第2話 母国の思惑

 チャーリア国からの核兵器は、結局他の国に輸出されることはなかった。一度輸出された兵器も一度アレキサンダー国を撃退するのに使われただけで、二度と使われることはなかった。

「これでよかったんだ」

 と教授とニコライは感じていたが、同じことをシュルツも感じていた。

 チャールズはすでに核開発に興味を失っていて、その存在すら忘れかけていたほどである。

 それは幸いだった。シュルツも核開発にあれほど時間を費やしたのがまるで無駄ではなかったかと思うほどで、その理由は懸念していたアレキサンダー国からの侵略が途絶えたからだった。

 最初の第一次戦争から十年近くが経とうとしていた。

 チャーリア国の母国であるアクアフリーズ国は、完全にアレキサンダー国の属国になってしまい、独立国の体裁ではあったが、宗主国との従属関係は、かつての植民地と同じであった。

 今の時代に植民地時代を覚えている人はおらず、歴史上の事実として一世を風靡した時代だったということを学校で習う程度だった。現在の政治において植民地時代の影はなく、国際社会からも忘れられていた。

 かつての植民地はかの世界大戦終了後に、ことごとく独立を達成していく。もちろん平和の下の独立ではなく、独立戦争を経ての独立だった。民族独立の旗印、結局は血を流すのは一平卒であったり、一般市民だったりするのは、どの時代も同じだということだ。

 かつてのアクアフリーズ王国も植民地をいくつか経営していた。その時代の列強において行かれないようにしないといけなかったのは、時代が弱肉強食の時代で、

「こちらがやらなければ、やられてしまう」

 という発想に基づくものだった。

 何もしなければ侵略を受けるだけ。いくらアクアフリーズ王国のようにしっかりとした政治体制を持っている国でも例外ではない。どんなに大きな国であっても、列強に蝕まれてしまうと、末路は悲惨でしかない。

 アクアフリーズ王国がかつて植民地としてきた国を、今ではアレキサンダー国が属国としている。属国というのは、基本的には植民地とは違う。相手の主権を認めながらお、自国に忠誠を誓わせることで、朝貢を促したり、相手に不平等条約を結ばせることでの権益、そして他の国との貿易を制限することで、宗主国としての地位を確固たるものとしているのだ。

「いまさら主従関係なんて」

 と、現代人はそういうだろう。

 しかし、自国の利益だけで自国を賄おうとする時代は、次第に終わりを告げようとしていた。

 世界的な不況が、音を立てて押し寄せてきた。お金のある国は持ちこたえられるであろうが、お金のない国の末路は決まっていた。

「どこかの国に吸収合併されるか、侵略を重ねて、自分たちの権益の範囲を増やし、他の国に頼ることのない自給自足を叶えるかのどれかではないか?」

 と言われるようになった。

 侵略はかつての植民地支配の時代への逆行であるが、資源のない国は、資源に豊富な国を侵略するしか生き残る道はなかった。

 吸収合併というのも、相手との力関係で、主従関係の下、自国の滅亡を意味するが、それでも国民がこぞって餓死の運命をたどるという悲惨な末路にしないための苦肉の策である。

 チャーリア国もその煽りをもろに受けていた。

 チャーリア国の軍事開発も縮小され、研究室は半分の人数になってしまった。あれだけ熱心だったシュルツ長官も、さすがに今回の世界的不況を憂慮していて、

「何かの手を、先手必勝で打っていかないと我が国は滅亡してしまう」

 と考えていた。

 最初は核兵器の輸出を真っ先に考えていたが、世界的不況の度合いが真剣であることに気付くと、さすがに核兵器の輸出を考えている場合ではない。

 核を売るというのはある意味夢物語のような発想だが、現実がその甘さを認めてはくれない。目の前の産業を活性化させなければ、国家の危機を乗り越えることはできないだろう。

 シュルツは軍への介入をいったんやめ、経済対策に日々を過ごすことになった。まずは自給自足のための農業に着手した。

「農業をどうしていまさら?」

 とチャールズはシュルツの気持ちが分からなかった。

「元々この国には地下資源のようなものはなく、そのため重工業開発による輸出はままなりません。農産物であれば、自給自足はもちろんのこと、輸出に適うものが必ずあるはずです。その証拠にこの国のフルーツの輸出量は世界でも屈指です。それは我が国の農産物が優秀であるということの証拠です。今までは時代が安定していましたので価格は結構高めで設定していますが、その価格を下げれば、十分に産業として成り立っていけると思います。だからまずは輸出用の農産物の価格設定を正確に行って、全力で輸出に専念するのです。それがこの国を窮地から救う手段だと確信しています」

 シュルツの言葉には説得力があり、チャールズも従うしかなかった。

 チャールズの考えも実はあったのだが、シュルツの考えに踏襲されてしまった。ここで自分の意見を言っても、薄くなってしまいそうになるのを恐れて、

――また別の機会に話をしてみよう――

 とチャールズは考えた。

 シュルツの考えは当たっていた。

 農産物の中心であるフルーツは、どこの国も不足していて、価格を少し下げただけで、かなりの輸出量になった。他の国は農産物の輸出に関して価格を下げることはしなかったので、価格が下がったチャーリア国のフルーツは全世界に受け入れられた。

 だが、農産物の価格を勝手に下げるというのは国際ルールとしては違反だった。それは独占企業に抵触するからで、非難を浴びるのは仕方のないことではあるが、シュルツは先手必勝に掛けていたので、その後、どのような非難を浴びようと関係ないと思っていた。実際に非難が盛り上がる前に価格は元に戻していて、非難を浴びたとしても、

「価格は戻しました」

 と言えば済むことだった。

 非難や調停というのは、違反国を裁くのが目的ではなく、不正な値段設定であれば、元に戻すことを促す効力でしかない。だから、調停の前に値段を戻してしまうと、非難も調停も正義ではなくなり、大義を失ってしまう。実にうまく立ち回ったという意味で、チャーリア国がそれ以降非難を浴びることはなかった。

 経済問題が蔓延っている間は、国際社会の中での小競り合いや紛争は中断していた。戦闘を続けるには金がいる。金が尽きてしまえば、継続することができなくなる。

 その時、紛争の当事者は感じるのだ。

「何のために戦闘を繰り返しているんだろう?」

 我に返ったというべきか、戦争が行われていた国同士、提携を結び、協力体制を作り上げ、戦闘や平和に関してWPCが存在するように、経済活動においても経済連合のようなものが確立された。

 これを機会にして、世界で平和や経済以外でも連合がいくつも生まれたのがこの時代だった。一つのブームと言ってもいいが、実際には国家内には存在していたものである。国際社会を一つの国と考えれば、この発想はもっと前からあってもよかったのではないだろうか。

 その中に政治体制ごとの連合もできたのだが、世界が大きく分けて、四つの体制に分かれることが判明した。

 一つは、現代の象徴ともいえべき、民主政治だった。そしてその次が民主政治の悪いところや限界を感じた人が創造した社会主義政治である。さらにはアレキサンダー国のように革命政府が軍出身なので、軍閥政治が行われている国、そして、かつてのアクアフリーズ国のように国王が君臨している世界である。

 もちろん、最後の国王が君主の国であっても、種類はいくつかあり、アレキサンダー国の独立の際のように、絶対王政の国や立憲君主の国と分かれているのも特徴だった。

 チャールズ国も立憲君主の体制と言える。だが、その中には民主制が入り込んでいて、純粋な立憲君主の国というわけではない。主権は国民にあるからだった。

 国民主権の国で君主が存在しているのはチャーリア国くらいのものだ。だが、国民は君主を尊敬していて、決して封建的な発想ではない。自由に生活できる国は未来が明るいと思われていたくらいだ。

 だが、世の中、そんなに甘くはなかった。世界的な不況が襲ってくると、チャールズもシュルツも、国民からの非難を危なければいけなくなってくる。

「どうしてもっと早く対応してくれなかったんだ」

 これが国民の総意である。

 実際にシュルツには世界不況への兆しは見えていた。そのためチャールズにも相談したのだが、チャールズは、

「大丈夫さ」

 と楽天的な発想しか持っていない。

 危機感を感じたシュルツは世界各国の要人に訴えて、経済連合を築くように提案したが、かつての王国で執事のような経歴を持っているという情報だけを持っている他国の要人としては、

「連合の開設に反対はしないが、言い出しがシュルツだということに憂慮する」

 と言って、シュルツの提案には簡単に乗ってこない。

 しかも、この頃になってどこから入手したのか、ネットで、

「チャーリア国のシュルツ長官は、核兵器を他国に輸出」

 という記事が拡散していた。

 いつのことなのかも書いていないので、まるで今のことのように想像させるが、よく考えてみれば、今の時代にそんなことをしても何のメリットもないことくらい、分かりそうなものだった。

 たくさんできた連合の中で経済連合の設立に時間がかかったのは、そんな理由があったからだ。

 シュルツは頭を抱えていた。そんなシュルツをチャールズは見たことがなかった。

「大丈夫か?」

 と話しかけたが、

「大丈夫です。ご心配にはいりません」

 と言ってシュルツは笑って見せた。

 だが、実際のシュルツの悩みはもっと深いところにあった。いろいろと試行錯誤を繰り返してみたが、軍事や政治には一目置かれるシュルツだったが、経済に関してはずぶの素人に近かった。

 そんな彼を救ったのがニコライだった。

 ニコライも本当であれば、兵器開発だけしか能力がないように思われていたが、核開発に翳りが見えてきた時、

「少し経済の勉強でもしてみようかな?」

 と軽い気持ちで勉強を始めた経済に、次第にのめり込んでいった。

 元々経済と兵器開発とは似たところがあった。堂々巡りを繰り返すところなどその典型で、兵器は相手を屈服させる兵器を開発すれば、相手も同じ発想からこちらを上回ろうと研究をつづけ、ついには追い越してしまう。それがどんどんエスカレートしていたちごっこを繰り返すことになる。

 経済も同じだ。価格設定も相手との駆け引きだったり、経済状態を見なければ決定できないもので、相手が引き下げたり引き上げたりすると、こちらはどの程度価格を操作すればいいかを考える。これこそいたちごっこのようではないか。

 ニコライはそんないたちごっこに興味を示し、兵器開発に従事しながら、裏では経済問題に取り組み、自分の可能性を模索していた。

「この国の経済はまだまだ捨てたものではない」

 と感じ、農作物に目を付けたのは、シュルツよりもむしろニコライの方が先だった。

「シュルツ長官に相談してみるか?」

 とニコライが思い立ったその時が、チャーリア国の運命の分岐点だった。

 チャーリア国は、農産物の輸出で今までの赤字を克服し、黒字に転じることができた。これもニコライがシュルツに話をしたことがきっかけでここまでこれたのだが、これは全世界的にも奇跡に近い状況で、まだまだ他の国は赤字に喘いでいた。

