第12話 親切で優しいオッさん。

 ぱちぱちと音を立てながら目の前で炎が揺れる。人が住まない森の中でも、この場所だけは明るい。


「おら、お前らの分の飯だ。少ねえが文句言うなよ?」


 俺達が乗せられていた馬車を操っていたオッさんが、干し肉を手にぶら下げてやって来た。この移動の間、俺達の世話をしてくれるらしい。


「手が縛られてるから食べられない」


 縄か紐かは見えないが、それに縛られた手首に痛みを感じる。どうやら皮膚が破けている様だ。


「あ? 母ちゃんに食べさせて貰えよ」

「すいません。息子の手を縛ってるロープだけでも解いてあげられないでしょうか? このままだと虫が沸きます」


 昼間と違い、お袋も幾分か堂々とした態度である。


「すまねえ、それは出来ねえんだ。あ、少し待て」


 そう言ってオッさんは馬車の御者台へと向かった。ブルリザードの吠える声が聴こえる。

 すぐに戻って来た。数枚の布と小さな桶を持ちながら。


「ボウズ、ちょっと後ろ向きな」


 桶に布を浸しながら男が言う。


「つっ——! 何?」


 手首に鋭い痛みが走る。


「うるせえ、黙れ。今消毒してやってんだから……よし、コレで良い。だいぶマシだろ」


 オッさんは濡れた布で俺の手首を拭いた後、ロープと肌の間に乾いた布を挟んでくれた。


「おじさん」

「礼なら要らねえよ。俺は泥棒で人攫いだからな」

「そうじゃない。夜にそんな格好だと虫に刺されるよ?」


 オッさんの上半身は裸だ。


「うるせえな。洗って干してんだよ。俺は綺麗好きなんだ」


 確かに昼間と違い、オッさんからは汗の匂いがしてこない。


「私からも訊きたい事があります」

「あ?」


 お袋だ。


「何故私達に昼間、あんな事を話してくれたのですか? 私達、身売りさせられるのでしょう? 怖くなって逃げられるとは思わないのですか?」

「思わねえな。だって縛られてんだから」


 俺の足首も拭いてテキパキとそこにも布を巻いた。そしてこのオッさんはお袋にも寄る。


「——あんたの番だ。ホラ手ぇ出せ」

「ありがとうございます。ですがどうせなら食事の後の方が——」

「はっ。ワガママとは随分と余裕だな? あんたの言う通り、目的地に着いたら売られるってのによ?」

「そう、ですね。すいませんでした……」


 オッさんは足首にも取り掛かる。


「おじさん、本当に泥棒?」

「だからそうだって言ってんだろうが。はい終わり! さっさと飯食って寝ろ!」


 昼間俺達に残酷な話をしたこのオッさんを俺は、なんというか、親切に感じている。

 やがて俺達は夕飯を取る。オッさんは自分にたかる羽虫など目に入らないかの様に肉にがっついた。

 お袋が口へ運んでくれた肉を、俺も齧る。所々緑色に変色した肉は、少しだけ苦味があった。


「おじさん」

「さっきからうるせえな。外で食う肉は腐ってるって相場が決まってんだ。文句言うなら食うんじゃねえ」

「そうじゃない。どうして俺達に優しくしてくれるの?」

「優しくねえよ。仕事だシゴト!」

「優しいって。ご飯や傷の手当ては仕事なのかも知れないけど、やっぱり昼間話してくれた事は余計だと俺も思う」


 オッさんが無言になった。


「——俺は何も知らずに仕事をしていたし、母さんだって少なくとも村が潰れる事までは想像していなかった。幸せが誰かに決められたモノなら、不幸もいつの間にか勝手に決められている——そんな事自体を不幸だと思ったからせめて、俺達の不幸の理由を話してくれたんじゃないの?」

「……」

「何も知らずにある日突然生活を奪われる村の人達はきっと、俺達よりかなり不幸だ。。でも俺達は自分達を待つ不幸の内容を知れた。理由がわかれば諦めもつくよ。どうせ俺達には逃げ場とか、そういうのがないのもわかったから。だからある程度納得できる。おじさんのお陰で、


 親父を殺した事や、俺達を攫った事は許せない。このオッさんは、そいつらの仲間だ。

 しかし、どうしても俺には、このオッさんが悪い奴には思えない。


「やけに頭が回るな? しかも弁もたつ。だがな、ボウズ——いや、ウォルフ。ガキが『諦めもつく』だとか、それを『幸せ』なんて言うなよ。これからお前らは納得できねえくらいの地獄を見るんだ。せめてそれまでは普通に生きろ。そうさ、これは単なるお節介。自己満足だ」


 ガキの俺でもわかる。

 こいつは悪人に向かない。何故こんな事をしているのか。


「……お名前を聞かせては貰えませんか? 貴方の小さな親切を糧にして、私達親子は地獄を生きて行きたいです」


 そう言うお袋だが、俺は別にそんな事を考えてはいない。

 だがそれでも、俺も、この男の名前を知りたいと思う。


「俺の名前? そんなの——」 


 オッさんが言いかけた時、足音が近づいて来た。


「名前なんて言っちゃ駄目だぜー? あははははっ!」


 昨晩聞いた声だ。

 今まで話に夢中で、こいつがやって来ている事に気が付けなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る