彼らを取り締まる法律があるのは当然のこと。実際に国民を取り締まる法律が存在するのだから、それも当たり前というものでしょう」

 と政府は答えた。

 記者会見では、かなりのマスコミからの攻撃があったが、それを正当論で跳ね返すだけの力が政府側にあった。奴隷制度への復活を心配するよりも、目先の奴隷民族による難民政策の方が大切であった。

 それは元々の法律を作った宗主国が歩んできたことであり、モデルコースを見ていると分かることだった。マスコミもそのことを分かっていての質問だったのだろう。質問の数もそれほどあるわけではなく、記者会見もそんなに時間が掛かることもなかった。

「大丈夫ですか?」

 マスコミからの攻撃を何とかかわした官房長官を見て、補佐官が心配で声を掛けた。

「ああ、大丈夫だ」

 と言いながらも汗をかなり掻いている官房長官は、ホッとしたのか、そのまま座り込んでしまっていた。

 この政策のおけがでこの国は難民を受け入れることなく無事に自分の国の権益を守ることができた。そのため、難民受け入れ拒否権は他国でも暗黙の了解となり、戦争が起こってから難民を受け入れない国が増えていった。

 そのせいもあるのか、行き場のなくなった難民は、受け入れてくれる国を探して彷徨う形になる。受け入れてくれない国がある一方で増え続ける難民の問題は深刻であった。負の連鎖が働くからだった。

 この世から伝送や紛争がなくならないのだとすると、どこかに受け入れてもらえる国を模索するしかない。その対象が発展途上国であったり、先進国に仲間入りを果たそうとする急進国であったりが候補に挙がってくる。

「WPCができるだけ援助しますので、受け入れてくださる国を急募いたします」

 というWPC緊急発議が発令され、実際に受け入れてくれた国に対しては、その国の国家予算の三分の一を一年で供出してくれることになった。

 もちろん、それも条件があって、その国の国民の十分の一を受け入れてくれるというのが条件だった。最初はその条件で公募したが、なかなか名乗りを挙げてくれる国はなかった。やはり国民人口の十分の一というのがネックだったのだろう。

 そのうちに条件を段階的に分けて公募することにした、

 たとえば、国民の五十分の一の難民であれば、国家予算の五分の一で、難民が百分の一であれば、国家予算の十分の一であったりという段階的な公募だった。

 さらに難民の受け入れに対しても時期を分割しての受け入れを許可することで、難民を受け入れてもいいという国が少しずつ増えてきた。

 急進国にとっては補助金を国のインフラに回したりして、重工業を充実させ、国の発展を加速させるところもあった。しかも難民がそのまま低い賃金で雇える労働力だと考えると、これほど効率のいいことはない。そのことに気付いた国は急成長を遂げた。

 しかし、そのことに気付かず、補助金を難民のためだけに使っていると、結局国土が増えたわけでもないのに、補助金では足らない難民の生活費を結局国家予算から捻出しなければならなくなる。そんなことは愚の骨頂だった。

 それでもWPCの決定には逆らえない。何とか国家を発展途上と呼ばれるところまで持ってきて、WPCにも加盟させてもらえることで、知名度も上がったことで、貿易も潤ってきた。そんな国が国家の威信を大事にするか、国際社会への体裁だけを重要視するかの選択を迫られていたのだ。

 その差が次第にハッキリしてくると、

「同じように難民を受け入れたのに、どうして他の国は潤って経済発展までしているのに、自国はこんなに困窮しているんだ」

 と言って、混沌としている国もあった。

 当然のことながらそこから嫉妬や妬みが生まれてくる。その矛先がどこに向くのか、向けることのできない怒りを抑え込むしかなかった。

 しかし国民はどうだろう?

