第24話 ハーレム。

 あの店から出た俺は、ウォーケンと並んで歩いている。

 すれ違う人々に抱く印象はギルドに入る前と出た後で、真逆になっていた。ここに住まう人間がどんな連中なのか知った今では、普通の人間としか思えない。

 地べたに座り込んでうつむいてる人達も、建物の隙間で喋っている人達も、俺と同じ生き物だ。

 生きる為、この街に身を委ねている。


「さて、俺はどこに向かっていると思う?」

「わかるハズないだろ?」


 何をしようとしているのかは、わかる。

 アルに依頼された仕事をこなすのだ。

 マーランという国からの移民達の素行が悪いので大人しくさせて欲しい、というのが依頼の内容である。


「マーランの住民の多くは亜人、それも獣人が多数を占めている。彼らは結束力が強く、色んな連中が居るこの街でも、固まって生活しているんだねぇ」

「じゃあそこへ向かう? 大丈夫か? 一人二人ってワケでもないんだろ?」


 ウォーケンがそいつらを大人しくさせる方法はきっと、俺に対して行なった事と似た様な事をするのだろう。だが、なんて、居るわけがない。

 いくらウォーケンでも可能だろうか?


「くくく、今からそれをキミに見せようと思ってねぇ。コツがあるんだよコツが」


 いつの間にか、すれ違う人々の質が変わっていた。

 極端に背が高かったり低かったりする者、よく見れば耳が尖っていたり鼻が潰れている者達が普通の人達に混ざっている。


「もしかして、彼らが亜人?」

「その通りだが、あまり大きな声で言わない方が良いねぇ」

「え?」


 ウォーケンは声を少し小さくして続けた。


「彼らはそう呼ばれる事を好まない。何故なら自分達こそが本当の人間だと思っているからねぇ」

「人間に本物も偽物もあるのか?」


 俺も声をひそめる。


「ないねぇ。でも、そう思う事で成り立ってる連中も居る」

「ところで、大人しくさせるってのは、彼らも?」

「うーん、答えるのが難しいねぇ。素行が悪い連中ってのは、彼らじゃない。だが結果的に、そうなるかもしれない」

「どういう事?」

「この先に進めばわかるかもねぇ?」


 不意にウォーケンが左の建物の隙間に曲がった。

 僅かな光しか当たらないその路地裏は、ただでさえジメジメしているこの街の中でも更に湿っている様に感じる。


 ——その隙間を抜けると、周囲の人間が、完全に変わった。


「ここが彼らの群れの中心地——ハーレム、とでも呼ぼうかねぇ。この中に、お目当てのが居る」

「? 確かに女の人もいるけど」

「比喩だよ比喩。一人の強い力を持つ者が、この縄張り一帯を牛耳っているのさ」

「俺達とあんまり変わらないね。見た目以外は」


 この場所に来る前の人々は所々特徴があるものの、まだ人間らしさを持っていた。肌の色や頭髪なんかが。

 しかし、この場所の人間は、獣、である。衣服から露出しているハズの肌が完全に毛で覆われ、耳や鼻も尖っているとか潰れているなんてレベルではなく、完全に獣のそれになっていた。

 どの様な獣なのかは人それぞれだ。

 鹿の様な者も居るし、狼の様な者も居る。鼠と猫が混ざった様な者も。

 これが、獣人、か。


「彼らは紛れもない人間さ。じゃないとさっきすれ違った様な連中は産まれない。だが見た目が違うという事は、人間同士に大きな隔たりを作る」


 俺達は歩きながら会話を進める。


「——見てごらん? 皆んな俺達を警戒してるぜ?」


 たしかに。

 此処に居る人々は皆、何か汚らしいモノを見る様な目で、俺達を見ている。

 地べたに座りを着ている奴らだけでなく、小さな子供の手を引く女性や屋台の人間までもが同じ目をしていた。手を引かれる子供だけは興味深そうにチラチラと此方を覗く様に見ている。

 

「同じ街に居るのにどうして」

「言っただろう? 彼らにとって俺達は。そう思い込むからこそ、非情な真似ができる」

「非情な真似?」

「意外に思うかもしれないがこの街は、『善い人間』が多い」


 ウォーケンやあのギルドに居た連中みたいな奴らが、善い人?


「なんで?」

「公で、表で、『良い思い』をできる様な奴らは大抵、薄情な人間だ。いつでも他人を見限れる、そんな人間」


 いつでも見限れる——その言葉を聞いて、自分の事を言われた様な気がした。


「——この街には見限られた『敗者』も多く集まっている。弱い人間は身を寄せ合って生きるのが賢明だろうがねぇ、それもとても難しい。人間は身勝手だから」


 それは俺も思う。

 ウォーケンも、俺のお袋も、あのオッさんも、そして俺も、とても身勝手だ。


「それでも大概の連中は、誰かから何かを奪うのには抵抗がある。弱いからねぇ。、奪わないと生きていけないから他者を、人間以外のモノと定義するんだ。彼らのお仲間がどんな事をして目をつけられているか、わかるかな?」

「何をしたの?」

から金品を奪う。ギルドの連中のシノギを邪魔したり横取りする。自分達と違う見た目の女を犯す。子供を攫って売る。あとは、何があったかな?」

「……あんたと、何が違う?」

「やってる事は変わらないねぇ。だが、少なくとも俺はどんな奴も、

「嘘を言うなよ」


 俺とお袋を「収穫物」などと呼んだくせに、何を言っている?


「嘘じゃないねぇ。この世のどんな人間も、俺が思う程度の価値すらない。皆平等に尊く、そして、——」

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