第四話 "呪い"
────扉の内から、言葉を遮られて開いたままの口で、さらに息を吸い込む様な音が響く。
「…そんなの」
わなわなと震える声。
「そんな事…───っ」
深く息を吸い込んだ後、抑えていたものを噴出する様に、激昂する声が響く。
「…───そんなこと言われたって、どうすればいいって言うのっ!?」
「無理だよっ!!お金があっても…力になるって言っても…!!お父さんでも…!!オルペでも!!」
「誰にもこれは打ち消せない。」と、叩きつけるように叫ぶ、甲高い悲鳴のような声。
どこまでも悲愴なその声は、建物全体に響かんと空気を震わせる。
私はその声を逃さず、それを抑える。
この声を聞けば、恐らく
でも、…それは駄目だ。多分、今、父親が来てはいけない。
それを聞かれた彼女はきっと、抑えきれないだろうから。
自分への怒りを。
────叫ぼうと喉を震わせた。然し、自らの意思とは相反し、不意に訪れた"静寂"に彼女は目を丸くする。
───その一瞬、驚愕が絶望を上回る
…静寂の中で、声が響く。
「───誰も無理だって、誰も救えないって、そう思ったかい?」
ボクもそう思ってた、故郷を襲った
「違うよ。…断じて、それは違う。」
でも、
あの深い闇の中から、ボクを救ってくれた。
「───だって、君に与えられる絶望があるように。」
…ボクを救ってくれたスカイのおじいちゃんには、本当に感謝している。
しているけれど…
だけど、不意に、精神がどん底にいる時に忽然と、稀に思うことがある。
本当に罪深いけれど…ありえないとわかっているけれど。
どうしてもっと早く来てくれなかったんだろうって。
全部壊れる前に、来てくれなかったんだろうって。
─────そう、思うことがある。
…その声を聞いてわかった。
彼女に与えられた絶望って言うのはきっと、
だから
あぁ、だからこそ、ボクは思う。
今度はボクが、人を助けられる
だけでなく
この稀に訪れる"思い違い"すらない。
望み続けた
「────君に与えられる希望もあるってものだ。」
「────故にここには、ボクが居る。」
そう諭すように呟き、ボクは閉じられたドアノブに手をかける。
手首から飛び出すように、
魔法手を引っ込めながら
───扉を、ゆっくりと開く。
その向こう側にいたのは、唐突に起こったそれに驚愕し、目を丸くしていたスヴェッタだった。
そんな事は気にせず、ボクは溌剌とその顔に笑いかける。
「───大丈夫、ボクが助けるよ!」
***
スヴェッタは、心の底から呆然としていた。
もう関わり合いになることすら叶わないと思っていた
それを届けに来ていた
スヴェッタは死ぬ気であった。人に迷惑をかけないように。
だから、何も食わず、何も飲まずを貫き通そうとした。
その証拠に
それほどにまで、体を蝕むこの呪いは、そしてこれを施したあれは、圧倒的に、絶対的に見えたのだ。
…あの日、盗まれた家の宝剣を取り返すため、犯人である山賊が根城にしている近くの雪山の墓地遺跡…その入口に近づいた時。
そこにあったのは、逃げようとして両断されたであろう山賊達の死体と、黒い角付きの兜を被った
そして、その古代死者は腰の抜け、逃げることの出来なかったスヴェッタに怪しい光を浴びせてはこう言った。
「この呪いが、いずれお前の自由意志を奪い、お前の身近な人間全てを殺戮する。」
…そして、意識を失った私は村の入口で目を覚ました。
それから数週間、特に、何が起きることも無かった。
だから身の底から湧き上がる恐怖感から目を逸らして、気丈に振る舞い続けた。
─────身近な人間全てを殺戮する。
そう言われたが故に、身近な人間から距離を取ろうとはしていたかもしれないが
それでも、可能な限り自然体に振る舞い続けた。
ある日、私が目覚めた時、部屋は滅茶苦茶に切り裂かれていた。
私の手によって。
鏡に映る私の顔は古代死者のように青ざめ、そしてその
楽しげに笑っていた。
その時私は気付いたのだ。
ふつふつと、心から湧き上がる"村の人々への、言いようもない怒り"があることに。
そして、これこそが呪いであると言う事に。
私はいずれこの呪いを抑えきれずに、自らの周囲の人間を殺し尽くすだろうと。
だから、私は自害を選ぼうとした。
短剣を喉に構えた。毒草を摘んで口にしようとした。
でも、それは無理だった。
死ぬのは、怖い。
だから、餓死を選んだ。これなら怖くない。時間がかかろうともきっと死ねると。
────そう、死が第一目標となっていた。
この呪いは、あれには勝てないと思い込んで…
あの絶望に屈したのだ。
─────でも
彼女の力の齎したあの驚愕は、一瞬でも、私の絶望を忘れさせてくれた。
そして、気づいたんだ。
…絶望に目を覆い尽くして、何も見ないでいた私は
────父の存在に、想い人の愛に、そして…この少女の輝きに。
私を救える
***
扉を開けて、「君を救う」宣言をすれば、スヴェッタさんが泣き始めちゃった…。
───あっるぇ〜…?おっかしいぞぅ…?
自分で言うのもなんだけれど、これ以上ない
え、大丈夫だよね…。主人さんの方に駆け込まれたりしないよね…?