 国内には難民が溢れ、自分たちの生活だけでも精一杯の状態で、街は急に増えた人口で混乱が生じてくる。その不満は国家に向けられるのも無理もないことだ。

 難民の中には受け入れてもらった恩も忘れて、

「この国は難民である自分たちを差別している」

 と言い出した。

 どちらの言い分もしょうがないところもあるのだろうが、そもそも国家が優柔不断だからこういう結果になったと元々の国民も難民も考えるようになった。

 当然、あちこちで難民と原住民との間での紛争は絶えなかった。難民は武器は持たなかったが、ゲリラ戦は心得ていた。武器なしでも一般市民を追い詰めることくらいはできたであろう。一般市民は恐怖に駆られ、次第に街は無法状態になっていく。

 警察が出動すると、今度は混乱に拍車がかかる。しかし、行政としては警察の力にすがるしかなかった。ゲリラ戦を展開する難民たちに業を煮やした警察は武力を抑えようとして難民を攻撃する。

 場所によっては、多数の死者も出たことだろう。その死者の数は次第に増えてくる。国が問題にして乗り出してくると、さらに混乱は全国に広がり、収拾がつかなくなる。

「WPCに提訴しましょう」

 という政府閣僚の意見もあったが、

「元々の原因を作ったのはWPCじゃないか。WPCなんかあてにならんよ」

 という意見の方が強かった。

 しかし、混乱はさらに拍車をかけ、国会や首相官邸までも攻撃対象となった。その頃には難民たちは十分な武器を持っていた。各地での暴動から出動してきた警察から武器を奪い、その勢いで警察内部の武器を奪取した。彼らが国会や首相官邸を襲撃するということは、これはもう暴動ではなく、クーデターであった。

 結果的にはクーデターは成功しなかった。

 難民たちは最後の詰めが甘かった。

 クーデターは一気に決めてしまわなければ成功することはない。彼らにはそれが分かっていなかった。確かに武器は所持していて、攻撃力もゲリラ戦にも長けていた。だが、それは局地戦では圧倒的な強さを発揮するが、組織的な戦闘に関してはずぶの素人同様である。

 国家には軍がついている。軍というと戦争屋であり、戦術、戦略含めて長けている。長期戦になればなるほど軍に有利であり、難民どもは次第に長期戦に引き込まれていき、気が付けば鎮圧されていたという結果になった。

 その時に、国家緊急事態宣言、つまり戒厳令が敷かれていた。戒厳令が敷かれた時点で、クーデター側には勝ち目はなかった。最初から勝負はついていたと言ってもいいだろう。

 これが難民を受け入れて難民対策がすべて後手後手に回ってしまったことで国家が混乱し、最後にはクーデターまで起こさせて、起こした方が鎮圧されるという判で押したような結果をもたらすことになった事実である。

 難民たちは当然、国外退去を宣告された。ゲリラの首謀者は極刑に処せられ、街の広場には彼らの処刑が晒された。

「何てむごいんだ」

 と国民は思ったに違いない。

 しかし、こうでもしなければ、また同じことが起こらないとも限らない。中には自分たちが難民になってしまった時のことを想像して背筋が凍る思いをした人もいるだろう。

 その時、WPCはどうだろう?

 自分たちが考えた政策がたくさんの国家を混乱させた結果、さらに難民も国外退去、これは確実にWPCは非難されることだろう。

 中にはWPCに抗議して脱退をほのめかす国もいた。実際に脱退した国もいて、

「これはWPC存続の危機ではないか?」

 と言われるようにもなっていた。

 そのうちに難民たちは、自分たちの安住の地を求めて、彷徨うことになる。

 彼らの支えは宗教だった。

 彼らの向かう先には宗教の聖地である土地があり。ただそこには他の民族が国家を形成し生活している。

 しかもそこには豊富な地下資源が眠っているので、彼らとしてもその地を侵されるのはありえないことだと思っていた。

 地下資源を狙っての侵略ではなかったが、彼らには地下資源を狙われていると思い込んでいた。

「我々は聖地を目指しているだけなんです」

 という難民の長老の話も、彼らには通用しない。

 難民は国境付近に難民キャンプを張り、そこで様子を見ているつもりだった。しかし、そんな目の上のタンコブに対して先住国家が取った攻撃は、

「先制攻撃」

 だったのだ。

 ふいをつかれた難民キャンプは総崩れになり、多くの死者を出したが、かろうじて難民キャンプを再度立て直すことができた。

 先制攻撃に対しての国際的な非難は大きかった。

「彼らは宗教的な意図でそこにいるだけなのに、何もしていない難民に対していきなりの先制攻撃はありえない」

 というものだった。

 WPCも似たような声明をだし、難民を擁護する。

 先住国家はここまで来ると彼らにとってのプライドから孤立を仕方のないことだと考え、

「我々は自分たちの権益を守ろうとしただけだ」

 という声明を出した。

 それでもWPCからは、その声明を擁護する発言は何も出てこなかった。業を煮やした先住国家はWPCから脱退した。

 この頃、WPC脱退国がかなりの数に上っていた。全部で十か国ほどが脱退し、中には先進十カ国の中に入っている国も二つ含まれていた。

 彼らにとっては別に今起こっている問題に直接被害を受けることはなかったのだが、先制攻撃を受けた難民が信仰している宗教を彼らも信仰している関係で、無視ができなかったのだ。