 時に軍事産業を中心とした国は、その打撃も大きく、他国へ輸出するどころか、国内でも削減ムードが高まったことで、兵器を作れば作るほどの赤字という状態になっていた。

 特にひどいのはアレキサンダー国だった。

 元々は軍事クーデターによる軍事大国であることから、世界不況になる前はそこそこに景気が伸びていたものが、急転直下の先が見えない赤字地獄に陥っていた。

 国家予算はすでに赤字、今のままでも数百年の赤字ペースが続いていくのに、さらに追い打ちをかけるように世界各国で軍縮ムードが高まっていた。

「この不況の時代に戦争なんてやってられない」

 という考えだが、中には戦争でもして他国を侵略でもしなければ立ち行かない国もあるにはあった。

 だが、国際社会に逆らうわけにはいかないと尻込みをしていた。どこの国も声を挙げなければ、このまま軍縮ムードで世界が覆われてしまう。

 アレキサンダー国はそういうわけにはいかなかった。軍事クーデターが成功した理由の一つに、

「財源の確保」

 があった。

 どこで財源を確保したのかというと、そのほとんどは国内にある財閥と手を結ぶことだった。

 財閥は裏で兵器開発を行っていて、秘密に兵器を輸出していた。元々の君主も分かっていて見逃していたのは、彼らの繁栄がそのまま自国の繁栄に繋がるからだ。つまりは君主からすれば財閥連中は一蓮托生だと思っていたのだ。

 だが、財閥からすれば一蓮托生でもなんでもなく、ただの商売相手というだけで、軍事政権がクーデターを起こすために資金が必要だと相談を持ちかければ、彼らにとってどちらが有利かを考えた時、軍事政権に味方した方が有利だということで、彼らに資金援助していた。

 もちろん、軍事クーデターは露見が命取りになるので、秘密裏に行われていたのだが、兵器の質も数も、財閥の財力にかかれば、集めることは簡単だった。

 軍事クーデターは、財源的にも確保され、隅から隅まで計算尽くされた計画によって成功したのだ。

 アレキサンダー国に国名が変わっても、財閥と軍事政権の間の癒着は蜜月状態で、離れることはなかった。彼らこそ一蓮托生で、どちらかが倒れればどちらかも倒れるという状況に、お互いが助け合っていた。

 今回の不況ではさすがの財閥もただでは済まない。他の国の財閥は軒並み瞑れていき、政府への不満を持った群衆が、財閥も目の敵にするようになったことで、経済破綻によるクーデターも起こっていた。

 アレキサンダー国も他人事ではない。

 特に財閥は怖がっていた。財閥の中には、秘密裏にことを進めていくことんい不安を感じ始めているところもあった。これまでは、

「いけいけドンドン」

 で先だけを見てきたところも、すでに財閥として飽和状態に陥っているところは、安定を願うようになる。

 そうなると、この不況の下で国家とつるんでいると自分たちも共倒れになってしまう懸念を払拭できないでいると、保守的な勢力が台頭してくるようになる。

 実際に財閥を動かしているのは、保守ではなく軍事政権と密接な団体で、彼らは保守連中ともめることがしょっちゅうだった。

 ただ、保守であっても軍事団体であっても、一つ言えることは、

「戦争がなければ、この財閥はやっていけない」

 ということだった。

 これは国家にも言えることなのだが、今戦争を起こすというのは、時代が軍縮に傾いている時に時代を逆行することになり、国際社会から非難を浴びることは必至である。

「何とか、どこかの国と戦争状態になるか、あるいは、他の国を誘発できないか」

 というのが財閥の考えだったが、

「他の国で何かが起こっても、確かに兵器は売れるかも知れないが、それだけでは不況に打ち勝つだけのパワーとなりきれない」

 と軍事政権は考えていた。

「じゃあ、我が国で何かのアクションを起こして戦争に引き込みますか?」

 というと、

「いや、何か策を弄して、戦争をしても我が国が非難されないようにしないといけない」

 と語った。

「いい考えがあります」

 というと、

「どういうものなんだい?」

「チャーリア国に侵攻するんです。あそことはこの間休戦協定を結びましたが、元々が超規模な紛争だったので、休戦協定は甘いものでしたよね。だからちょっとした口実だけでも相手国に侵攻する言い訳にはなるんですよ。何かありませんかね?」

 と財閥の一人がそう言った。

「チャーリア国なら何とかなるかも知れませんね。ただそれにはアクアフリーズ国の承認がいります。今はあの国は我々が建てた傀儡国家が存在しますので、傀儡国家から発信してもらえば、こちらが攻めていく口実にはなりますよ」

 と政府の高官が語った。

「何とかなるというと?」

「アクアフリーズ国は、元々王国だったのはご存じだと思いますが、今でも王朝は健在なんです。国王は亡命しましたけど、国王の弟が王家において権力を握っているんですが、まだ天下に号令を発するまでには至っていません。それを達成させてあげられるのは我々しかおらず、そのためにはチャーリア国を侵略する必要があるんです」

「チャーリア国というと、切れ者と評判のシュルツ首相がいるところですよね。彼は軍人としては尊敬しますが、政治家としてはいまいちな気がしてるんですよ」

「それはちょっと考えが違っているかも知れません、彼は政治家としても優秀で、国際平和連合でもしっかりとした発言を行っていましたからね。だから彼を甘く見ていては痛い目に遭いますよ」

 と政府高官がいうと、

「そういえば私が耳にしたところによると、新兵器開発で彼は隣国にそれを売り込んで、大きな成果を挙げたとも聞きました」

「彼は元々軍人だったので不思議はありませんが、その力が今証明されているということなんでしょうね」

 というと、

「人のことはどうでもいいからうちの閣僚にも同じような人がいてくれれば、私も苦労しないんだが……」

 という話の中で、次第にチャーリア国への侵攻が形になり始めてくるのだった。

 まず問題は、大義名分だった。

 いかに休戦状態であるとはいえ、いきなり侵攻を加えれば、他の国の反応はどうであろう?

 アレキサンダー国の政府内部で、次のような会話が、閣僚会議で話し合われていたようだ。そこには財閥系の要人も有識者として招かれていた。アレキサンダー国の政府高官の会議に財閥系の人が入ってくることは珍しいわけでもなく、この時もゲストとして招かれていた。

 もちろん、発言に規制はないが、基本的には財閥系の人たちの発言はほとんどないことの方が多かった。

「アレキサンダー国がチャーリア国に再度侵攻したって聞くけど、この時代にいきなり侵攻するには何か理由があるはずだってウワサされるでしょう?」

「それは大義名分がなかった場合ですよね?」

「ええ、そうなると我々に正義がないどころか、他の国からいろいろ詮索されると思うんですよ」

「というと?」

「チャーリア国には何か資源があるから、それを目指してアレキサンダー国が侵攻したってね。つまりは横取り目的だと思われる」

「そうなると他の国も黙ってはいませんよね。我々に後れを取るまいと、こちらに戦争を吹っかけてくるかも知れないし、逆にチャーリア国の味方につくかも知れない。今の我々とチャーリア国とでは軍事バランスとしてはどうなんでしょうね?」

「それに関しては、三年前に調べた感じでは、まだ少し我々の方が兵器や武器、弾薬の数やレベルでは勝っていると思います。ただこれは以前にチャーリア国に侵攻した時に比べて、明らかにあちらの方が進化していて、うちとしては横ばい状態です。しかもあれから三年が経っていますから、もう一度確認した方がいいと思います」

 というと、他の閣僚が、

「ということは、『攻撃するなら今』ということではないですか? 相手がどんどん強力になってきているのだったら、今のうちに叩いておかないと」

 というと、さらに話を聞いていた閣僚が、

「待ってください。戦争をするなら、まず同盟国との了承も必要ですし、協力も確約しておかないと危ないですよ。そういう意味でも相手がどのような国と同盟を結んでいて、どのような条約になっているかを調べるのも大切です」

 国交が断絶された状態では、諜報活動を行わない限り、それを知るすべはない。チャーリア国の方もそれくらいのことは分かっていて、アレキサンダー国に対して絶えず諜報を繰り返し、以前の戦争の二の前にならないように万全の準備を整えていた。

 しかも、チャーリア国は先制攻撃よりも専守防衛が主たる国なので、攻め込まれてからの方が強い、しかも、今は核兵器という相手をくじく兵器も保有していることから、

「攻めてくるなら負けるはずはない」

 と思っている。

 しかも、相手がアレキサンダー国ではなおさらのこと、以前の戦闘である程度の手の内は知り尽くしていいる。アレキサンダー国はここまでチャーリア国が自分たちの実力を分かっていて侵攻を待ち構えているかまで考えてはいない。何しろ、これから侵攻を考えようというのだから、ある意味では遅すぎるくらいだ。

 チャーリア国はアレキサンダー国から侵攻された時のシュミレーションは何度も行っている。何といっても今のチャーリア国にとっての仮想敵国はアレキサンダー国なのだから当たり前のことだ。

「飛んで火にいる夏の虫とはこのことだ。一網打尽にしてくれる」

 軍の司令官は、いつアレキサンダー国が攻めてきてもいいように待ち構えていた。

 アレキサンダー国はそんなことなどまったく知らず、会議に勤しんでいた。

 戦争をやりたいと思っているのは政府というよりも財閥連中だった。彼らにとって生き残るには戦争をして兵器が売れることが大切だった。侵攻を受けると自分たちの身も危ないが、侵攻をかけるのだから、まずはこちらに火の粉が降ってくることはない。そう思うと、軍部に対しても政府に対しても強気の発言ができるのだ。

 しかも、軍部は自国の財閥を信じきっている。そして財閥からは安価で兵器を購入している関係もあって、財閥とは秘密の関係にもあった。

 軍部は財閥との関係上、戦争を辞さない構えを示していた。完全に政府よりも財閥に近い関係にある軍部は、何とか財閥と組んで、チャーリア国に攻め込みたかった。

 これは前回のリベンジでもある。

 せっかく侵攻したのに、休戦になってしまって中途半端に終わってしまったことで軍部は国民から信頼されない立場になっていたのだ。

 軍部としても、そんな自分たちの立場を国民に示しておかないと、国家から上層部がリストラされるケースがあるからだ。

 アレキサンダー国は完全に達成されてこその部となっているので、数字が大切だった。人情などは存在しないだけに、結束は固いのだろうが、血も涙もない人事には、誰もがビクビクしている状況だった。