まぁボクが背を撫でたりして慰めてるのに抵抗しないあたりそれは無いと思いたいけど…。
「…もう大丈夫?」
ちょっと心配になってそう聞く。
無論表情は不安にさせないために英雄チックな優しげなもののまま。
「…うん…っ!…うん…っ!」
噛み締めるようにして、スヴェッタはそう頷く。
─────あ〜…!良かった!本当に!これで駆け込まれてしてたら割と不味いからね!
魔法───ってか、あれも普通に使ってたし!
***
───────というわけで、其の儘泣き止むまでその痩せた背を撫でたりして、彼女を落ち着かせた。
…死体のように痩せて、青ざめた
しかもこれ、明らか彼女の手によるものだ。
まぁ、明らか普通では無いよね。
────とはいえ、その理由に察しがついているわけでもないんだけど。
そして、だからこそ…。
「スヴェッタ。…落ち着けた?話を聞いても大丈夫かな?」
「…うん、こちらこそ、迷惑をかけてごめんね。」
こちらの目を見据えて、スヴェッタは、真っ直ぐそう返す。
────強い子だなぁ。と思いながらも、ボクは会話を続ける。
「────それで、外部との交友を遮断していた理由はおおよそ察しがつくけれど、…どうしてこんなことに?」
「それは────。」
そうして、彼女は色々な事を教えてくれた。
山賊と宝剣の事、墓地遺跡で起こった事、"呪い"の事…
────そして
「喋る
────本来、古代死者は理性を持たない、ただ墓地────いや、墓地の"内部"を守るだけの存在だ。
それなのに、墓地に近づいただけのスヴェッタを襲った?
…いやまぁ、それも山賊を追いかけてきた古代死者に偶然鉢合った可能性もある。
───それもまた、喋った。なんて話で否定されるのだけれど。
聞き間違いってことも無い。それなら呪いの効果を予め知っていたことの説明がつかないからね。
────それに、山賊とは言っても武器持ちの人間複数人を軽く両断する戦闘能力を持っている古代死者…。
……あぁ、ここまで言って、考えうる可能性は1つだ。
「────
…
嘗て海の向こうから訪れ、
それを一個の集団に束ね、一つの国を作り出すに至った存在達────それこそが古アーテネイト人の王だ。
古アーテネイト人の、"強さのみを権威とする"その在り方が故に、王は人から外れた力と魔法を扱ったと言われ、その最期は自身以外の全ての王を狩り尽くした後、竜種に挑み全滅したと言う。
今では、その王達もまた、古代死者として各地の墓地に眠っている…。
古代死者としての強さは異常の一言。
死者でありながら、その魂の強度が故に知恵を持ち
そしてそれが故に、かつて扱ったその武器術、そして失われた古の魔法すらも記憶している。
────そう言われる王種ではあるが、最後に発見された記録として残っているのは、隠匿されていない限りはもう800年前の話だ。
だから、本来は有り得ないと考えるのが妥当─────
「でも、特徴は完全に一致してる…。」
その場で意識を完全に無くしての狂乱ならいざ知らず、離れた相手の意識を崩壊させていくようなそんな魔法は現代には存在しない。
じわじわと嬲っていくなんて、悪趣味過ぎてボクは嫌いだけど、技量としては最上位の、それこそ古魔法に分類される類の物だとも言えるだろう。
「────王種…つまりこの呪いは…。」
スヴェッタは、私がポツポツと零していく言葉に、その博識が故に自らにかけられた術の内容に気が付き、顔を青ざめさせていく。
「…あぁ、古魔法の類いだろうね。」
「────解呪は、出来るんですか?」
深く息を吐くようにして、スヴェッタは私に問い詰める。
「────本音を言うと、その術そのものの解呪は不可能だ。…既に失われて、原理が分からない以上はね。」
「────とはいえ、その効力を失わせることは出来る。」
「効力を?…それは解呪とは違うんですか?」
首を傾げ、スヴェッタは問う。
「うん。そもそも魔術も、呪術も…あるいは古の物ですら関係なく、"魔法"っていうのは自身の持つ魔力を
「…そして、解呪っていうのはその【何故その効果を発生させられるか】を"否定する理由"を空間に示すこと。そもそも魔法で起こりうることは本来有り得ない事だからね。否定するのは簡単なんだよ」
「────でも、だからこそ、その原理を知らなければどうにもできないんだ。」
「では、効力を失わせるって…どうやって?」
「…ふふ、決まってるだろ?」
そう、不思議に思うスヴェッタに対し、ボクは意地悪げにニヤリと笑い
「書いてる奴を殺すんだよ。」
「────炎を発生させる。とか、そういう魔法ならそんなことは不可能なんだけどね。でも、今回は特別だ。」
「なんせ、まだ効果は終わってない、本人は証明を続けなくちゃならない。」
「だから、その証明を中断させる。」
「────ね?簡単でしょう?」
そう、当たり前の事とでも言うように喋る私に反して、スヴェッタの表情は未だ暗い。
「───でも、勝てますか?」
その目は暗に「相手は王種だ」と言っている。
確かに、王種の残した記録は驚異的だ。
書類でしか見た事がないけれど、それだけでも神話レベルの出来事を思わせる。
────でも。
「勝てるさ。」
ボクは笑ってそう言う。
────相手が神話だろうと…
ボクは英雄になるんだぞ?…負けるかよ。
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