第9話

今日も公園に来た。あれから心のどこかで彼女を探している自分がいた。


でももう1週間も経ってしまった。あの時出会えたこと、それは偶然だった。

だからこうやって、わざと会った時と同じ時間帯に来ていても意味がない。



そう思っていたら、





「また会ったね。」


彼女の声が聞こえた。思わずじっと見つめて黙ってしまう。こういった時に気の利いた言葉を言えないのは僕の悪い癖だ。でも彼女はそんなこと気にしない。



「え、私のこと忘れちゃった?」


「いや、そういう訳じゃなくて…ただもう一回会えるとは思ってなかった。」


「ふーん。私は会えると思ってたけどね…そんなことよりさ、貯金、どれくらい貯まった?」


「半分、ぐらい?」


「私も同じぐらいかな。」


「不思議だな。」


「なにが?」



いつからか僕は彼女に自分の中の本音を安易と伝えられるようになった。

それはもう死にたい貯金のことがバレてしまっているからか、彼女のまとう隠し事をし辛い雰囲気からか、はたまた別の理由か。


「僕が辛いと思った数と同じ分君には幸せなことが訪れる。…何か仕組まれているみたいだ。」


仕組まれている、は言い過ぎな気がした。でも、この相互関係に納得できないぐらい自分は不幸だと思い込んでいる。ただそれだけだった。


自分が不幸だと思ってしまう理由が知りたかった。




余命宣告されているはずの彼女がなぜこんなに幸せそうなのか、その理由が知りたかった。


「うーん。多分逆も一緒だよ。」


「逆…?」


「君が幸せなときに私は辛いことが起こ

ってるんじゃないかな。」


「君はいつも幸せそうだよ。」



思わず皮肉めいたことを言ってしまう。


でも本当に彼女はいつも幸せそうなのだ。

僕が気づかない振りをしているだけなのだろうか。


僕よりも辛いはずの彼女。


世界から自分から距離を取る僕と

世界から距離を取られた君


僕の方が自分勝手なのにこの世界を嫌っている。

そんな劣等感を隠すにはこの言い方しか見つからなかった。


「そう見える!?まぁ辛いことも沢山あるけどね…。」


彼女は嬉しそうに答えた。僕の皮肉を褒め言葉として受け取ってくれる彼女が羨ましくて、自分の罪悪感に蓋をしてくれたことにも感謝した。


「聞きたい。…君の辛いこと。」


「うーん…君はさなんかあった?辛いことじゃなくて幸せなこと。」


「特に…」


「私はねぇ、布団を干して太陽の匂いに

包まれながら寝たことかな。」


「そんな感じでいいの?、それだったら僕も昨日布団干したよ。」


「そう、それが幸せってこと。」


「…僕は君の辛かったことを聞いてるんだけど。」


「『この太陽の匂いに包まれるのはあと何回だろうな』って思ったら、辛くなっちゃって…」




彼女は死んでしまうのだ。


太陽の匂いを数えられるぐらいの近いうちに。


その度に僕の心が少しずつ削れていくのが分かる。きっと僕はとんでもない我儘だ。


たくさん言われてきた「この世に自分より辛い人は沢山いる」という言葉に実感が湧いてきた。



「僕も思った、『僕はこの太陽みたいに誰かを幸せにすることはできないし、僕を優しく包んでくれるような存在はいないんだろうな』とか…まぁ君に比べれば僕の辛さなんてちっぽけだけどね。」


「辛さは比べるものじゃないよ。辛さは内容じゃなくて自分の脳内を占めるパーセントで度合いは決まるから。」


「どういうこと?」


「例えばさ、君はその布団で負の感情になったときそのことで君の脳内は何パーセント位占められた?」


「80パーセント位?」


「私は5パーセント位。つまり大事なのはそこ!内容じゃなくて、考える時間、頭の中を占める割合!私なんかこのことを考えた3秒後には別のこと考えてたよ。」


彼女はそう言って笑った。


彼女は僕の欲しい言葉を知っている。

少し心が軽くなった気がして、思わず口角があがる。


そんな発想に辿り着ける彼女を僕は少し、尊敬した。


「なんとなく分かった気がする…けどやっぱり君って変わってるよね。」


「そうかなぁ…。でも、変わってるって凄いことだよ。普通…が何なのかはわからないけど、普通から変われるって難しいし、凄いことだからね。」


彼女がそう言ったところで電話が鳴る。

それは彼女の携帯からだった。


危なかった。これ以上彼女の話を聞いていたら涙が出るところだった。



あまりにも強くて、眩しかったから。





「やばい、抜け出したのバレた…ごめん!またね!」


「うん。また。」



僕はまた1人になった。


今日僕が分かったことは

彼女が強いこと、

変わることは悪いことじゃないこと、








彼女は病院を抜け出してまでここに来ているということ。



彼女はいつも僕に疑問と勇気を与えて帰っていく。



「変わる、かぁ。」



1人でそうぽつりと呟いた。

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