第6話 タルミノス

 レバーを引くと蛇腹のホースへ湯が通る。

 蛇腹、とは云うが本当に蛇の腹を使っているわけでも動物の内臓を使ったモノであるわけでもなく、きめが細かく硬い布を繋ぎ合わせた筒で作ったホースだ。何気に高度な技術が使われており、取り替える時にそれなりの費用がかかる。

 先端に付いた沢山の穴が空いたノズルから湯が散水し、ルークの背中を濡らした。そこに海藻ジェルを手で塗りたくりあかを浮かしていく。

 布でゴシゴシ擦ると肌を痛める恐れがあるがこの方法ならば不要な角質だけを取り除く事ができるので、少々値が張るが俺の店ではコレを採用している。

 それに店の需要的には体を洗うのは行為に及ぶまでの「オマケ」だ。だからこのジェルは、そういう意味でもこの店にマッチしている。


「——ウォルフくん、お話の続きです。魔力を一言で云うと、どの様なものでしょう?」

 

 心地よさそうに背中を俺に預けながらルークが言う。わかり切った質問だ。


「役に立たないモノ、です」

「ふふ、理由は?」

「正確には『普段は役に立たないモノ』ですが言い直さなくても良いと思います。大して違いはありませんから」


 魔力とは、文字通り「魔素を扱う力」を指す。個人個人でその力量に差はあるものの、皆平等に使用を制限されている。それぞれの職務上必要な場合を除き、日常生活で魔法を使ってしまった日には処罰されるのだ。更にそれぞれの免許に応じた特別な知識や魔道具がなければやはり、大した事はできない。

 それなのに、大抵の奴は学校かなんかで優劣をつけられる。学力や身体能力にしてもそうだ。俺は学校に行った事はないが、それでも想像はできる。

 実生活で役に立たない能力を評価され、皆それを得る為に競争をする。使い所のない能力は無駄なのだ。

 毎日外で汗水流している亜人の奴らも同じで、いくらを持って仕事に従事した所で、一歩その世界から外に出れば


「では何故魔力を使うりを見せたのでしょう?」

「役に立たないモノでも役立たせる。それが価値のないモノに価値を持たせる、唯一の方法です」


 力の強い奴、声がデカい奴を例に出そう。そいつらの特技が金に換わるのは、ごく限られたシチュエーションだ。なのに多くの連中はそういう奴らを前にした時、萎縮する。

 何故か。答えはカンタン。


 ——そいつらの強みの本質を本能で感じ取っているからだ。


 そいつらの強みはルールに縛られてへと変えられている。好き勝手する奴が現れにくいように。

 しかし結局、他人が他人を縛る為に作ったルールやモラルやマナーなんてモノは、それ自体の価値が低い。無視すればやはり、好き放題できる。

 力の強い奴は弱い奴を殴って黙らせる事ができるし、声のデカい奴は他人の言動を覆い潰す事ができる。

 いざという時にそれができる奴の「いざという時」を皆、自分の目の前で起こしたくないのである。力の弱い人間は簡単に、蹂躙されてしまうのだから。


「——要するにマウント、です。『強み』は然るべき時にほんの少しだけ匂わせる事で、小さな価値になる。その数や質の積み重ねが価値のないモノを大きな付加価値へと変貌させる。だから使えるモンはなんでも使う、そうでしょう?」

「私の刺青の意味、伝わりましたか?」


 ようやく刺青の話に戻った。

 会話とは回り道である。


「それは最初から理解しています。その刺青も強みと云えばそうなのでしょう。だが俺には逆効果に思えるんです。アナタみたいな人が使う強みではない」


 敢えて。俺から振った話題だ。全部話していただき、良い気分になってもらおう。


「そう思うのはウォルフくん、貴方が私と同類だからです。貴方は刺青を『小さな者達が虚勢を張る為の道具』として見ているのでしょう? 実際にそういう人々を見てきたから」

「はい」


 俺がお前と同類? 笑わせるな。


「ですが、大衆はそうは見なしません。道具の本質を理解していない人間には十分に効果的な道具です。普段から私と席を並べる貴族の方々も同じです。『元アウトロー』の肩書きを強調する事で、私は彼らとの差を作り出しているのですよ。安っぽく怒鳴り散らしたりなどせずともね?」


 これがルークである。

 丁寧で物腰柔らかく対応できるのは所詮、他人を見下しているからに他ならない——俺も同じか。

 恐らくどんな人間もそうなのだろう。

 だから俺達は皆、普通の人間であり、同じなのだ。

 

 

「そうですかね? どんなにくだらない奴だとしても、それぐらいはわかりそうなものですが」


 いいや、わからないからこその「大衆」だ。


「わからないからこそ、大衆、なのです。同業者が共有する価値観など、


 無論、「この道具の価値」は表で成功しているルークが使うからこそ価値が付いている。足を洗って中途半端な生き方をしている人間がそれをやってもやはり、世の中に対する負け惜しみにしかならないだろう。

 そいつにそのつもりがなくても、そういう意味にしかならない。


 俺達は無法者アウトローではない。

 アウトローとは世間の外にいる連中、俺達とは違う。


 俺達は外でも内でもなく世間の狭間に身を置く存在——それが、境界を征く者タルミノスという者達だ。

 

 

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