 しかも、政府は口には出さないが軍部を嫌っている。軍部は元々の政府なのだが、それは数年前までのこと、民主化の波が押し寄せてきた関係で、政府に官僚や民間からの転用は行われ、軍事政権は崩壊していた。そういう意味で、これまで軍事政権の下で困窮してきたい貧困層の人たちが政府を応援するようになって、さらに軍部の力は衰えていった。軍部もさすがに最近になって国民の目や得票を気にするようになってきたということである。

「軍なんてなくたっていいんじゃないか?」

 とまで言われるようになったくらいで、これはさすがに極端だが、それだけ軍は嫌われているということだ。

 そこに財閥は目をつけた。

 国民の目が民主化に向かっているのは、財閥にとってもありがたくないことだ。それで軍部と手を組んでもう一度軍部による政府の確立を目指そうとしている。それには戦争を行って、確固たる戦果が必要になってくるのだ。

 休戦中だということはアレキサンダー国にとってはありがたいことだった。戦争の準備をしていても、それは相手から受ける攻撃の防御のためとして言い訳が成立するからだ。防衛のための準備は国際法でも認められている。しかも休戦中であれば、なおさらのことだ。

 だが、チャーリア国の諜報部員は、どれほどの準備かということを正確に本国に伝えていた。

「いよいよアレキサンダー国が侵攻してくるようですね」

 とシュルツがいうと、

「例の兵器は使うつもりかい?」

 と聞かれ、

「最初は様子を見ます。使用するとすれば、ここぞというところでの使用になりますね」

「ところで向こうに大義名分はあるのかな?」

「あるとすれば例のあれでしょう?」

「そうだな」

 と二人はほくそ笑んだが、逆に「例のあれ」はチャーリア国にとっても「奥の手」として残しておくもののようだ。

 アレキサンダー国では、臨戦態勢が整い始めていた。相手国はもちろんチャーリア国、作戦としては奇襲戦法での先制攻撃を足掛かりに、一気に攻めたて、相手の出鼻をくじくことで戦意を喪失させ、頃合いを見て、第三国に調停をお願いし、有利な条件で和議を結ぶというものだった。

 ただ、それには最初の戦闘が奇襲でなければ意味がない。逆に言えば、最初で決まると言ってもいい。

 チャーリア国の方もいつアレキサンダー国が攻めてきてもいいように臨戦態勢を保ってはいたが、奇襲攻撃に望みをかけているとは思っていなかった。正攻法でやってきて、そこを撃退するとしか考えていなかったので、アレキサンダー国の奇襲攻撃もやり方によっては成功する可能性もかなりあった。

 アレキサンダー国が奇襲攻撃を掛けてこないと考えたのは、自分たちと相手との軍事バランスを考えたからだ。実際に相手が分析しているように、三年前の軍事バランスでは明らかに相手の方が優勢だった。だが、今はチャーリア国も軍事に充実してきて、発展も目覚ましかった。しかも新兵器を持っていることは心強かったのだが、それはあくまでも極秘中の極秘、実験対象になった国に輸出したのがチャーリア国であるということも秘密だった。

「アレキサンダー国は、きっと我々がまだまだ軍事には後れを取っていて、正攻法でも叩けると思っているのではないでしょうか? 彼らには精鋭部隊が存在し、精鋭部隊はパラシュートによる空挺部隊であり、先制攻撃の合間に彼らを任務に就かせることで、こちらの出鼻をくじくと考えられます。実際にこれを成功させられると、今まで彼らと戦った国は、ほぼ全滅の憂き目に遭っています。そういう意味では彼らの戦法は鉄板だと言ってもいい。だから、彼らは先制攻撃を正攻法、つまり今までのやり方でくると思われます」

 軍の作戦会議で、アレキサンダー国が攻めてきた時、どのように対処するかということが話し合われた。

 アレキサンダー国が攻めてくるというのは、ほぼ間違いない。後は、いつになるのか、戦法はどういうものなのか、そしてどこから攻めてこようとするのかが問題だった。

 シュルツはまず部下の幕僚たちに意見を言わせて、最後に自分の意見を言うようにしていたが、今のは最初の幕僚の言った発言であり、

「他に意見を」

 と議長が言っても、皆考え込んでいる様子だった。

 ということは、最初の幕僚の意見と皆ほぼ同じで、考え込んでいるのは、その中でどこか補足する部分を考えていたのである。

 しかし、別に付け加えるところもなく、誰もが黙っている。すでに幕僚たちの意見はこの一つにまとまっているようだ。

 会議において、元々の話し合いが行われることはない。幕僚たちはそれぞれ自分の立場があり、まったく違う立場の長であることから、この会議に臨むまで、誰も相談などすることはなかったであろう。

「シュルツ長官。意見はほとんど一つだけのようですね」

 と議長がシュルツに意見を求めた。

 それを聞いたシュルツは、

「なるほど、皆の意見はよく分かった。私も大筋で似たようなものである。だが油断は禁物、少ないかも知れないけど、奇襲作戦の可能性も視野に入れて、専守防衛に当たってもらいたい」

 と述べた。

 それに対して一人の幕僚が、

「分かりました。しかし、奇襲攻撃とはどういうものなのでしょう? 彼らには空挺部隊という精鋭部隊がいて、奇襲攻撃を掛けてしまうと、彼らの立場が薄くなってしまいます。もし私が精鋭部隊の長であれば、そんな作戦を立てられた時点でやる気を削がれたような気分になります。したがって、実際の戦闘になった時、本当に精鋭部隊がその実力を発揮できるかが問題ではないでしょうか? そう思うと、却って作戦が災いするのではないかと思うんですがいかがでしょう?」

 というと、シュルツはそれを聞いて、

「なるほど、それも一理あると思う。じゃあ、アレキサンダー国に忍び込ませている諜報部員に、空挺部隊の動向を探ってもらうことにしよう。ただ、やつらが攻めてくるまでにはそんなに時間はないと思っている。中途半端に終わらないようにしないといけないな」

 と答えた。

「ところで例のものはどうされていますか?」

「ああ、あれはチャールズ様の屋敷の金庫の中に丁重にしまってある。気にすることはない」

 アレキサンダー国が、大義名分としようとしているものであった。

「そういえば、わが祖国であるアクアフリーズ国でも、戦闘準備が進められているという話が入っております」

 と別の幕僚が話をしたが、

「なるほど、傀儡政権と同盟を結んでいるので、一緒に我が国に攻めてこようという魂胆だな」

 とシュルツがいうと、

「わが祖国と戦うのは気が引けます」

 とその幕僚は答えた。

「確かにいくら傀儡国家とはいえ、兵士は昔の部下たちだからな。まるで同志うちのような気がしてくる。案外この感情を植え付けようとするのもアレキサンダー国の作戦なのかも知れないな」

 とシュルツは看破した。

「何とか諜報活動で彼らを寝返らせることはできないものでしょうか?」

 と幕僚がいうと、

「アレキサンダー国はともかく、アクアフリーズ国に諜報部員を忍び込ませることは難しいだろうな。あの国には諜報に関してのノウハウがあって、我々はそれを踏襲しているだけなんだ。だから潜入してもすぐにバレてしまう可能性があるんだよ」

「でも、傀儡国家はアレキサンダー国なんですよね? アクアフリーズ国の諜報活動の情報が漏れたりしませんか?」

「それはないと思う。アクアフリーズ国の諜報は、世界的にも知られていない。彼らもそれを分かっているので、決してアレキサンダー国に手の内を見せることはないだろう。彼らが一縷の望みを持って隠し通そうとしているのであれば、本当に隠し通せるような気がするんだ」

「だったら、我々の味方じゃないですか? 我々がアクアフリーズ国のかつての同志に連絡をつけることもできるんじゃないですか?」

「そうじゃないんだ。我々はアクアフリーズで王国が崩壊した時、アルガン国に亡命しただろう? それはまるで彼らを見捨てて自分たちだけで亡命したかのように思われているとすれば、彼らにとって我々は敵以外の何者でもないんだ」

 とシュルツは言った。

 それを聞いて、幕僚全員が頭を抱えた。確かにシュルツの言う通りで、もし自分たちも取り残されていたら、同じことを思っていたに違いない。

「シュルツ長官。そうなるとアクアフリーズとアレキサンダーの両国が攻めてくるのを我々が撃退しなければいけないということですよね? 二国が攻めてくるのなら、挟撃される可能性もあるんじゃないですか?」

「それはあるだろうね。アレキサンダー国の戦法と、アクアフリーズ国の戦法ではまったく違う。むしろアクアフリーズ国は我々に近い戦術だろう。ということは専守防衛の国ということになる。だから、一緒の方向から攻めてくるということはないだろう。アレキサンダー国にとってアクアフリーズ軍は、自分たちが攻め込むために相手がどのような戦法に出るかというのを研究する材料として使うのが一番なんじゃないかって思っているんじゃないかな?」

「じゃあ、アクアフリーズ国が攻めてくると考えられる方よりも、アレキサンダー国が攻めてくると思う方を固めるのが大切なことではないですか?」

「いや、私は逆だと思う。アクアフリーズ軍の中にやつらの精鋭部隊を隠していれば、こちらが正面軍と戦っている間に容易に空挺団を我が国に侵入させることができる。領空を侵犯してきたのに気付いた時は、もうすでに遅いんだよ。これは今まで他の国が攻められた時のことを考えれば分かることで、空挺団はそれほど甘いものではないということになるね」

 とシュルツがいうと、幕僚たちは黙ってしまった。

 シュルツは続けた。

「だからと言って、彼らに弱点がないわけではない。確かに空挺団の強さは本物なんだが、それ以外の部隊は意外とくみしやすいというものだ。わが軍でも十分に撃退できるだけの兵力だと思う。だが、空挺団は撃退するだけではダメなんだ。やつらを殲滅するだけのものがなければいけない」

