嵐が過ぎ去った後の静寂

高温によって赤く変色した地面だけ。


「...ぜだ、何故? どこだ? どこ行きやがったァァ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙」


そう、そこには本来あるべきもの(点ルビ)が無かった。

無いのだ、無ければならないのだ────。


何故だ? 何故? 無い──


その場には五人の血肉が、死体が無かった。


  ●●●●●


「  当にいいん  ね?   大な犯  為  よ、この 能結 を使うのは......」

「 題無い」


底へ底へ沈んでいくような感覚。

やけに体が軽く、温かい。

ただ呆然と限りなく薄い意識の中、脳に残った途切れ途切れの声。




──────────────────────────



────────────────────


────── ───────




プツンと糸が切れたようにして覚める意識。

その記憶はまどろみに置き去りにされた。


  〜〜〜〜〜


白く明るい何か。

ぼやける視界の中、視界を埋め尽くし認識できたもの。


次第に回復する感覚のなか、分かったことは今自分がフカフカのベッドの上で白い天井を見つめていること。


ここは?......


取っ手のついた引き戸、清潔感あふれる設備、ベッドについている長方形の机。

恐らくここは病院の個室だろう。

右を向くと薄いレースのカーテンがかかった窓があった。

どうやら部屋を照らす光は陽光のようだ。


「臨死体験の感想はあるか?」


既視感を感じるシチュエーション。

腹立たしいが、気づけばそこにいたその男の存在に、今はどこか安心している自分がいた。


生きてい......あいつらッ


「全員命に別状はない」


思考を読んだような柏柳の言葉にひとまずは安堵した。


「そうか......なぁ二つ疑問があるンだが」

「なんだ?」

「俺はどれだけ寝ていたかと、どうやって助かったかだ」

「寝ていたのは一晩程度、助かったのはそっちに向かった男の異能だ」

「確か、長廻とか言ったか?」

「あぁそいつだ」


そこで会話は途切れ、肴成が喋らないのを確認すると病室を後にした。

柏柳が立ち去った後、自身の身体に目をやると、包帯やギプスなどかなり厳重な処置がされていた。

だが、麻酔の影響なのか痛みなどはなく、しかも手などの些細な怪我などは完治していた。




「柏柳さん呼び出しです」


病室を出てすぐに背に投げかけられたその言葉、柏柳はそれに止まること無く歩きながら答えた。


「無能な老害が......やっぱ全員殺すのもありだな」


溢した声は低く一片の殺意が込められているように感じた。

上の連中の一部は、昔からの無駄なルールや暗黙の了解の中に生きている。

故にそれを乱す者を忌み嫌う。それがどれだけ良い結果を残そうと────。

首長がまともでも、これでは腐っていく一方だ。



逢野はそんな柏柳の言葉をスルーし、今件の報告を始めた。


「あの後調査を進めたところ、例の異能力者は政府側のようで、恐らくは戌亥の傘下で後ろ盾がいるのかと......最後に保管庫の無断使用の件はどうしますか?」


一ノ瀬とはまた違う感情の無さを持っている逢野。

機械のように一定の速度で声色も変えず端的に短く報告を済ませた。


「異能者の件の黒幕は察しがついている、保管庫の件は戌亥の当主に投げ

ればいい」

「分かりました、では連絡しておきます」


一通り報告に回答を得た逢野は、その足でほか三名の病室へと向かった。




ここは表向きは公立病院だが、実際は政府の異能力者のために作られた病院の一つだ。

その為、カルテの改ざんや異能力者専用の部屋など事件や異能を秘匿するための設備が多様にある。





【改装中につき現在使用不可】


そう書かれた張り紙が貼ってある押戸に手を掛け、薄暗い廊下へと入っていった。

入ってすぐ一番奥の部屋だけから蛍火のような僅かな光が漏れている。

逢野はその部屋へ迷うこと無く歩き出した。

