第11話

僕は美術部に所属している。とはいってもとても緩い部活で名前を置いてあるだけなのだが。


いつもの公園でスケッチブックを広げる。

トリックアート展を文化祭でするにあたってどんなことをしたいのか、絵で描いてみようと思った。


しかし、全く思い浮かばない。

枠にはまったアイディアを出すことが苦手な僕は一度自由に描きたいものを描いて想像力を膨らませてから取り掛かろう、そう思い公園の風景画を描き始める。



すると集中しすぎたせいかいつの間にか彼女がいつも来る時間をとうに越していた。


今日は来れなかったのかな、そんなことを思っていると、






「上手だね。絵描くの!」


「うわぁっびっくりした…」



「もう、まだ幽霊じゃないんだから」



彼女はいつものようにやってきて、笑い辛い冗談を言ってきた。

彼女のそんなブラックジョークにも慣れてしまった自分がいる。彼女はそういう人だ。




「絵描くの好きなの?」


いつも通りの彼女だ。


そのことに少し安心する。

いつしか僕は"いつもと変わらない君"を求めるようになっていた。


人が死ぬというのを受け入れるには僕は彼女に心を許しすぎた。


だから彼女の不謹慎な冗談も本気にしない。本気にしたところでいいことは何もない。



僕はなんとでもないように答える。



「うん。風景画を描くのが好きなんだ。」



風景画といっても僕のは少し変わっている。


僕が自分自身を表現できる数少ない場所、

それがこのスケッチブックの中だ。



「風景画?ここは緑ばっかりだよ。なん

で赤いの?しかも、、馬?ここに馬なん

かいないよ?」



普通の日常風景とは違う。地面を赤く塗ったり、いないはずの馬が描かれてある。




彼女の反応は予想通りの反応だった。


前はそれが嫌だったから外なんかでは絶対に描かなかったし、誰にも見せなかった。


だけど君になら見せたい、そう思ってわざと君に声を掛けられるようにここで描いていたのは僕だけの秘密だ。


「もしかして何か能力があったりする?人と見える世界が違う!みたいな…」


彼女の想像力は豊かだ。


君の見ている世界を、君目線で見てみたい、と思ったり、





「そんなものはないよ。…これはただのイメージ。僕がこの公園を見たときに最初に思い浮かんだ世界。」



「すごい!」



「引かないの?」



僕は知っている、彼女はこんなことで引くような人ではない。でもいざ受け止められると少し心臓が跳ねた気がした。



「引くわけないよ!君には絵の才能があるんだね。私、絵とか全然詳しくないけど君の絵、物凄く感動しちゃった!」



「そうかな。そんな大したものじゃないと思うけど…」


「ううん。君の絵には人の心を動かす力が絶対にあるよ。うわぁ凄いなぁ。私以外の人にも見てほしいよ。」



僕は思い出した、もう一つ彼女に言わなちゃいけないことがある。



「そうだ、今度文化祭でトリックアート展やるんだけどそれの代表…みたいなのになったんだ。これも君のおかげだから。お礼が言いたいと思ってたんだ。」



リーダー、はなんだかくすぐったくて少しはぐらかした言い方をしてしまった。


彼女はぽかんとしている。



「私のおかげ?なんで?」


「この前話したじゃん。変わることについて。それのおかげで代表になる勇気が出たんだよ。」


「え!すごい!絶対見に行く!」


「うん。頑張る。…ありがとう。」


「なんか照れちゃうね…そうだ!じゃあ、そのお礼も兼ねてさ、描いてよ!私の絵!」


彼女はいつも突然だ。まるで生き急いでるかのように、


思ったこと、したいことはすぐに口に出す。


「えぇ、僕人描くの苦手なんだよ。第一お礼って自分から頼むものじゃなくない?」


「細かいことは気にせずにさ!お願い!私がこの世界観に入るとどんな風になるのか物凄く気になるの!」


一度断っておきながら、僕の脳内ではすぐに彼女の絵の構図を思い浮かべていた。


「わかった。描いてみるよ。助けてもらったことに変わりはないし。」



「ほんと!」


「うん、完成したらまた渡すから。」



「ありがとう!」




「君は何か好きなものあるの?」


僕のことを知ってもらうと同時に僕は彼女のこともっと知りたい、と思った。



「私はねぇ、写真を撮ることかな。」


「どんな写真撮るの?」


「んーとね、空とか!」


彼女が空を見上げる。

一瞬ドキッとした。彼女と目が合う。

彼女はニヤリと笑った。策略にまんまと引っかかったようだ。



「空ね。僕も好きだよ、空描くの。」


なんとでもない、フリをする。もうほぼ手遅れだが、



「いつか、君が空の絵を描いている姿、撮っ

てみたいなぁ。」


「そんなの撮ってどうするの。」



「思い出作り・・・とか?」


それは何の思い出なのだろうか、

日常としての思い出なのか、それとも死ぬまでの思い出なのか、



どうしても嫌なことが頭をよぎる。


「そっか。」



僕はそっけない返事しか返すことができなかった。



「あとさ!2人の写真も撮りたい!」



「携帯でいいなら…撮る?」


「いいの!?じゃあ、こっち向いて。」



彼女は携帯を取り出し、一緒に写真を何枚か撮る。

芸術作品とは言い難い写真だがどんな写真よりも美しく、綺麗だと感じた。



「あ!もうそろそろ帰らなくちゃ。」




彼女は暫く写真を見つめた後そう言って帰る用意をする。


「じゃあね!君の絵、楽しみにしてる!」



「じゃあね。」






「今日は素敵な思い出ありがとう。」

彼女がぽつりと呟いたその言葉は僕に届くことはなかった。

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