「どうやって?」

 と一人の幕僚が聞くと、

「我々には新兵器があるじゃないか。こんな時のために開発したんだ。相手が少数精鋭だというのも好都合。想像以上の効果をもたらしてくれるんじゃないかって思うぞ」

 とシュルツは言った。

「ああ、なるほど。他の部隊は我々の軍だけで十分ですからね」

「そういうことだ」

「精鋭部隊の動きを逐次見張っていて、その動向を見逃しさえしなければ、この戦争は勝てるというわけですね」

「そうと分かれば、それを中心にした作戦を立てることもできるだろう」

「分かりました。作戦に関しましては、まず私たちが立案します」

 と、参謀総長が立ち上がってそう言った。

「お願いしよう。君のその作戦に我が国の興亡が掛かっているんだからな」

「かしこまりました」

 参謀総長は、アクアフリーズ王国で、唯一かつての世界大戦を知っている人物だった。

 本来なら退役していてもおかしくない年齢なのだが、本人が、

「まだまだ若い者には負けません」

 と、すでに六十五歳を超えているというのにまだまだ若々しい。

 シュルツはその若々しさが自分たちの軍に必要なのだと、退役寸前の彼を参謀総長に据えたのだ。

「ありがとうございます。これからの私は第二の人生を第一の人生の夢のような気分で過ごすようにします」

 と、平和な時代だったのでそんな会話もできたが、シュルツにはその言葉が印象的だった。

 参謀総長の作戦は奇抜なものが多かったが、それは派手だという意味ではない。地道なところは地道なのだが、時々想像もつかない着眼点が見えていた。それを見てシュルツは彼を退役させない方向に導いたのだが、自分も軍部の長としてずっとやってきたシュルツにとって、参謀総長はいてくれるだけで心強さを感じた。

 シュルツもそろそろ本当であれば退役の年齢に近づいてきていたが、自覚がないのは、参謀総長をずっと見てきていたからなのかも知れないと感じていた。

「年なんて、取るものじゃなく、重ねていくものですよ」

 とかつて参謀総長が言っていたが、

「まったくその通りだ」

 と、シュルツは思ったのだ。

 その日の幕僚会議は、普段と時間が変わらなかった。臨戦態勢を取っていて、さらにアレキサンダー国の侵攻が近いと思われているわりには、まるで定例の会議であったかのような内容に、幕僚の中には、

「本当に攻めてくるのかな?」

 と半信半疑の人もいた。

 実は軍の中ではこういう曖昧な気持ちになっている人が一人でもいることは危機であると言われていた。だからと言って、余計な煽りを与えてしまっては、シュルツの考えを最初から否定するとも言える。シュルツとしては、軍が統制のとれた状態で行動するには、気持ちに余裕があった方がいいというのが基本原則であった。下手に煽っても、緊張した気持ちは長続きしない。だからこういう曖昧な精神状態の人も生まれてくるのだろうが、シュルツはそれも仕方のないことのように思っていた。

 矛盾した状態であるのは仕方のないことで、どちらを優先させるかというのは、上層部の考え一つであった。どこの軍の上層部もこの矛盾に対して悩んでいる。シュルツとしては、どちらでもいいから態度をハッキリさせる必要があると常々思っていて、刻々と状況が変わる中で変えていかなければいけないものもたくさんあるが、このような根幹として存在している矛盾に関しては、一貫して貫けるものがなければいけないというのがシュルツの考えだった。

 余裕と油断、二つの状況でシュルツは余裕を取った。油断は確かに危険であるが、戒めれば何とかなる。しかし、余裕がなければいくら戒めても伸びしろがないのだからどうしようもない。人によっては、

「油断大敵、油断を見過ごしてしまうと、取り返しのつかないことになる」

 という人もいるが、シュルツはそうは思わない。

 油断というのも一種の不安から来ているもの、不安を取り除いてあげれば、油断はおのずとなくなってくる。そう思うことでシュルツは軍を引き締めらると思っていた。

「だから、私も不安にならないようにしようといつも思っているんだよ」

 と、腹心の部下には時々話しているが、彼らも同じことを考えているようで、だからこそ、シュルツは彼らを腹心として重用しているのだ。

 アレキサンダ国は決戦の日付を決めて、攻めてくる算段をしていた。

「司令、軍の様子はいかがですか?」

 と政府閣僚から声を掛けられた司令というのは、昨年まで参謀本部で参謀課長をしていた男で、今回のチャーリア国侵攻にあたって、軍司令に抜擢されたのだ。

 本人は意気に感じ、真面目に戦争に当たろうと感じていた。元々真面目で忠実な男なだけに、扱いやすい男としては定評があった。

 しかし、それを本人が自覚していないので、余計にまわりあら利用される恐れがあったのだが、今回の抜擢も、政府とすれば自分たちの言いなりになりそうな人事を軍に求めていたので、軍部人事がそれを忖度したと言えるだろう。

 ここはチャーリア国侵攻の最終決定をするべく集められた閣議の場で、国家元首を目の前にしての、一種の、

「御前会議」

 でもあった。

「わが軍は士気も旺盛で、各人自覚を持って事に当たっています。きっと皆さんのご期待に沿える活躍をお見せできると確信しております」

 少し大げさにも感じられたが、それだけ忖度をしているということであろうが、参謀歩武出身ということで確証がなければここまでハッキリとは言えないだろう。そう思うとこの言葉もあながち疑念に満ちたものではないのだ。

「司令官もそう言われておりますように、軍の方としても、準備は順調に進んでおります。あとはいつがエックスデーになるかということですが、政府としてはいかがでしょう?」

 最初に言葉を発した政府閣僚は、この会議においての議長である。彼は一時期軍総帥部に所属していたこともあり、軍のこともこの中では分かっている方だ。そういう意味では議長としては最適だった。

「政府としては現在、外交によるチャーリア国に対して圧力を加えております。そもそもチャーリア国というのは亡命政権であり、国家としての要件を満たしているか分かりかねるところもあります。実際にチャーリア国と国交を結んでいる国はまだまだ数が少ないです。我が国はとりあえず国交は結んでいますが、それは交渉をするためだけの国交であって、一触即発の状態になれば、いつ国交断絶してもおかしくないと、お互いで話をしております」

 と政府側の高官が答えた。

「その状態をWPCは了承しているんだよね?」

 と、国家元首秘書の男が確認の意味で口にした。

「ええ、もちろんです。WPCではチャーリア国建国を認めているようですが、議員の中には反対派の人も多いようです。何しろ元々王国の元首が設立した国ですからね。時代にそぐわないという意味で敬遠している議員が多いということです」

「先の大戦での教訓を元に作られた組織であるという証拠ですね」

「その通りです。ただそういう意味では軍事政権によるクーデーターによって成立した我が国も部妙な立場なんですよ」

「どうしてですか? 先の大戦後、いろいろな国が独立していきました。もちろんその中には軍事クーデターも多かったと思います。それなのに、どうして我が国の軍事クーデターを微妙にする理由があるんですか?」

「独立していった国は、皆植民地時代があって、宗主国からの迫害を受けてきた。そこからの独立なので、容認されているようです。ですが我が国は体制の変革によるクーデターであり、いわゆる内乱なんですよ。我が国にもいろいろ言い分はありますが、表から内乱を見た場合には中途半端になるのは仕方のないこと。下手に調べたりすると内政干渉と言われかねない。そうなることを誰もが恐れるので、表立って批判はしないが、賛成もしかねる。そういう意味で微妙だということになるんですよ」

「よく分かりました。じゃあ、このまま我々がチャーリア国に侵攻すれば、国際社会から非難を浴びることになるというわけですか?」

「完全にそうだとは言いません。ですが、大義名分がなければ、非難されても仕方がないでしょう」

「もし、非難されればどうなりますか?」

「もちろん、我が国が宣戦布告を行ったという前提にもよりますが、諸外国がどのような立場を取るかですね。ほとんどの国が中立を宣言してしまえば、我が方は資源の面でも次第に立ち行かなくなるかも知れません。少なくともどこかに同盟国を作っておく必要があるかと思いますが、いかがでしょう?」

 アレキサンダー国は、表面上の平和条約や同盟は結んでいるわけではないが、チャーリア国の母国ともいうべきアクアフリーズ国に設立した傀儡政権とは蜜月の関係であった。

「秘密条約のおうなものは存在します。そして、これが我々の切り札でもあります」

「どういうことですか?」

「先ほど申されましたように、大義名分がなければ国際社会から非難を浴びると言われましたが、その大義名分をその国が握っているんです」

「それはアクアフリーズ国にできた新政府のことですか?」

「ええ、そうです。でも、この切り札というのはもろ刃の剣でもあります。もしこちらがそのカードを切れば、相手も同じ切り札を出してくるでしょう。ただそれは相手にとっての戦争意義というだけで切り札としてはこっちの方が強いんです。だから、もしチャーリア国と戦争になるのだとすれば、それは我々が侵攻するしかないんです」

「それはチャーリア国も分かっていて、それで待ち構えているのではないですか?」

「それはあるかも知れません。何しろ彼らは国際社会に対して、自分たちが専守防衛の国であることを宣言していますからね」

「それも彼らの狙いで、ひょっとすると、相手に先手を打たれているのではありませんか?」

「そうかも知れませんが、我々にだってやり方はあります。戦略的に先手を打たれたのであれば、今度は戦術的に先手を打ってやればいいんです。相手は我々の行動をどこまで把握しているか分かりませんが、行動を起こすのはまずは我々でなければいいんです」

 会議は紛糾してきた。

「それは奇襲攻撃ということですか?」

「ええ、奇襲攻撃には変わりはありませんが、わが軍を囮にして他の軍が攻め込めば、緒戦での勝機はあると思います。我々は先制攻撃を加えるわけですから、必ず期待している戦果を挙げなければいけません。そうでなければそれ以降の戦術も戦略もすべてが狂ってくるんです。そのための方法を、まず軍部で立案して我々政府で検討してみた。そしてその結果を今から皆様にプレゼンしようと多い、用意をしております」

 政府高官は、そう言ってプレゼンを始めた。内容に対して誰も意義を唱えたり、途中で中断させる人もいなかった。それだけよくできたプレゼンであり、議会を全会一致で納得させるに至った。

 会議はそこで終了し、解散となった。

 軍部の若手と政府の若手が二人話をしていた。二人は高校時代に同期であり、お互いに政府と軍部に別れたが、お互いに学生時代までは連絡を取り合っていた仲だった。それぞれ軍や政府に所属してからは出会う機会はなかったが、卒業後出会ったのが、この最終会議だというのも実に皮肉なことだった。

 二人gはお互いの出世をねぎらい合って、本当に久しぶりに会ったことを喜んでいた。

「それにしても、まさか本当に戦争になるなんて俺は思ってもいなかったよ」

 と政府側の青年がそう言った。

「そんなことはないさ。俺は軍にいても政府の情報が入ってくるところにいたので、戦争が近いことはある程度分かっていた。そういう意味でお前が戦争に対してそこまで切羽詰まった考えでないことは意外だったな」

