第三話 父親の苦悩

 ​────吟遊詩人のオルペが言うに



 彼の想い人で幼馴染の、道具屋の娘のスヴェッタさんは、最近どうにも元気がないようだ。



 その原因を調査するにも、彼女は他の村人との繋がりを絶っているようで、話を聞くことすら出来ない。



 だからせめて元気を出してもらう為に、彼女に恋文ラブレターをしたためた。



 彼や村の人達では近寄ろうにも直ぐに逃げてしまうから、余所者の私に頼んだ…と。



 ​────まぁ、いい話だとは思う。自分にかなりの自信が無いとできない行いだけれど、それでも相手を思いやっての行動だっていうのは言葉の節々から感じられた。



 ただ



 ただ…!私はこれだけの言葉を40分かけて説明された!





 ​────長い…っ!!あまりにも…っ!!



 まぁ悪い事でも、長くなりそうな事でもないから、頼まれるけども…!!



 それにスヴェッタさんのおかしな様子も少し気になるから、断る理由もないんだけど…!



 もうちょっと簡潔に言えないものなのかなぁ…!




 「​────うん、まぁ分かった。頼まれるよ。」




オルペ「おぉ、本当かい!?…本当にありがとう。彼女、日に日にやつれていってて…どうにか出来ないかと悩んでいたのさ…!!」




 「…あぁ!この感謝の気持ち…。どう伝えようか。あぁそうだ!折角だから歌にでも​─────」




 目を閉じ、今にも歌い出そうとしていたオルペに背を向けて出入口の方へと駆け込み、酒場の喧騒をかき消すように扉を閉める。



 追いかけてきたオルペが扉に顔をぶつけて、そのまま後ろに倒れたのは恐らく幻覚だし幻聴だろう。



 うん…。



 ​────今はともかく、スヴェッタさんの元へと向かおう。





***





 『ラムイー村』の中心を真っ直ぐ走る大通り、その傍に沿うように、道具屋は存在する。



 石と木で作られた頑強で比較的豪華な作りは村の中でも財力を持っていることを示しているようだ。



 然し、店主はその力に驕らず、真摯な対応で旅人や村人をもてなしており、その人徳の高さが見受けられる​────



 という訳で訪れました、道具屋さん。



 昼飯時だからお客さんは酒場の方に流れてて、今の店内は閑散とした様子だね。



 ただ、直ぐに人が集まってくるだろうし、時間を取られないようスヴェッタさんに手紙を届けて、ちょっと様子を見てからさっさと帰ろう​─────





 ​────中に入ると、道具屋の主人と思われる、質は良いけれど派手すぎない、質実剛健とした作りの服を着た壮年の人が、カウンターに肘を着いて嘆息をついていた。




 「​────ん?…おっと、すまないね。いらっしゃい。」




 こちらに気づけば、暗澹とした顔持ちながらも笑顔を貼り付けるようにして振り向いてきた。




 「ん。全然大丈夫ですよ。…と言うよりも、ボクは客じゃなくて娘さんに用があるんだよね。」




 「スヴェッタに…?」




 怪訝そうな顔で主人は首を傾げる。




 「…いや、さすがにこんなお嬢ちゃんが…ないか。」




 道具屋の主人は直ぐに元の笑顔の顔つきへと戻る。でも今の一瞬の顔は、何処か敵対心を秘めているような…。



 ​───妙だな。




 「娘さんに何か?」




 そう思いながらも、ボクは感情を表に出さないように笑顔を浮かべ、そのままの口調で、そして…そう返す。




 「…あぁ、いや。別に特段何かあるって訳じゃあないんだが。…ただね、最近スヴェッタの様子が可笑しいんだよ。」




 「ちょっと前までは調子が悪そうながらも、その程度って感じだったんだが…。それに本人も「別に全然大丈夫だ」って言ってたしな…。」




 「…でも、最近は部屋からも出てこなくなって…、飯を持っていっても「扉の前に置いておいて」と言って部屋から出てきすらしないんだ。」




 「ここ数日は顔を見れてすらない…本当に、心配でね。」




 「オルペの奴に何か悪い仕事でも押し付けられたのか…。」




 そう暗い顔をする主人に対し、ボクは首を傾げる。



 オルペって…変な奴ではあったけれど、何か悪い噂もあるのかな?酒場の交友関係を見る限り、そうは見えなかったんだけども​───




 「オルペさんって人が…どうかしたの?」




 「どうって訳じゃないんだが…。やっぱ吟遊詩人ってのはよく分からんじゃないか…。遊び呆けてばかりの軟弱者プー太郎にスヴェッタのやつが誑かされてないといいんだが…」




 ​────あぁ、そういう?確かに父親からすれば心配になるのかも…



 親父さんは今のスヴェッタさんの様子は、オルペに何が悪い仕事を押し付けられたのかもって思ってるわけだね。



 ​────ふんふん、でもそれは体調を崩していた理由にはなりづらいんじゃないかなぁ。



 …まぁ、取り敢えずこれだけ情報が集まったなら、とりあえず主人さんから聞き出すのは終わりにしようかな。



 そのまま深い溜息をつく主人さんを見て、ボクは




 「​────と、喋り過ぎた。…それで、スヴェッタの奴にどんな用があるんだい?」




 「…あ〜。ちょっと手紙を頼まれてね!」




 聞いた内容が内容だからか、少し目を泳がせながらボクは頼まれた手紙を見せる。




 「手紙って…誰のだい?」




 「​────ん〜と、ごめんなさい!酒場で「道具屋を見ようかな」って言ってる時に、「スヴェッタを励ましたいから」って言ってる子に頼まれただけで、名前までは知らないんだ。」