「WPCからの脱退はあまりにもやりすぎでは?」

 という意見もあったが、そもそもこの国の政府首脳は、献身的な宗教信者だったのだ。

「これは我が国に対しての挑戦のようなものだよ。これを容認していては、我々が国家としての責務を果たせなくなる」

 彼らの国にも地下資源が豊富にあったことで、WPCからの離脱で大きな混乱はなかった。彼らは今度は難民を救済する方に動いたのだ。

 難民を受け入れるところまではできなかったが、資金援助は豊富にできた。

「我々が裏から難民を援助しますので、そちらの国としてはWPCから難民に対しての追及はないと思いますよ」

 というのが、彼らの言い分だった。

 もちろん、見返りを求めないわけではない。WPC脱退の余波は、まったくなかったわけではない。脱退したことで、加盟国との貿易や条約が見直される危険性があったのだ。それを難民問題を引き受けることで、彼らと今まで通りに貿易ができることの確約を取り付けていた。

 そのおかげで難民への援助金もさほど苦痛ではなかった。難民はそのおかげで難民キャンプを営みながら、次第に裕福になっていき、武器弾薬を得ることもできて、勢力としては大きくなってきた。

 そしてついに彼らは報復攻撃に出た。

 最初に先制攻撃を受けた国に、今度は自分たちが侵攻した。

 彼らには資金援助をしてくれた国が、武器の供与と軍事顧問を引き受け、立派な軍隊を形成できるところまで来ていたのだ。

 実は資金援助をしていた国と、難民に先制攻撃を加えた国との間には、昔からの確執があり、最近でこそ戦争状態になったことはなかったので、誰もがこの二国の対立を忘れていたが、お互いの国では、

「因縁の相手」

 として意識気をしていたのだった。

「我々は、この機に難民を先導させて、一気に相手をぶっ潰す」

 と、穏やかではない話をしていた。

 先制攻撃は見事に成功。彼らは相手国深くに侵入し、聖地を奪うことができた。

 その部分を軍事占領することで、彼らはそこを自分たちの領土として、建国宣言を行った。

 さすがにWPCが許すわけもなく。緊急国家間会議が開かれたが、意見は真っ二つに割れた。

「元々、WPCの不手際から始まった話ではないか。彼らの建国を認めなければ、事は解決しない」

 という意見もあれば、

「いや、心情的にはそうなのかも知れないが、もしここでこの事実を承認してしまうと、他の難民も同じように蜂起し、世界中で難民が自国を建国するという野心に燃えて、他の国を侵略しないとも限らない」

 という意見があった。

 それを聞いていた議長は、

「どちらの意見も分かった。確かにその通りだと思う。しかし、それを踏まえたうえでも、この事態を憂慮するのです」

「どうしてですか?」

「難民たちがこぞって自分たちの国を建国しようとして他の国を侵略すれば、そこにはまた新たな難民が生まれることになる。そうなると、結果としては堂々巡りを繰り返すだけになるとは思いませんか?」

 と言われてしまっては、皆が、

「うーん」

 と言って黙り込むしかなかった。

 この総会は、ここでの、

「堂々巡り」

 というセリフにあるように、どんなに議論しても結論など生まれるはずがないことを示していた。

 それでも会議をしなければいけないという矛盾にジレンマを感じながら、その時のWPCの混沌とした状態を示しているのだった。

「難民というのは、本当に厄介です。戦争がなくならない限り、難民は発生する。しかし、発生した難民が自分たちの生活を保つには、また戦争を起こすしかない。これは完全に負の連鎖というべきではないでしょうか?」

 難民の問題はエスカレートしてくる。そして次の議題として挙がったこととしては、

「難民が発生した周辺国の対応」

 という問題であった。

「この問題は実にデリケートな問題です。人道に照らして話すのも限界があります。もし自国にドッと難民が押し寄せてきた場合は、それなりの強硬な対処をしないと、自国の滅亡にも繋がってくる問題ですからね」