「この国の政府というのは、本当に秘密主義なんだ。それは内輪に対しても同じで、どうやらかつて内部密告があったらしく、それから同僚であっても何も言ってはならないという慣習ができあがっていた。俺はそれを当たり前だと思っていたんだ。特に軍のように機密事項が多く、その漏えいが国家存亡の危機に瀕することになるのを考えると、そんなに風通しがいいのが不思議でたまらないくらいだ」

「軍にだって規律は存在し、情報漏えいは軍法会議で死刑になりかねない重大犯罪だからな。同じことだよ」

「俺はそれが不思議で仕方がない。軍なんだから、そんなに風通しが良くていいのかってね。しかも、それは今回だけなんじゃないかって思うんだ。実際にかつて軍の機密が漏えいしかかったことがあって。もちろん未遂に終わったんだけど、そのことが発覚し、漏えいさせた軍部の人間を軍法会議で、異例のスピードで死刑判決を受け、しかも、これもあっという間に刑が執行されたことがあった。だから知っている人は一部の人間なんだ。それを聞いた時、軍部の恐ろしさを痛感したんだ。しかし、今回のチャーリア国への対応に関してはかなりオープンであり、まるで相手に探らせているかのように思えたくらいなんだ」

「そういえば会議で言っていた切り札って何なんだろうな?」

「さあ、俺には分からない。だけどそれを探ろうなんて思わない方がいいのは確かだと思う。さっきの閣議の中だけでのことなんだからな」

「だけど、どうしてあんな重要な閣議なのに、俺たちのような者が出席になったんだ?」

「この国において最終決定になるような重要な閣議では、秘密保護の観点ではなく、オープンなところが必要なので、政府からと軍からと、中立な立場の中堅クラスの立場の人間を出席させるんだ。あくまでも御前会議は形式的なことだということなんだろう」

「俺たちって中堅でもないぞ、まだまだ若手だよ」

「年齢的にはそうだが、階級はそこそこだろう? 軍も政府も今回はそういう人間を選んだということだ。だから俺とお前が選ばれたのはただの偶然ということではないか?」

「そうなんだな。じゃあ、あまりこのことにこだわってはいけないのかも知れないな」

「ええ、その通りだ。この話はおしまい」

 そう言って、二人はその後、お互いにそれぞれ歩んできた道について、とりとめのない話を始めたのだった。

 それを遠くで聞いていた男がいた。

 彼はチャーリア国の諜報部員で、最終決定の閣議が行われている会場の外にいた。

 まさか中に入るわけにはいかず、ただその成り行きを見守っていただけだったが、時間的にいつもの定例会議と変わらない時間だったこともあって、

「やはり、重要事項はすでに決まってしまっているんだな」

 と感じた。

 じゃあ、その場をすぐに離れるべきだったのだろうが、なぜかその場を彼は離れることができなかった。

 その時に聞こえてきた二人の若手の話に彼は一つ引っかかっていた。

――何をそんなに軍はオープンにしたがっていたんだろう?

 確かに彼も何か違和感を感じていた。

 極秘事項が存在すれば、諜報部員としての鼻が利くというべきか、内容は分からないまでも機密事項の存在を肌で感じることができるはずだった。それなのに、今まで入り込んでいたはずの軍で、

――こんなにも機密事項の臭いがしないというのはどういうことなんだろう?

 と感じていた。

 かといって、オープンにしているようで、探ってみると見つかる新たな発見は数少なかった。

――これだって、こんなにも少ないはずはないだろう――

 と思っていたが、

――何かが違う――

 と熟年の諜報部員を困惑させる彼らのやり方に、彼は恐ろしさを感じていた。

 しかし、かといって本国にどのように報告すればいいというのか。

 もし、

「相手国にまったく動きはありません」

 というありきたりな報告をすれば、それで納得するはずもない。

「そんなバカなことはない。彼らは必ず先制攻撃を仕掛けてくるはずなんだ。そのきっかけになる何かを一つでもいいから探ればいいだけなんだ。そんな簡単なこともできないというのか?」

 と言われるに違いなかった。

――そんな簡単なこと?

 もしそう言われれば、彼のプライドは傷つけられるであろう。

 元々諜報部員はプライドなど持ってはいけないはずだった。それなのにプライドを持つというのは、今までの自分を否定するということであり、諜報部員としては致命的なことになるはずだった。だから、ここで怒ってはいけないはずなのに、彼は想像してしまったことで怒りを覚えた。

 実際に言われたのであれば、我慢もできたことだろう。しかし、想像の中で言われたことに対して、彼は怒りを抑えることができなかった。

 そのせいで、それ以降の諜報活動に支障をきたしてしまった。

 実はこれもアレキサンダー国内部のやり方であった。

「諜報部員が入り込んでいるかも知れないので、表向きはオープンにしておいて、実際には秘密事項の存在をひた隠しにするんだ。そうすれば奴ら諜報部員は自分や母国の司令が信用できなくなり、自己嫌悪に陥ってしまうだろう。そんなことになったことのない彼らにはこれほどの毒はない。それが私の狙いなんだ」

 と、軍の幕僚と、アレキサンダー国の諜報部員の長との話だった。

 アレキサンダー国にも一応諜報部員は存在する。しかし、彼らの役目は外国での活動ではなく、本国内での謀反者を見つけるという役目に従事していた。そのため、チャーリア国としても、

「アレキサンダー国には、諜報部員は存在しない」

 というウワサがあり、諜報部員が存在し、それが国内向けにだけであるということを知っているのは、シュルツとあと数人の幕僚だけだった。

 そういう意味では、

「チャーリア国の諜報部員にも相手国に潜入するんだから、それくらい教えておけばよかった」

 と、幕僚に思わせたのは、あとの祭りとなった。

 アクアフリーズ国では、着々とチャーリア国に侵攻する準備が進められていた。チャーリア国でも一応アクアフリーズ国に警戒はしていたが、亡命政府とはいえ、元々の同胞の国ということもあり、いきなり攻め込んでくる可能性は低いと考えていた。

 そのことを一番よく分かっていたのはアクアフリーズ国の現在の軍幕僚総長だった。

「チャーリア国がシュルツの実質的な国であるということを考えれば、我々の侵攻が成功する可能性は高いかも知れないな」

 と、軍司令官に語った。

「そうでしょうか? シュルツ長官はあらゆる方面に目を向けている方なので、少々の奇襲攻撃は利かないように思えますが?」

 というと、

「やつはあれでも結構人情深いところがあるんだ。一度信じるととことんまで信じるところがある」

「そんなことでよく長官が務まりましたね。私が見ている限りでは、シュルツ長官はあまり人情に囚われることのない、冷徹なところがある人だとお見受けしていまそたけども?」

 という司令官に対し、

「普通の人ならそうなんだろうな。しかしシュルツくらいの男になると、その人情が相手にも信頼感を与え、長所にもなるんだ」

「でもですよ。下士官くらいであれば、人情もその人の長所として受け入れられるかも知れませんが、長官ほどの軍という組織を束ねる人ともなれば、私情になってしまうんじゃないですか? 出世すればするほど人情はその人の欠点として浮き彫りになり、まわりの目に見えない敵にはそれが好都合だったりして、すぐに陥れられる運命になるんじゃないでしょうか?」

「そうかも知れないね。でも、シュルツの場合は違うんだよ。彼はそれでも人を信用する。そこまでするから他人にはできないこともできてしまうんだよ。きっとそれは先代の国王から教わったことなのかも知れないな」

「そんなこと、簡単に教えたり教えられたりするものなんですか?」

「もちろん、言葉だけではできないさ。そこに信頼関係があり、お互いに何も言わずともツーカーのように通じ合えたりすると、見えない力に導かれて、常人には想像もつかない結果を生んだりするものなんだよ。シュルツという男はそういう男で、それが逆に相手を油断させることになるから、それこそ油断ならないという言葉がピッタリになるんだよ」

「そんなもんなんですかね。私には俄かには信じられません。でも、もし幕僚長の言われる通りなんだとすれば、今ならチャーリア国に攻め込む絶好の機会ということになるんじゃないですか?」

「そうだね。チャーリア国の目は今はアレキサンダー国に集中しているからね。奇襲攻撃は十中八九成功するだろう」

 と言って、少し考えている幕僚長を司令官は見逃さなかった。

「だったら、何も考え込む必要なんてないじゃないですか」

 というと、

「そうなんだが」

 と、幕僚長はいつもの歯切れはない、覇気のない返事を繰り返した。

「幕僚長らしくありませんね。幕僚長を見ていると、かつての上司であったシュルツ長官を騙し討ちにするようなことは良心の呵責に耐えられないとでも思っているように思えて仕方がないんですが」

「そう見えるだろうね。でも、私はそんな気持ちではないんだ」

「失礼ですが、幕僚長は人情に心を奪われてしまって、チャーリア国に攻め込むのをためらっているのではないかとお見受けする次第です」

 司令官は、自分が失礼な発言をしていることを承知していることで、ついつい梵鐘言葉になっている自分に気付いていなかった。

「確かに私はシュルツ長官を騙し打つのは気が引ける。しかし、私が憂慮しているのはそういうことではないんだ。シュルツ長官は確かに人情には厚い方だが、そんな彼はさっき君が指摘したように出世するほど人情は捨てなければいけないという鉄則が通用しないんだ。ということは、そこに我々には想像もつかない力が働いているとは思えないかい? 奇襲攻撃は確かに成功するかも知れないが、それは緒戦でのことであって、そこから先を想像すると、私には見えてこないんだ。相手がシュルツ長官だということを考えればね。この私が、やってみないと分からない戦争をしなければいけないことにどれほど憂慮しているか、君には分かるまい」

 と幕僚長がいうと、司令長官は黙り込んでしまった。

 少ししてゆっくりと司令長官は語り始めた。

「幕僚長のおっしゃっていることは分かりました。しかし、もう賽は投げられたんです。逃げるわけにはいきません。少なくとも緒戦での優位は変わりないわけでしょう? だったらその余勢をかって、一気に攻めるしかないじゃないですか。しかも後ろにはアレキサンダー国が控えている。これ以上の都合のいい戦争はありますか? いざとなれば、我々は引いてもいいと言われているわけでしょう? あくまでも戦争はチャーリア国とアレキサンダー国、我々は出鼻をくじくという役割だけで十分なんですよ」

