第23話 前払いと後払いと厄介払い。

「ウォーケンさんが選んだんじゃない?」


 カウンターのちょび髭に俺は聞き返した。細身のシャツとベストを着用をしているが、それでも余りがあるほど痩せている。


「坊や、張り紙にあるお仕事はね、もし公に晒されてしまったとしてもギリギリ言い訳ができる様なモノなんだ」

「言い訳?」

「後で詳しく見てごらん? もし現場で何か問題が出たとしても最悪『知らなかった』で押し通せる様に書いてある。でも畑泥棒みたいなお仕事がバレた時、どんな風に言い訳するのかな? 泥棒は泥棒だ。安易に募集なんてできない」


 なるほど、確かに。


「じゃあ、どうやってウォーケンさんは泥棒を請け負ったんですか」

「私が声を掛けたんだ」

「……どういう、事ですか?」


 なんとなく想像はついた。だが、敢えて訊く。


「テーブルの人達と同じさ。公にできない様なシノギを依頼する時、こちらから最適な人材に声を掛ける。失敗は許されないからね。力を持ったヒトから貰ったリスクのある仕事は、人を選ぶんだよ」

「ふーん、そうなんですね? 少し安心しました」

「何がだい?」

「このギルド自体が依頼主なら、アナタにもやり返さなければならないところでしたから」


 実際、そんなつもりはない。

 アレに関わった全ての人間に復讐しようとするのは無理がある。俺が復讐するのは直接手を出した奴らだけで良い。つまり、あとはウォーケン一人を倒せばそれで済む話だ。

 しかし俺は、ウォーケンとのやり取りにを感じている。他の人間にも使えるかもしれない。


「おやおや、恐ろしい子供だ」

「気をつけなよ。この子にはそれをやる力があるからねぇ」

「ウォーケンさんが言うなら、そうなのでしょうね」


 やっぱり、使えない。

 俺の意図は丸わかりって事だ。

 恐ろしいのはこの大人達の方である。


「ところでさん、確認したい事があるんだけどねぇ?」

「報酬の件ですか? まだ待って下さい」

「それとは別に……いや、それも困るな。上でギリちゃんに飯代を払えない。今晩の宿代もだよ」

「ご安心ください。ちょうどがありますから」

「それを俺にやれってかい?」

「すぐにお金がないと困るんですよね?」

「ああ」


 ウォーケンが渋い顔をして頭を掻いた。


「ウォーケンさん、お金ないの?」

「ない事もないんだが、ちょっと諸事情で、口座がしばらく使えなくなっちゃったんだよねぇ」

「だからギルドに預けておけば良かったのに」


 口座が使えない? 

 何か俺にはわからない事があるのだろう。


「今回からはそうさせてもらうかねぇ。ああ、忘れるところだった。それはそれとして後で聞くよ。今俺が聞きたいのは『船の仕事』の事だ。まだ募集しているかな?」

「船? やりたがる人も少ないのでまだ余裕はありますが」

「出航までどれくらいかねぇ?」

「約一月後です」

「オーケー。このウォルフくんをそこに行かせよう」

「この子を? 子供に務まるシノギではないと思いますが……」

「それができそうだから連れて来たんだ。なに、報酬は後払いで良い」

「船? 俺は何をするんだ?」


 ウォーケンは行かないのか? 

 結局俺は売りに出されるのか?


「それはナイショだねぇ。一月後のお楽しみだ。それよりもキミは『後払い』を警戒した方が良い」

「後払いを?」

「良いかい? 聞いてわかる通り後払いは前払いの逆だ。シノギの成果で報酬を貰える」


 それはそうだろう。


「——前払いの意味を教えるよ。言い換えれば『本当に失敗できない仕事』だ。金を貰った以上、絶対に報酬分は働かなきゃならない」

「? 聞く限り、前払いの方が警戒した方が良さそうだけど」

「逆だよ。金を払う側の立場で考えるんだ。今回キミを行かせる船の仕事、先に金を払ったなら雇う側はどんな手を使ってもキミに報酬分の仕事をさせようとする。キミが使えない奴なら長い年月、キミを使い潰そうとするだろう」


 ……やっぱり、前払いの方がヤバい気がする。


「——では後から金を払う契約なら? キミが期待された分の仕事をしたなら、それで良い。普通に金を貰えるだけだ。しかし、キミが『使えない奴だった場合』は、雇った側は金を払いたくない。だから、

「金を、払わなくて良い、手段?」

「何か理由をつけて、死んだ事にするのさ。忘れるんじゃないぜ? ここは闇ギルドと呼ばれる場所だ。死人や遺族に金を払うなんて事はない」

「……ウォーケンさんにも?」

「勿論そうだねぇ。出航してすぐに事故なんかで死んだ事にされたら、キミは仕事をしていない事になる。そうなると、紹介した俺も金は貰えない」

「確かに、それは困るね」


 ウォーケンが。


「他人事みたいに言うなよ。キミも自分が死んだら困るんじゃないのかい? 俺を超えたいんだろう? だから必死に『役に立つ』と思わせるんだ。キチンと仕事をすれば、キミは死なない。絶対、とは言えないがねぇ」

「絶対、じゃない?」

「出しゃばり過ぎてもいけないって事だねぇ。期待されていない事にまで張り切る奴は、その場ではただの邪魔者だ」


 どちらにしろ、死ぬ事もあるのか。

 難しい。


「——ホラ、そういうトコだよ」

「え?」

「ウォルフくん、今キミは簡単に納得しただろう? それじゃあ駄目だ、反発しなきゃ」


 意味が、わからない。


「——俺の言う事は全てじゃないし、間違う事もある。それに、正しく思える事が正しいとは限らない。生き方とはその場その場で見つけて考え出すモノなんだ」

「だから俺を、遠ざけるのか?」


 俺はウォーケンの元で、ウォーケンを打倒する術を身に付けたいと思っていた。

 しかし、それをさせてようとしてくれない。


「さて、どうだか。少なくとも俺にくっついているだけじゃあ、俺を超える事はできないぜ? 俺の劣化品を目指すんじゃなくて超えたいのなら、俺と違う事もしないとねぇ」


 詭弁か? 

 詭弁だな。

 でも、道理にも合っている。

 もしかしたら本気で、そう考えてくれているのかもしれない。

 

「なんで、そこまでしてくれる? 俺にあんたを殺させたいのか?」

「まさか? 無理だと思うからだよ。俺だって死にたくないからねぇ」


 ウォーケンの意図はわからない。

 だが言いたい事はわかった。


「あんたは死にたくない。寝首を掻かれる恐れのある俺を遠ざけて、できればそこで死んで欲しいと思っている。でもそれは俺が困る。だからあんたから離れて、あんた以上の強さを身につけて、生きて帰って来る。あんたが無理だと言っても、俺は無理とは思わない——。それで良いんだろ?」


 敢えて関係のない「事実のみから読み取れる内容」を口に出す。

 恐らくであろう内容を。

 ウォーケンの言葉に従い、反発してみせたのである。


「だから言ってるだろう? 素直過ぎる。最後の言葉はいらないねぇ」

「ワザとだよ」


 親達は互いに、笑い合うのだった。

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