第4話 元アウトロー。

 声の主は店の入り口近くに居た。

 ヴァンと同じく金髪だが、その長さは襟足で結える程である。

 そしてその顔は、俺達人間とはかけ離れたモノだった。前方に突き出た鼻と口は鼠を思わせる。一目でだとわかる、そんな顔だ。しかしそのすらりとした長身は、彼が純血ではない事も表していた。

 不気味な顔だがその整った体型スタイルが、貴族の様な煌びやかな衣装を似合わせている。金の刺繍が施されたコートと膝丈のパンツ、蛇皮のインナーや内側のシャツのふわふわとした襟がとても優美だ。尖った革靴から上に伸びる白いタイツがパンツの内側へ入り込む様もこの男の上品さに一役買っている。

 ゴブリンは他の亜人達と同じく街の維持作業だとか、そういう安い賃金の重労働に就く事が多い。

 しかし、この男の様に金のある奴は別だ。能力の高い者は例え亜人であれ金を手にする事ができる。金のある者はそれ相応の風貌を備える。この男はそういう「付加価値」を自分に付ける事で、俺達普通の人間以上に優遇される立場を手にしているのだ。


「すみませんが、通していただけますか?」


 丁寧な言葉遣いと同じくらいに聞き心地の良いその美声が、俺達のやり取りを見ていた客達に自然と隙間を開けさせる。それは美声によるものだけではなく、


 男の名は、ルーク•ソー•ルソー。


 亜人の立場から議会員の地位にまで上り詰めた。この領地どころか、この国でこの男を知らない奴は少ないだろう。


「ルソー様、お久しぶりです」


 俺もルークに負けじと丁寧な口調で挨拶する。


「ええ、お久しぶりですね、トリスティスさん。お元気そうで何よりです。ですがそれよりも——」


 ルークは、いまさっき俺を殴ったこの男に目を向けた。

 

「マイアールさんの方がとても元気そうですね?」

「ル、ルソー殿。俺——いや私の事を覚えておいでなのですか!?」

「勿論ですとも。以前懇意にしていただいたエイブラハム殿の御子息ともなれば、忘れるはずがありません。貴方の隊の評判も聞いてますよ? 騎士団の中でも一際高い士気で有名ですから」


 こいつ、やっぱり騎士団員だったのか。それにしては練度の低い格闘術——先程の大振りの拳打からするに、ヴァリエールと同じく親の七光か? それなら納得だ。


「み、身に余る光栄です」

「そんなに固くなさらないで下さい。むしろ私の方が恐縮していますよ? 卑しい亜人の身でありながら、貴方の父君の様な方とお近づきになれたのですから」

「そ、そんな事は……!」


 裏社会から表舞台へ成り上がったこの男を尊敬する者は多い。俺達みたいなだけでなく、一般市民や冒険者、そしてこの国の兵士に至るまで。

 その要因はこの男が築き上げたと、この謙虚な姿勢によるものだ。

 調子に乗りイキり散らかす奴が嫌われるのなら、その反対を行くだけである程度の人気を得られる。だがこの男の凄い所は、誰にも真似できない事をやってのけているのに、終始一貫して身を低くしているのである。

 どの様なシチュエーションに於いても先程の俺みたいにボロを出さない。それでいて舐められない様に力も見せつける。

 もはや嫌味すら感じさせない。


「そこの貴女——」


 ルークは、マイアールが口説こうとして失敗したこのケバい女に、顔を向けた。


「マイアールさんは父君に負けず劣らず素晴らしい方です。ついて行って損はありませんよ?」

「え? あ、は、はい!」


 女のハートマークはルークに向けられていたが、ルークはそれをマイアールへと移す。

 強い肩書きを持つ男がマイアールの肩書きを保証したのだ。付属品にならない理由はない。


「——あたし、アナタの事を誤解してたわ。どこか別の場所で飲み直しましょう?」

「え? し、しかし」


 マイアールは罰の悪そうな顔をして俺を見る。


「先程は失礼いたしました。グラスは消耗品ですので、料金を普通に払っていただければ弁償などは考えなくて結構です」


 本当はどんなに些細なものであっても請求するのが俺のやり方だが、ルークの前だ。仕方がない。


「そ、そうかよ? でもすまねえな? あんたの店でみっともねえ事をした俺が悪いのに」

「いえいえ、お気になさらないで下さい」


 気にしろ。


「あんた良い奴だな? この店も良い店だ。また来るよ」


 来たいなら大金を持って来い。


「はい! 是非またいらしてください。その時はマイアール様の武勇伝、ここに居るヴァン•ルースティカがお聞きいたします」


 突然話を振られたヴァンは「え?」と洩らした。当たり前だろ。こんな奴の自慢話、俺が聞く価値はない。


「おお。そん時ゃ宜しく頼むぜヴァン! つーかお前、顔は男前だが、もっと俺みたいに鍛えねえと駄目だぜ?」

「は、はあ」

「それではルソー殿! 私はこれにて失礼します!」

「ええ、お気をつけて」


 マイアールにルークは優雅な笑顔を送る。


「それではマイアール様、またのお越しをお待ちしております」


 近くの宿屋の割引券を渡すと、マイアールは更に上機嫌で帰って行った。

 チョロい。

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