 と司令官が言った。

 司令官の話は本来なら幕僚長が心得ていることであるべきなのだ。それを軍司令官にさせるというのは、すでに戦う前から雰囲気が以上であることを示している。

「私は、チャーリア国に対して別に敵とする意義は何もないと思っていた。それは司令長官も同じだと思うんだ」

 と幕僚長が話すと、司令官は思い出したように、

「そうですよ。そういえばこの戦争の大義って何なんですか? 戦争を行う意義が我々のどこにあるというんですか? 戦争に勝つことでアレキサンダー国からかなりの見返りが期待できるとかいう政治的な条約なのか、それともどこかの領土をいただけるという論功行賞のようなものなのか、そのあたりが曖昧だった気がするんです」

 と言われて、少し考え込んでいた幕僚長だが、意を決したかのように、

「これは政府の極秘事項なので、本来であれあ喋ってはいけないことなのだろうが、軍を直接指揮する司令官である君に黙っておくというのは少し難しいようだ」

 と言って、その理由を司令官に話した。

「そういうことだったんですね。それなら我が国の戦争を行う意義は十分にあるし、我々の大義名分であることにもなる。でも、そんな大切な秘密事項を私などにお話しいただいてよろしいんですか?」

 と、自分で聞いておきながら、司令官はそう言った。

 司令官もまさか本当に幕僚長が簡単に理由を話してくれようなどと思っていなかったので、話を聞き出してしまったことに責任のようなものを感じていた。

「いいんだ。私クラスの長になると、部下への話には一任されている。もちろん、そのせいで士気が下がったりした場合は、直接の責任のすべては喋った上官にあるという厳しいものではあるんだけどね」

「そうだったんですね。よくお話いただけました」

 と言って、司令官は感無量の気持ちになっていた。

 司令官が何を聞いたのかということは、このお話を読んでいる賢明な読者の方々にはお察しのことだと思うので、ここでネタばらしをしてもいいのだが、もう少し引っ張ることにいたします。

「分かっていただければそれでいいんだ。私の気持ちを察することはたぶん司令官にはできないことだと思っているからね」

 と幕僚長は言った。

「大丈夫です。もうこれ以上はこのことに触れないようにしましょう」

 と言って、二人だけの話は終わった。

 そのあと、侵攻計画についての最終打ち合わせが会議室で行われたが、時間はかかったものの内容は最初から決まっていたことの確認に終始した。幕僚長も司令官もそこでの発言は一切なく、二人が発言しない会議というのが、これほど静かで進行に支障のないものだということを思い知らされた気がした。

「我が国は、かつての絶対君主の国から立憲君主の国に生まれ変わりました。クーデターという方法ではありましたが、成功した我々は、その後憲法を制定し、現在では立憲君主の国として立派に成立していると確信しています」

 と発言したのは、アクアフリーズ国の首相だった。

 首相の上には大統領が存在している。この国では、首相と大統領でそれぞれに権限が違った。国家元首というと大統領になる。首相はあくまでも内閣の代表に過ぎないからだ・

 大統領も首相も任期は決まっている。首相は継続に関しては無制限となっているが、大統領は任期が五年の最大二期までが原則であった。

 大統領は、国民の選挙によって選ばれる。国会議員である必要はなく、民間人から立候補してもいいことになっている。しかし、首相の場合はあくまでも政党の代表で、国会議員というのが前提だ。つまりは、衆議院選挙の得票数が一番の政党から選出されるのが前提だが、それも国会議員の選挙で選ばれることから、与党第一党から必ずしも選出されるとは限らない。

 そのあたりはすべて憲法に記されている。あくまでも憲法にのっとった君主制で、主権は国家元首である大統領にあった。

 大統領はある程度の権限を持っている。衆議院で否決された案件でも、大統領令として発することもできるが、当然越権の疑いがあれば、国会が召集され、弾劾が行われることもある。

 したがって、国会には多数決で大統領、首相、それぞれに弾劾を言い渡す権利を有していた。

 それでも国会、行政である内閣、最高裁判所を司る司法のそれぞれを総括しているのは大統領であった。

 また大統領は直接軍を統帥していた。軍は政府が動かしているわけではなく、大統領令がなければ動くことはできない。

 政府が決定したことで、大統領の聖断を仰がなければいけないことが発生した場合は、御前会議が開かれる。たとえば他国との条約締結であったり、宣戦布告や戦時体制への移行などの非常事態であれば、そこは政府が大統領の聖断を仰ぐ必要があった。

 この場合、大統領が勝手に大統領令を発するわけにはいかない。宣戦布告にしても、条約締結にしても、国会や政府の容認があっての大統領裁可になるのだ。それもしっかりと憲法に記されていた。

 もし、この仕組みがなければ、今までの絶対王政の時代と何ら変わりのないものとなってしまう。確かに大統領にはかなりの権力が与えられているのだが万能ではないということだ。

 国際社会の中には立憲君主の国はまだまだあった。また大統領と首相の両方がいる国もたくさん存在する。

 しかし、アクアフリーズ国の場合は独特だった。今までにある立憲君主国の内情や歴史を調べたうえで決められた憲法である。ただ、国家としての建前を早急に示す必要があった。その理由は自分たちがクーデター政権だということだった。

 そのため、中途半端な憲法になってしまったかも知れないという思いは、憲法草案に携わった人々の中にくすぶっている思いだった。

「なぜ立憲君主国として成立させたんですか? 国民が主権の民主主義でもよかったのでは?」

 という疑問は国民の間で結構な人が思っているようだ。

 しかも、政府内でも同じことを思っている人もいる。実際にこの国は君主国ではあるが、国民の自由はある程度認められている。その自由の度合いに関していえば、民主主義国と個人の自由では変わらないかも知れない。

 ただ、それは表から見えることであって、実際には結構制約があった。実際に国民として生活してみなければ分からないことだが、国民はそこまで不自由には思っていないようだ。

 ここの政府も国民も、民主主義には疑問を抱いていた。そういう意味では立憲君主というのも悪くはないと思いながらも、それとは別に民主主義にしなかったことを不思議に思っているのだ。

 民主主義というと、自由だという発想が大きく感じられる。主権は国民にあり、自由に発言もできて、就職もできる。結婚も自由にできて、差別がないかのような錯覚を与えるものであった。

「だから、他の君主国は革命を起こせば民主化を訴えるんだ」

 と思っていたが、アクアフリーズ国の国民は、もう少し冷めた目で見ていた。

 ただ、それも絶対王政の時代に、民主主義の悪いところを教育の中で行っていたからであって、そんなプロパガンダが存在したのが絶対王政の時代だった。

 君主が国王で、私法は他の国と同じように存在していたが、肝心の憲法が存在していなかった国だから当然と言えるだろう。

 民主主義というと、まず思い浮かぶのは、

「多数決による決議」

 というものだった。

 多数決というと聞こえがいいが、それでは少数派の意見というのはどうなってしまうのだろう? あまりにも簡単に決定してしまうと、少数派の意見は忘れられてしまうと思うであろう。だが、多数決で決まった多数派は、

「決を採る前に、十分な話し合いがもたれているから、多数派が勝ったんだ。正当な手続きの上に成り立っているんだから、誰にも文句は言わせない」

 というだろう。

 確かに多数派の言う通り正当な手続きであろう。しかも十分な話し合いというのも本当のことなのかも知れない。だが、いったん決してしまうと、少数派の意見は握りつぶされたわけで、結果として負けたのであれば、それは忘れられても仕方のないこと。本当は覚えておかなければいけないことだったのかも知れない。教訓として忘れてはいけないことなのかも知れない。そのことを多数決は多数派の言い訳とともに、正当性の中に覆い隠してしまうのだ。

 つまりは、

――臭いものには蓋をする――

 という理論であった。

 民主主義の国の中には多数決は、子供たちの間でもお決まりになり、じゃんけんで数の多い方が勝ったとしても、それも正当な多数決の結果と認識されるようになった。

「じゃんけんが正当な多数決だなんて」

 アクアフリーズ国の国民は、誰もがその発想を信じられないと思っていた。民主主義であるその国も、今から数十年前にはじゃんけんで決めたことを正当化する風潮なんてなかったはずであった。

「じゃんけんは、話し合いで決しなかった場合の最後の手段」

 と考えられていたが、今の民主主義は、時間の短縮を視野に入れている国も多く、

「じゃんけんも致し方ない」

 と思われるようになった。

 時間の短縮が民主主義の常とう手段として頭角を現し始めたのは、次の発想が民主主義の弊害として現れ始めたからだった。その発想が、

「貧富の差」

 だったのだ。

 貧富の差の原因となったのは、自由だった。

 自由という言葉は聞こえはいいが、その言葉の後ろに競争という言葉が付けば、もっとリアルなものとなる。これは多数決と同じ発想になるのだが、二つに分類できるものとして、

「多数派と少数派」

 と、さらに、

「強者と弱者」

 とがあるだろう。

 多数派と少数派の決着は多数決でつけるのが民主主義だが、自由競争では法律として縛りとなるものは存在しても、あくまでも原則は自由競争、したがって強者が勝つというのは当然の摂理であり、生き残るために強者同士が談合し、さらなる強者を生み出すことで弱者は切り捨てられる。その中で強者同士で甘い汁を吸いたいがための忖度や秘密会合が持たれたりして、弱肉強食の時代が訪れる。

 確かに自由競争というと聞こえはいい。法律にのっとった中での競争という言葉にはなっているが、それも形ばかりである。結局は一部の政治家や財閥、勝ち組が生き残るという図式に変わりはないのだ。

 それが民主主義の限界であり、限界を感じた民族は、強力な指導者の存在を待ちわびることになる。

 元々絶対王政の国が民主化を目指して独立した国も少なくはなかったが、立憲君主の国へと変貌を遂げた国も少なくない。前者は植民地であり、宗主国の支配の下に生存していた国が独立する場合が多かった。

 しかし、立憲君主国となった後者は、植民地だったわけではなく、クーデターによって国家を変貌させた国である。そのほとんどは軍事政権を立てて軍政を敷いた中で、国家元首に憲法の下で、強力な権力を与えることにした。

 もちろん、国民の選挙によって選ばれた国家元首であり、それは憲法に記された原則でもあった。国家による支配力は強くなるが、それでも民主国家よりもよほどいいと思っている民族によるクーデターだった。

