第2話 「俺は行く」

酒とタバコの匂いが渦巻く、薄暗い酒場。

その喧騒に満ちた店内の一番奥。

カウンターの端っこ。


そこにずーんと雲を背負った塊があった。

「親父ぃ、酒だぁ」

赤く酔った目で、酒を要求する背の高い男。

リュウセイだ。


アルディフォンを追い出されたリュウセイは、馴染みの店で管を巻いていた。


「……ほらよ」

親父が渋い顔で酒を置く。

頼むのが安い蒸留酒、だからでは無い。


「ほら、もう、そんなに落ち込まないでよ」

リュウセイの広い肩をペタペタ触り、逞しい腕をムニムニ揉みながら甲斐甲斐しく世話を焼いているのは、青髪のくせっ毛を肩まで伸ばした女性。

名前をリンダ。リュウセイと同じ18歳。


女性だけで構成されたDランクダンジョンを主戦場に置く冒険者パーティー〖フェルダン〗のリーダーを務める双剣使いだ。


全身から元気が溢れている。


リンダのファンが、酒場の真ん中の席の辺りから殺気を飛ばしているが、自分の世界に落ち込んでいるリュウセイも、リュウセイしか見えてないリンダも気付いていない。


「要らん火種は持ち込んでくれるなよ」

馴染みのマスターが、渋い顔で忠告するが、2人には聞こえていない。


「まあ、あんな所アルディフォン、抜けて良かったんじゃない?」

それとなくリュウセイの長く関節の太い右手に、自分の左手を絡ませながらリンダが慰める。


「あんな所ってなんだよ!」

しかし、リュウセイは怒鳴って返す。

「テイマーのくせにテイミングが出来ない半端モンの俺を拾ってくれたんだ!」


リュウセイとアルディフォンの関係は3年を超える。


15歳の時、吟遊詩人の詩に登場するテイマー・ミシェルに憧れ、田舎を飛び出しテイマーになった。


右も左も分からないまま、モンスターに襲われ、殺されそうになったリュウセイを、鮮やかな剣技で救ったのが、アルディフォンのレイチェルだった。


リュウセイには運命の出会いだった。


リュウセイの憧れたミシェルが描かれた神話こそが『アルディフォン落日の灯火』。


「運命だ!」リュウセイは思った。

「俺はこの出会いのために旅立ったのだ!」と確信を抱いた。


壮大な夢を語る凄腕の剣士、レイチェル。

剛腕をもって恐れを知らず敵中に飛び込む、シャイン。

圧倒的な破壊力の火の魔法を操るルーニー。

常に冷静に戦場を支配し、常にパーティーの安全を確保するジェラルド。


「こんなにも素晴らしいパーティーがあるのか!」

当時はまだEランクだったパーティーメンバーの紹介を受けた時の衝撃。

全員が自信に満ちていた。


衝撃と感動を持って、リュウセイはアルディフォンに加入した。


見習いとして入った初討伐のクエスト。

自分では到底敵わない、熊のようなモンスター・スパイクベアーを倒したアルディフォンのメンバー。


「仕方ねえよ。これからだ」

役に立たなかった自分に掛けられた温かい言葉。


「俺は絶対にアルディフォンを世界に名の轟く超一流パーティーにする!」と、心に決めた。


しかし、迎えた結末は惨めな物だった。

テイマーのクセに、モッファン犬っぽいヤツモコビット兎っぽいヤツニャルフィッシュ猫っぽいヤツもテイム出来ず、挙句にパーティーメンバーの拡充の足を引っ張り、戦力外通告を受けた。


「俺はよ! レイチェルさんを男にするって決めてたんだ!」

酔った顔からポロポロと涙が零れる。

男臭い話に、リンダがちょっと引く。


「もういい……」

完全に1人の世界に入っているリュウセイはそのままボロボロと泣き出す。


「俺には、もう、生きてる価値は無い……」

そう言うと、ガバッとカウンターに伏せてワンワンと号泣し始めた。


その過程で振りほどかれた腕が変な位置で止まったまま、リンダがどうしたらいいのか?と固まっている。


こう、そっと背中をさすってみるが、特にリアクションが無い。


ワンワンと号泣しながら、「俺にはもう生きてる価値はない」とか「死んでしまえばいい」とか叫んでいる。


賑やかな店内から訝しげな視線がカウンターに集まる。

かなり恥ずかしかった。



☆☆☆



雨戸を閉め切った暗い部屋。

そして、部屋以上に暗い雰囲気の影。

カリカリという高い音だけが響いている。


死相の浮いた顔。

目だけがギラギラと妖しい光を湛えている。


リュウセイだ。


酒場でワンワンと人目もはばからず泣き喚いてから10日。


リュウセイは1歩も部屋を出ることなく、生ける屍となって過ごしていた。


そして、10日目の今日、リュウセイはテーブルの上に1枚の紙を広げ、その上に筆を走らせている。


暗い部屋の中で、手元が見えるのか?と思うが、その筆跡は力強く美しい。


死相の浮いた顔で、目を血走らせて書き上げる文。

それは遺書だった。


己の至らなさを著し、アルディフォンへの謝罪を述べている。

そして、最期は冒険者らしく散りたいと書き綴り、筆を置いた。


――コンコン――

軽やかなノック音。

「リューウー?」

そのまま返事を待たずにガチャリとドアが開く。


ドアから差し込んだ明かりが部屋のホコリを透かし浮かび上がらせる。


ドアからひょこっと覗いたのは、青いくせっ毛。


リンダだ。

野菜や果物が入った袋を抱えている。


「相変わらず暗っ! あ!でも、起きてる!」

そのまま足を振ってポイッと靴を脱ぎ捨てると、スリッパに履き替え、ズカズカと上がる。


「どう? 元気になった?」

リュウセイの異様な雰囲気を少しも気にせず、そのまま窓板を外し、窓を開ける。


差し込んだ明かり以上に、明るくなる室内。

いるだけで雰囲気が明るくなる。

リンダはそういうタイプだ。


「あ! 食べてるじゃん! エラいエラい!」

昨日、作って帰った食事が無くなっているのに気付くリンダ。


「あれ? 何書いてるの?」

そのままテーブルを覗き込む。

その間、リュウセイは身動ぎすらしていない。

でも、リンダは気にしない。


「ん?」

そして、固まる。

「え? えぇ!? え? いや、ええ!?」

そして、慌てる。


「俺は行く」

それだけ言って、リュウセイは立ち上がる。

ワイワイと騒ぎながらリンダが縋るが、全く意に介さず、纏めていた荷物を背負い、必死に引っ張るリンダをそのままズルズルと引き摺って外へ出る。


「この部屋はやる」

それだけ言うと、死相の浮いた顔のまま、地面に倒れ手を伸ばすリンダを置いて、リュウセイは旅立った。



ちなみにリュウセイの部屋は借り物なので、譲渡は出来ない。

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