 「そうかそうか、なら品揃えを見てる間に私が届けておくよ。」




 「…いや!ボクが頼まれたんだからね!娘さんにはボクが送り届けておくよ!」




 「真面目だねぇ…。まぁそれならいいよ。スヴェッタの部屋は2階をいって直ぐの突き当たりさ。」




 「いちいちありがとうね!​────じゃあ渡す時に、お父さんも心配していたよって伝えとくよ」




 そう言って背を向けたボクに、道具屋の主人は何かを思い出したようにして声を出す。




 「…そうだ、もしスヴェッタと話せたなら、話を聞いてやってくれないか?初対面だからこそ話せる。って奴もあるかもしれないからね。」




 そう「自分は聞き出せない」と無力感を感じさせる声で主人は呻くようにしてつぶやき、そして言葉をつけ加える




 「…それでも、何があったとしても、お父さんは力になるからって…伝えておいてほしい。」




 最後には気丈そうな笑みを浮かべ、「頼まれた!」と返すボクの背中を、彼は見送った。






​***






 そして、道具屋の主人に言われた通りの場所に訪れれば、「スヴェッタ」と名前の小さく彫られた扉がある。



 部屋にはどうも灯りがついていないようで、昼だと言うのにも関わらず、陰惨とした雰囲気を感じさせる。



 ​────それに何より




 「うっへぇ…ひどい臭い…。」




 ここ数日間、ろくに水浴びも、体を拭いてすら居ないのだろう扉の外にまで刺激的きっついな臭いが漂っている。




 「…これは主人さんも心配するわけだ。」




 小さくそう呟けば、ボクは三度その扉を叩く。ひんやりとした感触が手に触れる。




 「​────誰?」




 か細く、今にも消え入りそうな声が廊下に響く。




 「ボクはアンリ、旅人だよ。」




 簡潔に答える。



 ただ恐らく、そういう意味で聞いた問いじゃないんだろうけど。




 「…えっと、あの…じゃあ、旅人さんはどうしてここに…?」




 困惑するような、戸惑うような声でスヴェッタはそう聞き直す。

 …適切性を欠いた間抜けな返しに、張り詰めるような緊張感は、少し解けたようだ。




 「オルペさんから、手紙だってさ。」




 ペラペラと鳴らすように手紙を振れば、中からガタッと揺れるような音が響く。



 そして、反対側の壁に背を当てたような状態だったのだろうか、ドタドタと音を立てながら扉の際まで近寄ってくる。




 「​…オルペが!?」




 「うん、「元気づけるために、恋文ラブレターをしたためたのさ…♪」だって。」




 おどける様に、そしてオルペの歌うような言い方を真似するように言えば、扉の中から「ふふっ」とした声が漏れる。




 「​……あぁ、もう…オルペらしいな。」




 呆れるような、でも微笑ましいものを見るような、そんな声はなんというか​───



 ───まぁ…主人さんの懸念は当たっていた…って言えるのかなぁ…?

 誑かされるってより相思相愛っぽいけど…



  …とはいえ、その声は涙が滲んでいて、嬉しみと言うより、何処か悲哀的な物を感じさせるのが気になる。




 「​────ありがとうね。旅人さん…いや、アンリさんで良い?」




 「呼び捨てでもいいよ。…多分そっちの方が年上だしね。」




 4歳ぐらい




 「じゃあアンリ、手紙はそこに置いておいて、後で読むわ。」




 薄幸そうに小さく笑い、扉の向こうの少女スヴェッタはそう言う



 ​───でも、ここで帰るのは…何か嫌な結末になる予感がする。




 「…あぁ、いや、その前に。」




 ここは、無理やりにでも話を聞くべきだろう。




 「実はもうひとつ頼み事をされていてさ。」




 「…頼み事?」




 「あぁ、君のお父さんから…「話を聞いてあげて欲しい。」ってさ」




 扉の向こうから、深く息を吸うような音が聞こえる。


 然し、すぐに誤魔化すようにスヴェッタは笑い、そしてゆっくりと言葉を紡ぐ




 「​────別に、少し体調を崩しただけで」




 そう言いかけたスヴェッタの声に被せるように、ボクは声を放つ




 「​お父さんは、何があろうとも力になるって言っていたよ。」




 「​────一体、何を隠しているの?」

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