 民主国家の人にはクーデターで成立した立憲君主国の考えは理解できない。しかし、立憲君主国の人には民主主義を受け入れることはできないが、理解しているつもりだった。

「理解しているが納得できない」

 それが民主国家であった。

 そういう意味では民主国家よりも立憲君主の国の方が、国民感情は先を進んでいると言えるのではないだろうか。

 アレキサンダー国は、そんな背景から生まれた国家だ。そして、新アクアフリーズ国も同じで、元々の国家元首を追い出すことで自分たちが自由になれたと思っていた。

 ただ、この場合の自由というのは民主国家でいうところの自由とは違うもので、主義理論の裏付けからつけられたものではなく、自分たちの力、つまりはクーデターによって獲得したものだという自負があった。

 そういう意味では、アクアフリーズ国の国民は、シュルツやチャールズを嫌っていた。憎んでいたというところまではないが、自分たちで手に入れた自由を正当化するには、シュルツとチャールズを嫌うのが一番の効果だったのだ。

 アクアフリーズ国がチャーリア国に侵攻するのは、自分たちが力で手に入れた自由を、確固たるものとするためのハードルの一つだと思っていた。

 その思いを一番組んでいて、利用しようとしたのがアレキサンダー国だったのだ。

 彼らは、自分たちと同じく、国家元首に反旗を翻して国家を独立させた。

 その感情は自分たちと同じもので、民主主義への毛嫌いと、絶対君主による搾取にもいい加減ウンザリしていたこともあり、クーデターを起こした。しかも自分たちと同じタイミングで起こしたということは、アレキサンダー国に国家感情も近かったということだろう。

 だから、アレキサンダー国としても、その深層心理までは分からないが、十分に自分たちが利用するだけの価値がアクアフリーズ国にはあると思ったのだ。

 言葉巧みにいかにも自分たちが同志であるかのように誘い掛け、相手がその気になってきたところで、チャーリア国への先鋒を務めさせる。下手をすれば、アクアフリーズ国はアレキサンダー国の捨て石になりかねかなかった。

 しかも、アクアフリーズ国軍とチャーリア軍とでは、同士討ちのようなものだ。お互いに手を緩めるかも知れない。アレキサンダー国としては、アクアフリーズ国にチャーリア軍を殲滅させてほしいなどと最初から期待しているわけではない。あくまでも先鋒としての役割を果たしてくれればそれでよかったのだ。

 つまりは、時間稼ぎであった。

 一番の理由は時間稼ぎだが、相手がアクアフリーズ国だということで、チャーリア国も怯むかも知れない。最初に戦意を喪失させるような心理的な戦法を取ることが、自軍に一切の被害のないうちに行われるということは、アレキサンダー国にとっては、これ以上の緒戦での成果はないだろう。

 実際にチャーリア国では、

「まさか、先鋒を母国がしてくるとは思ってもみなかった」

 と感じたことだろう。

 アクアフリーズ国がどの段階で、アレキサンダー国側に立って宣戦してくるのは分かっていたが、それはアレキサンダー国が優勢に立った時だと思っていた。そういう意味でもまず最初に、

「アレキサンダー国の出鼻をくじいて、早い段階で講和に持ち込めるようにすることが大切だ」

 ということで、作戦がいくつか練られていた。

 それなのに、まさか最初に母国と相対することになるというのは、ショックであった。

 ただ、アクアフリーズ国の最初の侵攻を想像していたのはシュルツだった。彼だけは他の人と違って、いろいろな可能性を考えるだけの頭があったということだろう。

 しかし、他の軍首脳や政府首脳は、

「アクアフリーズ国もバカではないと思います。自分たちがアレキサンダー国に利用されているということは百も承知だと思うので、最初に攻めてくるようなリスクを負うことはないと思います」

 と考えていた。

 シュルツも、もちろんその考えが第一だったが、自分たちが国家を追われた時のことを思い出すと、アクアフリーズ国がどれほど自分たちを嫌っていたのかを分かっているつもりだった。

 シュルツは、

「アクアフリーズ国ほど、民主国家を憎んでいる国もない」

 と思っていたようだ。

 アクアフリーズ国が、絶対王政の時代。一部の政治家が権力を握るなどということはなかった。権力は国王に集中していたからなのだが、国王に権力が集中していたとしても、そこから搾取があったというわけではない。

 確かに封建制度のように、支配階級と支配される階級との間にケースバイケースの契約が成立していて、国家が国民の生活や生命を保障するという代わりに、国家財政や支配階級への朝貢は見返りだったのだ。

 そこに搾取が存在すれば、クーデターがいつ起こっても仕方がないという考えが、代々の国王にはあり、

「国民を搾取してはいけない」

 というのが、支配階級である国王一族の伝統だった。

 アレキサンダー国は、確かにアクアフリーズ国の国民感情は分かっていた。しかし、その感情に同情したり、同志だとして国家協力をするという意識は毛頭なかった。

「利用するだけ利用する」

 という、自分勝手な理論でアクアフリーズ国に近づいたのだ。

 アクアフリーズ国が完全にアレキサンダー国を信用していたわけではない。そしてチャーリア国への侵攻も、完全なる敵として見ていたからではない。気持ちとしては中途半端であった。

 どちらかというとアクアフリーズ国は、考え方はシュルツに近かった。だが、国家体制としては、あくまでも立憲君主ということで、アレキサンダー国に近い。どこから見てもアクアフリーズ国はアレキサンダー国とは同盟国であるかのように見えたであろう。

 当然、いくつかの条約は結ばれていて、その中には軍事協定も存在する。積極的に近づいてきたのはアレキサンダー国で、口では当たり前のことを当たり前に言っているだけなのだが、アクアフリーズ国にはそれが新鮮に感じた。

 それまでが絶対王政で、国家について考えるなどなかった政府高官であったり軍の幕僚たちにとって、自らクーデターをたくらんで実行したアレキサンダー国の言葉は、手探り状態だったアクアフリーズ国にとっては、道しるべのようなものだった。

「憲法の成立には我々も協力しますよ」

 と、アクアフリーズ国にとって、クーデター成立後の政府にとっての一番の難関は、立憲君主国として絶対不可欠な憲法の制定だった。

 絶対王制を敷いている国など、当時であっても、世界的には数少なかった。未開地の小国や、逆に地下資源が豊富で、裕福な国家は王政を敷いていることが多かったが、そんな国は独立を考えることはなかった。世界の列強と渡り合えるような国で、他国と同じように世界に進出していかなければ生き残れないような国での王政というのは、あまり例のあるものではなかったのだ。

 そんな国家が成立できたのは、歴代の国王が優秀だったことと、シュルツのような参謀が、歴代優秀だったことが一番の理由だろう。他の国からも、

「アクアフリーズ王国は、攻め込むよりも、いかに同盟を結んでこちらの陣営に入れるかがカギになる」

 として、独立国家としてのメンツを保たさせてくれる状態のまま、一国家として同盟を結びたい国というのは、時代が変わっても、減ることはなかった。

 アクアフリーズ国は立憲君主国として生まれ変わったが、今の国家元首は国民に選ばれた大統領である。

 民主国家に存在する大統領に比べれば圧倒的な権力を有しているが、その行使に関しては、憲法での制限がある。実際に大統領になってみると、精神的に落ち着かないのも当然かも知れない。

 初代大統領もそうだった。

「シュルツ長官やチャールズ国王は、ずっとこんな重圧の中で、国を纏めていったり、海外との交渉も行っていたりしたんだ」

 と思うと、不安になったりもした。

 国民から選ばれたことで、いくら君主とはいえ、国民に対しての責任はある。その思いは実際に国家元首になってみないと分からないものだ。

 初代大統領に選出された人は、アクアフリーズ王国があった頃には、まだ陸軍将校であった。

 階級も中佐であり、

「これから目指すは少将だ」

 と思っていた。

 少将くらいになると、軍での発言力は抜群に増す。それに軍の司令官として軍に入った時に目標としていた、

「司令官という立場」

 を達成できることになるのだ。

 それなのに、少将はおろか、大佐に昇進して少しして突貫で出来上がった憲法の下、大統領選挙が行われたのだが、その時にはいつの間にか担ぎだされて、大統領候補にされていた。

「どうして私なんかが?」

 と考えたが、

「軍としては、あなたを大統領に推したいと思います」

 と、軍令部からの通達だった。

「まさか大統領になれるなんて」

 少将よりも当然上である。何といっても国家元首であり、君主になれるのだ。

 だからこそ、自分にはありえないと思って、選挙戦も気楽に戦っていた。

「どうせダメでも、原隊復帰は許されている」

 大統領選への立候補は、落選した場合に軍に今のまま復帰できるというのが条件だった。

 そうでもなければ、選挙になど立候補するわけもない。今のまま落選して保障がなければせっかく今まで軍で積み重ねてきたものがふいになるからだ。

 大統領選を裏で操っていた中にアレキサンダー国の諜報部員がいることに彼は気付いていなかった。もっともそれも無理もないことで、アクアフリーズ国内部で、そのことに気付いている人はまずいなかっただろう。

 首尾よく、つまりはアレキサンダー国の目論み通りの大統領が誕生すると、アレキサンダー国は、いろいろアクアフリーズ国の内政干渉に乗り出してくる。だが、これも他の人に分からないように、大統領だけに進言することだった。アクアフリーズ国の立憲君主制は、アレキサンダー国の傀儡と言ってもよかったのだ。

 アクアフリーズ国でそのことを感じた人は、シュルツを頼ってチャーリア国に亡命した。最初はそのことに大統領も気付かなかったが、そのうちに気付くようになると、亡命禁止令を出して、さらに国が指定した国家にしか、国が認めなければ出国できないようにしてしまった。

 立憲ではありながら君主国なので、それくらいの権限は大統領にはあった。国交がある国でも、国家の許可、つまりは大統領の許可がなければ行くことができないことに対して国民の多くは反発したが、そこは君主国であることで、あっという間に制限が加えられた。そうなると、国民には何もできなくなる。

 アクアフリーズ国は、入国もかなり制限していた。特に異民族であったり、国交があっても制度の違う国、特に民主国家からの入国にはかなりの制限があった。

「自由を履き違えている国の国民が流入すると、わが国民に悪しき影響しか与えない」

 ということで、民主国家から見れば、まるで鎖国でもしているかのようにさえ見えるくらいだった。

「我が国の体制を脅かす一番の脅威は、民主国家だ」

 というのが、国家首脳の考え方で、この考え方は首脳部では全会一致でまとまったものだった。

「民主国家は、自由、正義を振りかざして、自分たちの利益に繋がるのであれば、平然と内政干渉してくる」

 と一人の官僚がいうと、

「その通りです。土足で上がり込んで、正義という言葉さえ口にすれば何をしてもいいという考えだ」

 ともう一人がいう。

 アクアフリーズ国が民主主義を「仮想敵」とし始めた頃は、首脳同士でこのような会話が横行していた。

「民主国家というのは、競争世界なので、自分たちの正義を通すことさえできれば、あとは自分たちの利益を公然と追及する。そこに人間的な感情なんかないんだ。数の理論とでも言えばいいのか。多数決という言葉がそれを象徴している。多数決で決まってしまうと、少数派は握り潰される。合法的に決まったこととしてね。だから民主国家には先がないんだ。私には限界しか見えてこない」