 と議長がいうと、

「それはもちろんです。私たちは犠牲を払ってまで難民を擁護しなければいけない義務はないはずです。」

 と誰かがいうと、

「とは言っても、明日は我が身です。ぞんざいな対応をしてしまうと、次に自分たちが難民を出してしまうと、どこも対応してくれなくなりますよ」

「領土的な対応はできなくても、金銭面や物資での対応はできるんじゃないですか?」

「できる限りは行いたいと思いますが、それも限界があります。しかし、実際に国境近くまで難民が押し寄せてきた場合、相手が強硬に国境突破などしようものなら、こちらも武力に訴えなければいけなくなるということです」

 と最初に言った議員が発言した。

「それは穏やかではない発言ですね」

「それは、実際に難民対応を行ったことのない人が言えることです。我が国は地理的な問題もあってか、いつも難民問題とは切っても切り離せない関係にある。かつては難民を受け入れる体制であったこともあったし、逆に難民を締め出す体制であったこともあった。それぞれに極端ではありましたが、その時々の情勢や自国の事情があったんです。もちろん、かつての教訓もありましたが、それだけその時々で難民問題に直面すると対応も変わってくるということになります」

「ということは、ここでの論議は無駄だということでしょうか?」

 と、今の話を聞いていて、カチンときたのか、少し挑発的な言い方をする議員がいた。

「そういうことではありません。難民に対しては中途半端な対応をするべきではないと言っているんですよ。確かに金銭的なものや物資を与えれば彼らにとってはいいことなんでしょうが、何の解決にもなっていないと思うんです。提供に対して反対はありませんが、ここでの会議はそこだけにとどまっていい問題なんでしょうか?」

「性急に答えを導き出す必要はないと思っています。皆さんには皆さんの自国の事情もおありでしょうし、国際社会の事情もあります。だから、ここで皆さんの意見を伺いたいという会議なんですが、それが違っているということでしょうか?」

「そう言っていません。ただ、先ほどの話にもありましたように、この問題は堂々巡りが大前提に潜んでいます。私が最初にデリケートな問題と言ったのもそういうことです。まずは人道的な問題と、もっと実質的な問題とに分けて考えなければいけないのではないかと思っています」

「じゃあ、実際の法案を検討しているというよりも、臨時法案とでもいうべきなんでしょうか?」

「それも少し違いない。最終的には常時法案でなければいけないと思うのですが、がんじがらめにしてしますと収拾がつかなくなる気がするんですよ」

「確かにそうですね、すべての場合を考慮して決められるのが法律というものですからね。国際的な問題で、しかも難民というデリケートな問題は、難民を出した国、そしてそれを受け入れる国と、それぞれにリスクを負うことになります。そういう意味では矛盾している法律と言えると思います。だから、収拾がつかなくなるということをおっしゃっているんでしょうね」

「お分かりいただいて恐縮です。今も全世界規模でいけば、難民は増え続けていると思います。まずはここの事情かあ洗い出してみるともいいんじゃないでしょうか?」

「なるほど、事案をいろいろ出してみると、見えていなかったことも見えてくるかも知れませんね。特に民族の数だけ事情が異なるという解釈もできますが、まとめてみるといくつかのパターンに凝縮できるかも知れませんね」

「ええ、それを出し合って、議論するという進行方法もあると言っているんですよ」

「分かりました。それぞれ皆さんからパターンを出し寄ってみることにしましょう」

 と議長がいうと、さっそく一人が手を挙げた。

「私どもは、隣国からの難民をなるべく受け入れる方向で対応しているものです。一応WPCからも支援援助金というものをもらって活動しています」

 支援援助金というのは、WPCが加盟国から毎年徴収している加盟国供出金から出しているもので、自国が他国への援助を行った時、WPCの承認を得られれば、援助している加盟国に対して支援金が贈られるというものだ。

