第2話 後輩ちゃん、知りたがる

 ほうきを掃いたり、雑巾掛けをしたり、部室を掃除する音。

 合間に後輩の鼻歌が混じる。


 二人でソファを運ぶ音。


「この辺でいいですかねー。じゃあ、下ろしますよー、わわっ、もっとゆっくりお願いしますよー。こっちは乙女の細腕なんですからねぇ。ゆっくりゆっくり、そーっと……はいオッケーでーす」


「ふうっ。これでよし、家具の位置も全部元通り。お掃除完了ですね!」


「それにしても……このソファだけじゃなくて、コタツやらお布団やらまで置いてあるなんて思いませんでしたよ。先輩はどれだけこの部室を私物化してたんですか……もうフツーに住めちゃうじゃないですか……て、なに得意げな顔してるんですか。言っとくけど全然褒めてませんから」


「ま、ワタシも使い放題だから、別にいいんですけどねぇ。とにかく、お疲れさまでした。Gは一匹残らず地獄へ送り返したことでしょうし、部屋もピカピカになりました。やっぱり掃除をすると気分もすがすがしいですね。ね、先輩?」


「さてと、今は午後3時ですか。先輩はこの後どうします? 天気予報だと台風の影響で夜から天気が崩れるみたいですけど……」


「え? せっかく部室がピカピカになったから夕方までダラダラしてから帰る? もー先輩らしいですねぇ。うーんじゃあワタシもこの後特に予定があるわけじゃないし、先輩に付き合おうかなー」


「なんですかそのイヤそーな顔は。『ようやく一人になれると思ったのに』とでもいいたげな非難がましいジト目は。そんな目で見られると意地でも帰りたくなくなりますねぇ。うん、決めました。今日一日は先輩のダラダラにとことん付き合いますよー! うぇひっ」


後輩、あなたの隣に座る。


「じゃあ先輩、これから何して遊びましょーか!? おしゃべりしますー? それともテレビゲームでも一緒にやります? それとも三時のおやつのモグモグタイムにしましょーか? それともそれとも――」


会話の途中で急に後輩の声が遠のく。あなたはヘッドホンで耳をふさいで後輩のトークを強制シャットアウト。


「あー、この人、ヘッドホンで強制的にシャットアウトしたー! せっかくワタシと二人っきりなのに自分の世界にこもるつもりだー!」


「うーん……どうやって邪魔してやろーかなー」


「そういえば先輩……よくヘッドホンで音楽を聴いてるけど、なんの曲を聴いてるんだろう? 気になるなー。先輩のことなんでも知りたいなー」


「うぇひっ」


「とりゃー!」


 ヘッドホンを取り上げる後輩。一気に後輩の声がクリアになる。


「先輩なに聴いてるんですかー? ワタシにも聴かせてくださいよー。どれどれ~?」


「んん? なんだこれ? ガサゴソガサゴソって……耳の中に手を突っ込まれてるような……?」


「ひょえー! なんか女の人がささやいてきたぁ! んわぁ! フーってされた! 今フーってされました! ナニコレ? ナニコレ? ひーなんかネッチョネッチョしてる! なんか頭の奥がゾワゾワムズムズするぅ!」


 ヘッドホンを奪い返すあなた。

 

「あっ! 今聞いてたのに! っていうかコレなんなんですか? てっきり音楽かと思ったら……え? ASMR? なんですかそれ? 自分で調べろ? 先輩のドケチ虫! じゃあいいです自分で調べますから」


「どれどれ? 自律感覚絶頂反応じりつかんかくぜっちょうはんのう? へえ~、人が聴覚への刺激によって感じる、心地よい、脳がゾワゾワするといった反応、感覚のことを指すと……耳かきだったり耳元での囁きだったり……ははぁーん、なるほどぉ。たまに先輩がヘッドホンで音楽を聴きながらウットリと恍惚の表情を浮かべていたのはこれが原因だったんですねぇ」


「? なに恥ずかしそうにモジモジしてるんですか先輩? え、こんなの聴いてるなんて気持ち悪いだろって?」


「うぇひひっ」


「ごめんなさい、笑っちゃって。でも今の先輩すっごく可愛かったです! 先輩はあれですねぇ。お母さんにエッチな本がバレちゃった男子高校生みたいな気分なんですねぇ」


「でもご安心ください! ワタシは自分の子どものエッチな本を見つけても、我が子の健全な成長の証として生暖かく見守れる女ですよ。むしろちゃんとジャンル別に整理整頓してから、激励のメッセージカードを添えて机の上に置いてあげますから。……え? それはやめとけって? それをやられた息子は間違いなくグレる?」


「――とにかく! ワタシは先輩のこと全然気持ち悪いなんて思っていませんから! むしろワタシもASMRに興味があります!」


「そうだ! 部室にある録音機材を使ってASMRの音声を作ったりできるんじゃないですか? せっかくだからダラダラしてるだけじゃなくて放送部っぽい活動もやりましょーよ!」


「え……? そりゃ無理? 専門の機材が必要……? お高くて手が出ない? むむむ……」


 後輩、うーんうーんとしばらく考え込む。


「あ、そうだ!」


「えっとー、耳かき用の綿棒……きっと保健室にあるよね。あとはマッサージオイル……うーん、これはハンドクリームでいっか。他には……うんうん、アリモノでなんとかなりそう」


「え、なにブツブツ独り言いってるんだって? うぇひひっ、後輩ちゃんはとってもイイコトを思いついたんです。準備してきますので先輩はソファーに座って待っててくださいねー!」


「じゃあちょっといってきまーす!」


 立ち上がり、ドタバタと足音を立てて部室を出ていく。

 しばらくして、ドタドタ、バタンと後輩が戻ってくる。


「ただいま戻りましたー!」


「お待たせしました先輩! 不肖の後輩であるワタシめが、今から先輩にリアルタイムASMRをプレゼントしてあげます! うぇひっ!」

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