その手に持つ三人のカルテは症状、入院日、部屋番号、担当医など全てが矛盾の出ないように改変済みである。





だが、仕方のないことでもある。

現代医療技術では手の施しようのない怪我を一晩でほとんど完治させているのだから。


少なくとも異能力者同士の争いが無くなり、異能力者を対象にした法が整備されるまでは、異能の存在が公になりかねない危険があるものは潰していかなければならない。

それが我々の役割だから......。


そう思うことで目を瞑り。

そうやって、善意に情に漬け込む為の───ただの言い訳だ。



そうやって法を犯し、手を汚す......そんな感情、とうの昔に捨ててしまった。





コンッコンッコンッ


「入りますよ」


肴成とは違い完全に政府側で身寄りのない三人は、隔離病棟に入院している。

この病棟は緊急時以外異能力者用の病室であり、その特徴は窓が無く、外界からの接触を完全に遮断できるよう廊下や専用の部屋を除き、一切の電子機器が使えなくなるという点。


時間の感覚がなくなるため、長く居過ぎると精神を壊してしまう可能性がある点を除けば、かなり勝手の良い施設だ。


「まだ、起きてはいませんか......」

意外ですね、肴成君が一番早く意識を戻していたとは


未だ意識を戻さない三人の姿を見ながら独り言になってしまった言葉。


......この感じ、一ノ瀬さんは既に一度意識が戻っていたようですね、これなら二人も今日中には


確認を済ますと逢野はその場を後にし、そのまま隔離病棟の階段を降り多目的室に向かい、戌亥の当主へと連絡を掛けた。



  〜〜〜〜〜


然里しかりこの件どうを見る?」

「十中八九お前への嫌がらせだろぉな〜」


然里と言うのは長廻のことだ。

肴成達三人の命があるのは、この長廻然里のお陰である。

その異能は条件付きのテレポート。


異能力『旅路の帰路』超越者レベル・four

自身の所有物がある場所へのテレポート及び所有物同士、所有物と所有物を身に着けた者の場所交換────


病院の食堂の隅にあるソファーに腰掛ける二人。

都合が良いことに、朝食には遅く、昼食には早い微妙な時間のせいか人足は少ない。


「そんで? わざわざ人目のつくこんな場所で何が聞きたい」

「俺への嫌がらせを企てたであろう奴の裏にいる協力者についてだ...」

「悪いが心当たりのコの字もねぇ───あぁいや...そういやぁこんな物回収したンだよ。何か分かるか?」


手渡したのは番号が刻まれたタグと金属の首輪。それを受け取るなり柏柳は。


「家畜か奴隷...といったとこか。だが、これ自体にはなんの力も無い......ただの目印か何かだな」


まじまじとそれを観察すると首輪は、混ぜきらない二つの黒色系が模様を作る厚さ数ミリの簡素な物で、タグと同じ番号が薄っすらと刻まれていた。

タグの方も四センチ程のほとんど長方形だが微妙に台形になっている所を除けば基本装飾のないただの番号が記された耳飾りだ。


「んま、そりゃぁ俺の専門外だし圭、お前に任せるは」

「やるのは逢野だがな」

「あれ? そうだっけ...」

「俺は俺でやることがあるからどの道逢野に回るがな」

「おッ? 今回はどんな犯罪スレスレを攻めるんだ? それともガッツリ悪事か?」

「......」


今まで互いに顔を合わせず前を向き話していたが、長廻のその言葉で柏柳は横目で目線を長廻に向けた。

光すら喰らう深淵の闇を抱える目を。感情を見せないその目を。

それだけで長廻は察した、だから。


「程々にな......」


と一言残し腰を上げた。

先程までと違い、いつもの煽りとおふざけが一切乗っていない真面目な声で。

長廻が立ち去って直ぐ形態のバイブレーションが鳴った。


「......」


『話がある』と肴成からのメッセージだった。

柏柳は病室に向かうと返し食堂を後にした。

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異能力世界の戦争です 白廻凪霧 @siroenagiri

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