 加盟国から徴収している供出金は、元々こういうことのために使われるもので、いわゆる、

「支援援助金のための積立」

 という様相を呈していた。

「私たちの隣国は、元々植民地であり、独立を欲したために宗主国と戦争になりました。その時に国民は武器をほとんど持っていませんでしたので、小規模な武器を手に、ゲリラ戦を展開していたわけです。しかし、最初はいろいろなところでの小競り合いが頻繁に起こっているだけでしたが、それに業を煮やした宗主国が大量虐殺を行ったんです。そのために村を追われた人だったり、戦災孤児が一気に増え、そのまま難民となって、国外退去となりました。戦争はかろうじて独立派が勝ち、独立を手に入れましたが、そこまでの犠牲は言葉で言い表せないほどです。国土は荒廃し、難民が戻ることのできないほどになっていました」

「その話は聞いています。宗主国側が憲章で決められている禁止兵器を使ったとして国際的に非難されたあの問題ですね?」

「ええ、そうです。禁止兵器のために、国土が荒廃しただけではなく、人が住める環境でもなくなりました。国内にとどまった人々でも、まともな生活はできていません。国外退去した難民よりもまだ少しだけマシだという程度です。実際、我が国もまだまだ発展途上の国だったので、我が国だけではとても援助できません。国土的にも難民を受け入れるだけの広さはありませんし、何よりの民族性、宗教性の違いから、受け入れたとすれば、きっと小競り合いが絶えず、我が国自体が由々しき事態に陥ってしまうかも知れません」

「この問題は、先の大戦から日常的に起こっている問題として、WPCでも何度も議題にしてきました」

 というと、

「しかし、それは行われている戦闘に対してのことで、そこから派生した問題に対しては、WPCでは何ら対策を取ってきていませんよね? それがこんな問題を引き起こしているんですよ」

「おっしゃる通りです。どうしても堂々巡りの問題には目を瞑ってしまって、目の前で起こっていること、あるいは、実際にWPCに提訴されることに目を奪われてしまっていたのも事実です」

「目を背けていたということですよね」

 問題提起した議員も引き下がらない。

「これから先は、真摯に難民問題も受け入れていかなければいけないと思います。避けて通ることができないという観点から、今こうやって会議を行っているわけですからね。まずは一つ一つ洗い出してから、精査していきましょう」

 と議長がいうと、今度は他の議員が口を開いた。

「我が国は、元々戦争で自分たちの領土を追われ、一度は難民となりましたが、流れているうちに新しい国土を見つけ、そこを領土としました。しかし、植民地時代になって列強が世界に植民地を求めるようになってから、今までの我々の安住の地だと思っていたところに侵攻してきたんです」

「時代は植民地時代に遡るわけですね?」

「ええ」

「植民地時代というと、もう百年近く前に遡ることになりますが、それでいいんですね?」

「ええ、いいです。最初に国土を追われた時に我々を追い出した民族とは違う民族が、我々の安住の地に攻め入ってきたんですよ」

「それでどうなりました?」

「我々の国土には、彼らがほしがっている地下資源も物資もないことが分かったようで、我々の領土を彼らは、犯罪者や政治に反対している連中の流刑地や、収容所にしようとしていたようなんです。そのため、我々原住民が邪魔だったんですよ」

「じゃあ、追い出しにかかったというわけですか?」

「ええ、我々の一部はそのまま彼らに雇われる形になりましたが、それも洗脳される形での雇われ方ですので、そんな形で残るよりも、また国土を追われる方がマシだという人もいました」

「ただ、一度ならず二度までも国土を追われることになった方は、本当にお気の毒に感じます」

「そういう人たちは、高齢者に多いんですよ。でも高齢者は思ったように身体が動かず、国外退去においても、難民として厄介な対応を強いられることになります」

「結局、どうなったんですか?」

「大戦が終わるまでは、世界各国を彷徨っていたようです。何しろ世界大戦ですから、どこに行っても戦争ですからね。一つの場所に留まっていないだけ、ある意味マシだったのかも知れません」

「それで?」

「大戦終了後とともに、彼らの安住の地は解放されました。そこから先はWPCの裁可によって、原住民の復帰が許された。安住の地は大陸などの直接の戦場ではなかったので、そこまで荒廃していなかったので幸いでした。少しずつ元の住民が戻ってきて、解放戦争をすることもなく、元の鞘に収まることができました。でも、もう世界を彷徨うのはまっぴらです。そういう意味では彼らほど難民に対して敏感な民族もいないんじゃないかって思います」

