第27話 見えないナイフでシュッとやる。

 獣人達のハーレムを抜ける途中、ウォーケンは呑気に買い出しなんてしていた。「アナタ達の売り物は我々のモノよりも質が良い」というお世辞付きで。

 つい先程、彼らの仲間達を虐殺していた者が言う言葉ではない。


 ハーレムを抜けて「表の道」に入ると、手頃な宿を見つけてそこに入った。寝泊まりする場所はその時々で決めるらしい。


「さてウォルフくん。この食材で何か作っといてくれ。俺は先に風呂に入るよ」


 この宿にはキチンと水道が通っているらしく、泊まる部屋の中に台所やトイレ、風呂が付いていた。だが一つ、問題がある。


「俺、料理なんて作った事ない」

「マジかい? 昼間『お袋のやり方』だとか言っていただろう?」

「作ってるのをそばで眺めてただけだ。俺自身は作れない」

「見ていたんなら作れるだろう——とは、言えないねぇ。食材は無駄にできない。命を粗末にはしたくない」


 どの口がそんな事を言うのか。

 だが——。


「……」


 役に立てない俺は、黙るしかない。


「やれやれ、仕方ない。俺が作るとするよ」


 ウォーケンが台所へ移動し、シャツの袖を捲った。そして、腰に下げたナイフを取り、蛇口で洗う——ちょっと待て。


「それ、もしかして、あのナイフ?」

「ん? どのナイフだい? 俺のナイフは一つしかないぜ?」


 間違いない。そのナイフは獣人の眼に突き刺さった、背中に文字を刻んだ、あのナイフだ。


「……気持ち悪く、ないの?」


 思わず、強がったいつもの口調ではなく、素の疑問が飛び出す。


「気持ち悪い事なんてないさ。人も獣も平等に汚い。だから綺麗に洗うんだよ。清潔こそ料理の基本だ」

「いやだから——ううん、なんでもない」


 俺が我慢しよう。

 俺の不満を他所に、ウォーケンはテキパキと調理を進める。備え付けの鍋に油を敷き、切った肉、次に野菜を入れて炒めている。やがて味をつけ、炒め終わった具材を大きな皿に入れた。


「——まだ完成ではないねぇ」


 具材を炒めた鍋を洗わず、残った油で米を炒め始めた。何度か鍋を揺すったのち、再び具材をそこに入れ、更に水を注ぐ。鍋はずっと、火にかけられている。

 そして蓋を乗せ、台所から離れた。


「後は少し待つだけさ。料理なんて簡単だろう? 明日からはキミにやって貰う」

「わかったよ。でも、今あんたが作ったモノしか作れないと思う」

「それもそうか。うーん、ちょっと考えてみよう」


 ウォーケンは腕を組み、ぶつぶつ呟く。


「——そんな事よりご飯ができる前に、キミにはまだやって貰う事がある」

「また?」


 やる事が多過ぎだろう。


「当たり前だ。キミが覚えなきゃいけない事は山積みだからねぇ。言っておくが、コレは親切だ。キミが俺から離れても生き残れるよう、教えられる事は教えるよ」

「何故?」

「気まぐれだ。俺はそういう気分なんだよ」


 俺の親父や、俺達の畑を襲った連中、そしてあの獣人達に、あんなに冷たい目をしていた男と、同じ人間だとは思えない。


「アリガトウ、ゴザイマス」


 教えてくれるというのだから取り敢えず、素直に乗っかっておこう。


「良い心掛けだ。よし、両手を構えて」


 構える?


「——人を殴る時のポーズだよ。トロトロしてると怒るぜ?」


 慌てて俺は拳を顔の前に出して構えた。

 あの六人目の獣人の、見よう見まねだ。


「——宜しい。では、目の前の空間にパンチしなさい」


 パンチ?

 俺は右拳を前方へ突き出した。


「——駄目だねぇ、全然駄目」


 ハッキリとそんな事を言われ、少し腹が立った。


「——ナイフ。ほら、ナイフを出して。握って?」

「?」


 言われた通りに腰からナイフを取り出し、握る。


「それで前方を切るように突き出してごらん? 腕が伸び切る瞬間に切るイメージで」 


 言われた通りにする。


「——そうそう。今度はナイフを持たずに、同じように突き出して。


 見えないナイフで、何もない空間に切り付けた。


「——はいストップ。その拳が人を殴る為の状態だねぇ。人差し指と中指の付け根がちゃんと、拳の一番前に出ているだろう? ココを『けんとう』と呼ぶ」


 確かに、言われた通りになっている。


「——その部分で人を殴るんだ。更に、その部分と手首、前腕部が一直線になっているだろう? そうなってないと、自分や相手の体重に手首が負けて、威力も出なければ怪我もしやすい——ハイ。じゃあ今度は内側から切り付けるイメージでもう一回」


 もう一度拳を振るう。


「——縦でも横でも当てる部位は同じだねぇ。でも遅い。手だけで振っているから」


 手以外で拳を振るのか? どうやって。


「——まず構えが悪い。左脚を前、右脚は後ろ。身体は半身。ああ、違う違う。センスがないねぇ——」


 あれこれ言われて混乱しそうになるが、ようやく「そうそう」と言って貰えた。


「——そう、身体は一直線じゃなくて、ナナメだ。その状態で左脚を半歩前に出す——うん、宜しい。左脚を前に出したら大股になるだろう? そうならないように右脚も後から踏み出して進む。うんうん宜しい——では、今度は左脚と同時に左拳も前に出すんだ。。違う。もっと力を抜いて? そうそう『ドン!』じゃなくて『シュッ』って感じだ——そう、もう一度。良いねぇもう一度。おい、どこに行くんだ? 壁にぶつかるだろう? 振り向いて同じ事を——振り向き方が悪い!」


 言われた通りの動きを繰り返し、言われた通りに連続で拳を突き出す。段々疲れて来た。


「——じゃあ今度は左拳を引っ込めると同時に右拳を突き出して。ちゃんと脚と連動するように。打ったら素早く後ろに下がる……良いねぇ、やっぱりセンスがあるよ」


 さっきと真逆の事を言ってくる。だが褒められて悪い気分はしない。


「——どうやら夕飯ができたみたいだねぇ。それじゃ、俺はいただくとするか。キミはあと千回、同じ事をするんだ」


 千回!?


「……あの……お腹、空いた」


 子供っぽく不満を口にした。


「ご飯はそれが終わってからだねぇ」

「悪魔」


 結局、俺が飯にありつけたのはウォーケンが風呂から上がる少し前である。

 汗だくになって食べたウォーケンの冷めた手料理は、美味くも不味くもなく、無難な味だった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る