 というと、

「私もその通りだと思う。決してしまったことに対して異論を唱えることは女々しいことのように言われるが、本当はそこから先を協力して事に当たるというのが、本当の自由主義なんじゃないかって思うんだけどね」

「私も本当は自由という言葉は嫌いではないんだ。しかし、民主国家を見ていると、口先だけにしか思えないのは、正義という言葉を軽々しく用いすぎるからなのかも知れないな」

「自由と言ってもその後ろには競争という言葉がついているんだ。ただの自由だけなら収拾がつかなくなる。だから競争という言葉を外して、分かりやすくしているつもりなんだろうが、軽くしか思えてこないんだ。言葉だけで飾るのは、国民を欺いていると言っているようなものだよな」

 というと、

「そう考えると、絶対王政で自由がなかったように思えた以前のアクアフリーズ国だけど、今の体制よりも以前の体制の方がよかったような気がするよ」

「よせよ。そんなことを公然と口にすると、どこで誰が聞いているか分からないぞ」

 と急いで相手の言葉に注意を促した。

「そうなのか?」

「ああ、俺たちにだって監視の目はあるんだぞ」

 国民に対しては、絶えず監視の目が向いているのは官僚クラスであれば知っていた。国家に対する非難ももちろんだが、誹謗中傷などがあっては、政治を円滑に進めることができないからだ。

 国民だけではなく官僚にまでというのは冷静に考えれば当たり前のことだったのだが、この時の二人は少し精神的に疑念があった。

「こんな国に未来なんかあるのか?」

「それは俺にも分からない。だが、今度チャーリア国に攻め込むという話があるんだがな」

「俺は聞いていないぞ」

「じゃあ、本当に一部の人にしか公開していない情報なのかも知れないな」

「ということは、俺はその一部から除外されたということか?」

「そういうことになる」

 二人は黙り込んだ。

 すると、除外された方が、

「チャーリア国を攻めるのは、嫌だな」

「俺もそうなんだ。前の国王やシュルツ長官を好きではなかったが、今から考えれば、今の大統領よりもよほどよかった気がするんだ。少なくとも国家の未来に対して真剣に考えていたように思う。今の大統領は、国家というよりも自分の利益を優先しているように思うんだ。そんな人に君主としての権限を与えてもいいんだろうか?」

「具体的には?」

「民主国家を完全に敵視しているだろう? 王国時代にもその傾向はあったけど、どこが悪いのか研究していたんだ。今の体制ではただ排除に向かっているだけで、民主主義の正統を粛清したり、影で何をしているのか、分かったものではない」

「恐怖政治のようだ」

「ああ、以前他の国で、政府が国家の中心として、国民生活をすべて管理している国家体制があった。あくまでも民主主義の悪いところを考え直して、挙国一致で国民生活を支えるというものだったが、そのため国家が市民を監視するという制度が出来上がったんだ。すると自由はまったくなくなり、すべての人の感情は無視され、国家の歯車として生きているだけという状態になった。誰もが何も考えない状態になると、まるでロボットのような国家になった。政策や法律を決めるのも、歯車に従って決めていくだけなんだ。そんな状態で国家と言えるだろうか? そのため、少しでも何かを考える人が出てくると、国家の名で粛清される。そんな信じられない世の中になってしまった国家も本当にあったんだよ」

「それこそ恐怖政治だね」

「人間の感情がどこまで関わっているのか分からない。感情がないから恐怖政治になったとも言えるのだろうが、そう考えると、このアクアフリーズ国もその前兆にいるんじゃないかと思って怖くなるんだ。しかもバックにはあのアレキサンダー国がいる。あの国は軍事クーデターによる立憲君主国のパイオニアになるんだ。その路線を一緒に歩もうとしている我が国は、彼らほどの信念があるわけではない。彼らの信念がいいのか悪いのか分からないが、彼らほどの熱意は感じられない。すべてが中途半端で表に出てくるのは悪いことばかりだ。本当に国家として存続できるのかどうか、怖いくらいだよ」

 二人の心配は水面下で現実となりつつあることを、国家の一部の人間しか知らされておらず、知っている人間の中にも、

「アレキサンダー国に言われたからと言って、かつての主君を攻撃するというのは気が引ける。これじゃあ、アレキサンダー国の属国みたいなものじゃないか」

 と考えている人もいた。

 しかし、実際に作戦が立案され、攻撃が現実味を帯びてくると、疑問を感じていた人たちも、疑問を感じるよりも先に進む方に専念し始めた。それだけリアルに戦争をひしひしと感じるようになったと言えるのではないだろうか。

 チャーリア国の軍事施設は、アレキサンダー国の偵察によって、ある程度把握されていた。その情報は逐一アレキサンダー国よりもたらされていて、軍首脳と参謀はさっそく攻撃方針について話し合われた。

 机上演習ではそれなりの効果を示すことができたが、今回が新生アクアフリーズ軍の初陣でもあった。

 ただ、何しろ相手はアクアフリーズ軍を知り尽くしているシュルツ長官であった。こちらの手の内は見透かされていると思って間違いないだろう。それなのに、どうしてアレキサンダー国がアクアフリーズ国に先鋒を任せたのかというと、

「十中八九、相手は我がアレキサンダー国が正攻法で攻めてくると思っていることだろう。少なくともアクアフリーズ国が先鋒になっているなど、想像もしていないはずだ。だからこの攻撃は奇襲攻撃でなければいけない。ただ、少しでもいいからチャーリア国にダメージを与えてくれればいいんだ。先鋒として攻めてくれれば、そちらに兵力を集中させたその隙に、我々が背後を襲う。挟撃されてはさすがにチャーリア国も敗走することだろうな」

 という目論見があった。

 いよいよアクアフリーズ軍が前進を始め、目的地に陣を張った時は、まだチャーリア軍はその侵攻を知らないようだった。

「深入りは禁物だ」

 と、最前線の司令官は上官から言われていた。

「お前たちは、あくまでも最初は相手を制する形で陣を張るんだ。攻撃は一糸乱れぬやり方でなければ成功しない。だから、勝手な動きは許されない」

 と言われた。

 ということは、相手に見つかってもいけないということだ。相手に見つかれば、相手は攻撃してくる。攻撃されれば反撃しないわけにはいかないだろう。そう思うと、アクアフリーズ国の先鋒というのは、結構制限された難しい作戦の先端部分を任されているということになる。

 それでも決行日は容赦なく決まった。

 その日は、ちょうどチャーリア国建国の五周年記念の式典の日に当たった。政府要人、軍司令などは式典に際し、一堂に会し、祝賀ムードでいっぱいになると思われているので、その分、軍事施設に対する警戒も手薄になり、何よりも命令系統に混乱が生じることは必至に思われたので、この日を決行日としたのだ。

 チャールズとシュルツは、前の日から式典会場に入り、手筈の確認を行っていた。まさかアクアフリーズ国が侵攻してくるとは思っておらず、警戒はアレキサンダー国内部に留まっていた。

「偵察をしていて、アレキサンダー国が近日行動を起こすという状況は見受けられません」

 という情報が入っていたので、安心して祝賀ムードを盛り上げるつもりだった。

「明日は天気もよさそうだし、いい祝賀ムードになりそうだね」

 とチャールズがいうと、

「まったくその通りです。やっと五周年ですが、長かったようであっという間の五年間でしたね」

 とシュルツが答えた。

 シュルツという男が、しんみりと過去について感じている姿を見るのは、実に珍しいことだった。それだけこの五年間には思い入れがあるのだろうが、まだアレキサンダー国との関係は予断を許さない。それを思うと、この五周年記念式典が一つの区切りで、これが終わると、本格的に戦術を考えないといけないと思うようになった。

 シュルツは、ここまで専守防衛を基本と考えていた。もちろん、その基礎にあるのはニコライの考え方だった。

 しかし、最近になって先制攻撃の効果についてシュルツは考えるようになった。

「先制攻撃というと、まるで騙し討ちのような気がして」

 と、年齢からくるものなのか、昔の武士道の考えが身についているからなのか、

「騙し討ちのようなものは卑怯でしかない」

 と考えていた。

 これがシュルツの中にある唯一の弱点だったと言えるかも知れない。

 今までもシュルツのそんな考えを知っていて、逆手にとってシュルツを陥れようと考える国もあったが、ことごとく失敗してきた。

「シュルツという男、弱点を単純に狙っただけでは攻略できない」

 と言わしめ、弱点があってもそれを克服してもあまりあるだけの才能を持っているのだと他国の軍部を恐れさせたものだった。

「私は、弱点を克服しているつもりはないんだが」

 と、本人は言っているが、克服できるのは、彼の持って生まれた「目」という才能である。

 眼力とでも言えばいいのか、無意識に自分で弱点だと思うことが、その克服への第一歩である。シュルツは苦手なことや弱点を見ないようにしていることで、他人事のように弱点を感じることができる。克服できないまでも意識することができるだけで、シュルツは克服することができるのだ。

 今回のアクアフリーズ国の侵攻は、まず戦闘機での領空侵犯から始まった。猛スピードで領内に潜入し、軍事施設をいくつか空爆して、去って行った。

「被害は大したことはありません」

 という報告が入ったが、大したことがないという根拠は、あくまでも侵攻された時のシュミレーションとしてのレベルの問題だった。攻撃されても反撃できる程度の被害を考えると、

「大したことない」

 と言えるのではないだろうか。

 ただ、チャーリア国は基本的に専守防衛の国、反撃するには領内に入ってきた相手を攻撃するしかなかった。ただ、潜入さえされれば、殲滅することは何ら問題はない。敢えて相手に進入路を与えることが、チャーリア国にできることだった。

 兵器や武器弾薬は防衛するには十分すぎるくらいに蓄えていた。相手から攻撃を受けても被害のないところに隠してはいるが、たまに相手をかく乱するために、わざと弾薬を運んでいるところを悟られるマネをする。今回の相手は元母国、その手が通じないことくらい分かっていた。それなのに敢えて今回も弾薬の運搬を曝け出した。アクアフリーズ軍はその対応に苦慮していた。

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