「彼らなら、難民を受け入れてくれるかも知れないと思われるんですか?」

「いいえ、その逆です。彼らは決して難民を受け入れません。受け入れれば元々難民だった自分たちが今度は原住民です。その矛盾した考えに彼らは戸惑い、答えを導き出すことはでいないでしょう。もし、難民を受け入れて難民と小競り合いのようなことが起これば、彼らは容赦なく難民を国外退去とするか、あるいは虐殺するでしょうね」

「そんなに残酷な民族なんですか?」

「そうじゃありません。先ほども言ったように、難民に対して敏感なんです。すぐに自分たちと照らし合わせて考える癖がついているので、過激なことも平気で行うのではないかと私が思っているだけです」

「それは実に難しい問題ですね。彼らはこの場にいなくて正解だったかも知れませんね」

 というと、問題提起をした議員はそれっきり黙り込んでしまった。

 そこで話がまた途切れたので、

「他にございませんか?」

 と訊ねると、待っていたかのように、他の議員が手を挙げて発言を始めた。

「私たちの国は、まわりに異教徒の国を抱えている、他派宗教の乱立地帯に位置しています」

 と言った。

「宗教的な問題もデリケートな問題ですよね。宗教では、『人を殺してはいけない』という教えがあるのに、どの時代でも戦争の原因として宗教が上がってくるというのは皮肉なことだって思っていました」

 と、議長が言った。

 少し無神経な言い方なのかも知れないが、ここまで難民の話題に対してそれぞれの国家が不満を漏らす形で進行していることもあってか、話の内容も濃い話でもあるので、話をしている本人はナーバスにもなっているにも関わらず、話に対して感覚がマヒしてきているという矛盾を抱えているようだ。

「宗教といえば、同じ宗教でもそれぞれに派閥があって、私の国のまわりには、同じ宗教であっても宗派の違いから絶えず対立している国もあります。宗教がネックになって戦争ではいつも劣勢に立たされている国があるかと思うと、いつも優位に立っている国もあるわけなんですが、争いになっても、結果的にどちらが勝つというわけにはならないんです。いつも一進一退の戦争が続いていて、いつの間にか休戦協定が結ばれるということが多いんです。でも休戦協定なので、戦争が終わったわけではない。またいつの間にか戦争になっていて、あのあたりはよく分からない状況になっています」

 というと、

「宗教が絡めばそういうこともあるんでしょうね。しかも、戦争で決着がつかないことを、神様が望んでいるという考えもあるくらいで、本当はわざと決着をつけないようにしているんじゃないかと言われることもあります」

「そんなことってあるんですか? お互いに決着をつけないということはただ消耗戦を繰り返しているだけで、何もメリットがないようにしか思えないんですが」

 というと、

「それは表から見ているだけだからそう思うんです。戦争状態を継続させることが彼らにとって大切だということは、実際に中に入ってみないと分かりません」

「あなたには分かるんですか?」

「いいえ、私にも分かりません。私たちは先祖代々、宗教を司ってきましたが、先祖から受け継がれることはほとんどないんですよ。つまりは確定したことだけしか受け継ぐことはできませんから、それだけ確定したことがないということになるんでしょうね」

「宗教団体がその国を滅ぼすということもありますからね。武器を持たない兵隊という発想もあるくらいで、宗教団体の信者は、まるでゲリラのようだと言われていたりもするんですよ。そのつもりで宗教団体の人と接しないと、特に国家に従事する人には国家の命取りとなることになるので、慎重な対応が必要になってきます」

「ところで宗教団体の難民というのはどんなものなんですか?」

「普通の難民とは少し違います。彼らには難民になってまでも布教という意識が強くあります。つまり、どこかの国に受け入れを頼みに行く時、布教活動も一緒に行うというのが彼らの考え方なんですよ」

「それはかつて植民地時代の元祖になったやり方だね。まずは植民地になりそうな国を物色して、その国に布教活動と称して入り込み、さらにその国の国王なりに貿易で利益を得ることを教えて、甘い汁を吸わせた後で、自国の宗教団体との間に騒乱を巻き起こし、混乱に乗じて相手国に軍事介入し、そのまま植民地にしてしまうというやり方ですね」

「そうです。そのやり方でどれだけの国と地域が植民地とされたか。WPCでもそんな時代を繰り返さないようにしようとしているんですよ」

「植民地競争に比例して、母国大陸でも自国の領土や権益を守らなければいけないということで、それぞれの同じ体制や事情の国と軍事同盟を結ぶことで、自国の権益や体制を守ろうとする状況が続き、そこに民族運動が関係したことで、先の世界大戦に発展したんだったですよね」

 と、まるで歴史の教科書に載っているようなことを話した議員がいた。

 しかし、この言葉は、

「それ以上でもなく、それ以下でもない事実」

 と受け取っていいだろう。

 どんなに言葉を変えて言ったとしても、最後にはここに辿り着いてくる。それぞれの体制にそれぞれの言い分はあるのだろうから、言い訳はいくらでもできるだろう。しかし最終的に戻ってくる結論が決まっているのだから、

「歴史というものは、原因があって結果の間に存在するものの継続だ」

 と言われているのかも知れない。

 歴史は一本の線で描くことができる。直線でなくとも、線は一本だ。しかし、それは歴史上の事実という意味であって、可能性という意味では、無限に広がっている。それを科学者用語では、

「パラレルワールド」

 というのだろう。

「歴史に、『もしも』などない」

 とよく言われるが、まさしくその通り。しかし、この言葉が正当だとすれば、パラレルワールドは永遠に否定されることになる。

 あまり話題には上らないが、意外と誰もが知っているこの言葉、暗黙の了解でタブーとされているのかも知れないが、それだけに話題に上ると無限の可能性を秘めているだけに、いつ終わるとも分からない議論が展開される。きりがないと言ってもいいだろう。

 WPCの国際会議には歴史学者も同席している。何名かいるのだが、彼らが発言することはない。別に発言を止められているわけではないが、こちらも暗黙の了解で、誰も発言する人はいなかった。

 しかし最近参加するようになった歴史学者の中には発言する人もいた。

 最初は議員も驚いて、彼の発言を不思議そうに見ていたのだが、そのうちに億劫になってきたのか、彼が発言すると、すぐに別の話題に変えられることがほとんどだった。

 歴史学者の発言は、どうしても学者としての発言と思われてしまうと、頭でっかちの人間の発言として煙たがられる。そのことは最初から分かっていたことで、発言する方も覚悟の上だったと思う。だから、学者が発言することはなかったのだが、一度誰かが発言すると、他にも発言したい人がいるのが、雰囲気として分かってくる。

「皆さんは、どうしても過去の世界大戦と比較して今の世情を考えたいのだと思いますが、もうすでに数十年も経過していて、時代は完全に変わっています。いまさらかつての大戦を思い出し、重ねて見るのは少し違っているのではないかと思います」

 と、歴史学者の一人は言った。

 すると、今度は別の歴史学者が、

「そうでしょうか? 歴史というのは、過去があって現在がある。そしてその先に未来があるのだとすれば、未来は過去を投影していることになる。それが歴史学者としての姿勢ではないのでしょうか?」

 と言った。

 彼の発想は、歴史学者の権威と言われる世界的にも有名な博士の言葉だった。彼はその博士のことを尊敬していて、この言葉を聞いてから、彼は歴史学者を目指したのだった。

「世界は絶えず流動しているんですよ。だから、時代に乗り遅れてはいけない」

 と反論すると、

「いや、歴史は繰り返すと言います。過去の研究を教訓としなければ、未来を見ることなんかできないんですよ。だから、この場でのかつての世界大戦を意識しているのは至極当然のことで、それを否定することはできないんじゃないですか?」

 と言い始めると、さすがに議員連中も黙っているわけにはいかなくなった。

 会場はざわつき始め、

「まあまあ、ここは学説を唱えるところではないので、少し自重していただきたい」

 と、議長が会場をなだめるように言った。

 会場は、しばし騒然としたが、それ以上の意見が出ることもなく、結局結論を導き出すことはできなかった。

「いつものことじゃないか」

 と誰かが言ったが、それもその通り。

 この会場で結論を見出すことなどなかなかない。議論を出し尽くすだけでかなりの時間を費やして、結局閉幕を迎える。いつものパターンにウンザリしている議員も少なくないだろう。

 世界情勢の現在と過去を垣間見た状態で閉幕し、この後の世界がどうなっていくのか、議員のほとんどが憂慮に堪えないと思いながら、会場を後にした。

「難民の問題が、これ以上大きくならなければいいが」

 と言っていた議員の発言がそのうち現実になってくるのだった……。


                  (  続  )

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ジャスティスへのレクイエム(第3部) 森本 晃次 @kakku

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